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魔術監査官をクビになった俺、辺境の生活魔術を直して暮らしを立て直す  作者: 綴木 灯
第二章「直せる地域」

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足りない部品

地域局の資材倉庫は、帳面より分かりやすかった。


「必要三。在庫一」


ユリウスが読み上げる。


棚の真ん中に、木箱が一つだけ置かれていた。


側面には移行継手の規格番号。


封印札は切られていない。


その左右は空いている。


「数字、合ってますね」


ニコが言った。


「帳面を疑っていたのか」


「いや。足りないって書いてあっても、棚に来ると感じが違うなって」


ニコは隣の棚へ移った。


新規格保護器。


こちらも箱は一つ。


必要数は二つ。


交換弁は寸法違いが何本かあるが、今回使えるものには赤い札が一枚しか付いていない。


調整輪だけは多かった。


ただし、ニコはその山から二枚を抜き、重ねて首を振った。


「こっちとこっちは似てるけど駄目ですね」


倉庫担当の男が眉を上げた。


「厚みか?」


「内径。こっちは旧管に入るけど、新しい継手側で遊ぶ。二枚重ねも規定外です」


「削れば?」


男が聞く。


ニコは一度、輪を指で回した。


「自分の工房の小型機なら考えます。でも今回は公共設備でしょう。あとで次の人が正規寸法だと思って開ける」


ユリウスが短く頷く。


「代用品にするなら、代用品として試験と記録が要る。今日の不足を埋めるためだけに、新しい例外を三つ増やすのは避けたい」


レオンは空いた棚を見る。


「次便は?」


「八日後」


「確定ですか」


「今朝、街道の中継所を出た。通常なら八日。雨で道が崩れれば遅れる」


「早まることは?」


「まずない」


倉庫担当が答えた。


八日。


紙に書けば短い。


設備の前で待つ人間にとっては、そうでもない。


マーヤは棚ではなく、倉庫の入口に並べられた三枚の荷札を見ていた。


一枚目は、先日訪れた集落の共同井戸。


二枚目は、南側の集落にある共同保冷庫。


三枚目は、洗浄と給湯を兼ねる公共枝の更新。


「この一箱を、三つで取り合うのね」


「同じ部品を使う箇所が三つです」


ユリウスが言った。


「厳密には、三つとも今すぐ交換しなければ壊れる、という意味ではない」


「そこから分けましょう」


レオンは荷札を作業台へ移した。


「危険だから交換したいのか。今交換すると保守しやすいのか。今しか止められないのか。同じ『必要』でも違います」


倉庫の奥で、荷車の車輪を直す音がした。


箱は増えなかった。


*


最初に見たのは、共同井戸の記録だった。


エーダが木札で利用の波を示し、バルトが現地の経路を描いた、あの集落である。


更新候補は旧式駆動部と新規格保護器の間にある移行部だった。


試行を始めてから、バルトは朝夕の圧と保護器の警告履歴を毎日残していた。


レオンは八日分の数字を並べる。


「今のところ、警告はゼロ」


ニコが横から言う。


「圧のぶれも、苗床の日に上がるくらい。前に見た範囲と同じです」


「同じだから安全、ではありません」


「分かってます」


ニコは先に答えた。


「変わってない、ってだけ」


レオンは頷いた。


この井戸は、三候補の中では技術的な不確かさが一番大きい。


旧式の駆動部。


新規格の保護器。


間に現地加工の残る接続。


だから更新する価値は高い。


だが、現在すぐに停止しなければならない兆候も出ていない。


バルトからは、八日間だけ更新を延ばす場合の案も届いていた。


朝の苗床時間帯は最大使用量を制限。


圧記録を一日二回から四回へ増加。


保護器が一度でも警告を出せば主系統停止。


東の手押し井戸を洗濯用の予備へ戻す。


「これ、バルトさんが決めたんですか」


マーヤが聞く。


「物理側はバルト。利用側はエーダと集落の運用担当だ」


ユリウスが返す。


マーヤは次の紙を見る。


「苗床の人は?」


「朝の取水量を分ければ八日は受ける、と回答」


「共同洗濯は?」


「二日に一回、東井戸へ移す」


「家畜用」


「夕方を二回に分ける」


マーヤはそこで初めてレオンを見た。


「技術側は?」


「この条件なら、八日間の継続案は出せます」


レオンは答えた。


「ただし、保護器の警告一回で停止。圧が今までの記録範囲を外れても停止。移行部を開ける作業は、部品が来るまでしません」


「危険度だけなら?」


ユリウスが聞く。


「三つの中では、ここを先に見たいです」


倉庫の一箱を、ここへ出す。


技術だけで決めるなら、それが一番自然だった。


レオンは紙の端へ書いた。


技術側更新優先――高。


継続可能期間――条件付き八日。


その二つは、同じ意味ではなかった。


*


共同保冷庫の紙には、温度の数字より先に品目が増えていた。


春苗。


薬草。


山羊乳。


塩漬け前の肉。


「こんなに入ってるの?」


ニコが言った。


通信板の向こうで、保冷庫の運用担当が答える。


『今週だけです』


声は少し遠い。


地域局の短文通信では足りず、今日は音声術式を借りていた。


『苗を分けるのがこの時期なんです。薬草も春摘みの一回目が重なる。乳は普段からだけど、今週は子を離した家が多いから量が増える』


マーヤが机へ肘をつく。


「八日ずらすと?」


『苗は八日待ちません。植え付け先が決まってます』


「隣の集落の保冷庫へ移せる?」


『薬草の一部なら。苗は荷車で往復させる時間の方が長いです。乳も全部は入らない』


「保冷庫そのものは、今止まってるの?」


『動いてます。更新するなら半日止める予定でした』


レオンは技術記録を開いた。


ここの更新候補は、旧式の制御器と新しい保護器の接続部。


現時点の計測値は規定内。


異常履歴なし。


次の季節まで絶対にもつ、とは言えない。


だが、共同井戸より現在の不確かさは低かった。


「部品が八日後でも、安全上は待てる?」


マーヤが聞いた。


「今の記録と試験条件なら、待つ案は出せます」


レオンは言った。


「ただし、更新作業を八日後にすると、保冷庫を止める日も八日後になります」


『それが困ります』


運用担当の声が重なった。


『八日後は、今入ってるものを出した直後じゃない。次の分が入ります。今なら六日後の午後に中をほぼ空にできる。半日止めるならそこです』


マーヤが紙へ線を引いた。


「更新できる窓が、部品の到着より先に来る」


『はい』


「六日後を逃すと、次に半日空けられるのは?」


少し間があった。


『三週間くらい先です』


ニコが口をへの字にした。


「壊れそうなのは井戸。今直しやすいのは保冷庫」


「そう単純でもない」


ユリウスが言う。


「井戸は部品が届けば八日後に作業できる。保冷庫は部品があっても、利用側が空けられなければ交換できない」


「だから今の一個を保冷庫へ?」


「まだ決めてない」


マーヤが遮った。


そして通信板へ向かう。


「六日後に止めた場合、何を失う?」


『午前の分を前日に寄せます。午後の入庫は翌朝へ。乳だけ、隣の小型庫を借ります』


「誰が運ぶ?」


『うちで出します』


「その人たちは、本来何をする時間?」


『荷の選別』


「そこが遅れるね」


『はい。でも半日なら受けます』


「誰が受けるって決めたの?」


今度は返事がすぐに来た。


『保冷庫の利用組合です。今朝集まりました』


マーヤはそれ以上、代わりに決めなかった。


「分かった。損失欄にそのまま入れて」


通信を切ったあと、レオンは保冷庫の紙へ書いた。


技術側更新優先――中。


継続可能期間――現条件なら八日以上。


利用側更新窓――六日後午後。次回およそ三週間後。


技術的に急ぐ順番と、作業する価値が高い日が、逆になっていた。


*


三つ目の公共枝は、もっと別の形だった。


洗浄と給湯を兼ねる設備の主枝。


旧式弁の周囲を更新する計画だったが、現地側はすでに負荷を二つに分けていた。


洗浄側は短時間だけ運転。


給湯側は別の小型設備へ寄せる。


不便はある。


それでも、最低機能は続いている。


「更新すれば元の時間に戻せる」


ユリウスが報告を読む。


「ただし、現地の運用責任者は次便まで現状維持可能と回答している」


マーヤは通信板を入れた。


相手は年配の男だった。


「八日待てますか」


『待てます』


「何が減ります」


『洗浄場は夕方二時間だけ。給湯は小型器を順番に使う。工房の道具洗いは一日おき』


「その負担を受けるのは?」


『洗浄場と三つの工房です』


「もう話した?」


『昨日からそうしてる。更新が来ると思ってたからな』


男は少し笑った。


『八日なら続ける。三週間って言われたら、もう一回話す』


レオンは技術側の欄を見る。


ここは、主枝の一部を隔離している限り、現在の運転条件に大きな不安はない。


更新価値はある。


将来の保守もしやすくなる。


だが、今日一箱しかない部品をここへ回す理由は薄かった。


「技術側も八日待てます」


レオンが言う。


『じゃあ後でいい』


現地の男は即答した。


「こちらで順番を決める前に、そう決めていいんですか」


『駄目なのか?』


「いいえ。確認しただけです」


『不便なのはこっちだからな。危なくない範囲なら、いつまで不便を飲むかもこっちで決める』


マーヤが小さく頷いた。


レオンはその言葉を紙へは写さなかった。


代わりに、受容期限を書いた。


現行限定運用――次便予定日まで受容。


遅延時――現地再協議。


後回しにされる町ではなかった。


自分たちで、今は後に回すと決めた町だった。


*


夕方、三枚の紙と一つの木箱が同じ作業台へ戻った。


「技術だけなら井戸」


ユリウスが言う。


「利用窓だけなら保冷庫」


マーヤが続ける。


「三つ目は待てる」


ニコが言った。


レオンは、一番上に井戸の紙を置いた。


「危険度の順番は出せます」


三人が見る。


「でも、それをそのまま部品の順番にはできません」


以前なら、その言葉を口にするまでにもっと時間がかかっただろう。


安全に関わる側が、順位を譲ることに見えたからだ。


今は違う。


技術側が譲っていい線と、譲ってはいけない線を分ければいい。


「井戸は、警告が一度でも出たら止めます。記録範囲を外れる圧変動でも止める。八日を越えるなら、同じ継続条件を自動延長しません」


「保冷庫は?」


「現状に強制停止条件は出ていない。六日後の更新作業は技術的に可能です」


「公共枝」


「限定運用の条件内なら次便まで継続可能」


ユリウスが三枚を並べ直す。


「在庫の一個を保冷庫へ。次便の最初の一個を井戸。公共枝はその次」


「輸送は?」


マーヤが聞く。


「保冷庫へは明朝出せる。半日で着く。井戸の次便分は、中継所から直接回すよう手配できる」


「雨で次便が遅れたら?」


「井戸の八日条件に引っかかる」


「その時は井戸を止める」


レオンが言った。


そこは、部品配分の多数決にはしない。


「苗床は?」


マーヤが続ける。


「エーダたちへ、東井戸へ移す量を今のうちに増やせるか聞く。八日目に突然止まる前提じゃなくて、止めても耐えられる方へ少しずつ寄せる」


「それは向こうに決めてもらう必要がある」


ユリウスが言った。


「もちろん」


マーヤは通信文を書き始めた。


ニコは井戸の部品表を見ている。


「今あるやつを八日もたせるって、何もしないって意味じゃないですよね」


「違います」


レオンは答えた。


「監視頻度を上げる。負荷を抑える。止める条件を先に置く。部品が来たら交換する」


「保冷庫は、危険だから勝ったわけでもない」


「はい」


「今しか止めやすくないから」


「それも含めて、今使う価値が一番高いと判断した」


ニコは少し考えたあと、箱の荷札を書き換えた。


共同保冷庫。


出庫――翌朝。


その横にあった共同井戸の札には、部品ではなく別の紙が付いた。


監視強化。


負荷制限。


停止条件。


次便予定日。


同じ「待つ」でも、空欄ではなかった。


*


翌朝、倉庫の前で荷車が止まった。


保冷庫へ送る木箱が一つ積まれる。


封印札をユリウスが確認し、倉庫担当が出庫欄へ名を書く。


ニコは荷台の隅へ、交換手順ではなく部材照合表を差し込んだ。


「現地の人、交換できる?」


マーヤが聞く。


「停止して外すところまでは」


ニコが答えた。


「新しい継手を入れて圧試験まで。再投入前は、地域局の技師が午後に合流する予定です」


レオンを見る必要はなかった。


前に分けた線が、そのまま使われている。


「その技師、次の日は井戸へ回せるの?」


マーヤがユリウスへ聞いた。


「部品がまだない」


「じゃあ別の現場?」


「そうなる」


ユリウスは荷車から目を離し、手元の予定表を見る。


「ただ、交換前の経路確認や停止状態試験まで現地側で済んでいれば、技師の滞在は短くできる」


ニコが振り向いた。


「バルトさんみたいに?」


「バルトだけじゃ足りない」


ユリウスは紙を広げた。


三つの試行地点だけではなく、周辺の修理人の名前が並んでいる。


経験年数。


扱える設備。


資格。


記録状況。


空欄も多い。


「今までは、有資格技師を増やす話ばかりしていた」


ユリウスが言う。


「それには時間がかかる。だが、技師が着くまで何もできない現場を減らすことなら、春の間にも試せる」


ニコが一覧を受け取った。


「教えるってことですか」


「何を、誰が教えられるかからだ」


荷車が動き出した。


一つしかなかった箱が、倉庫を出ていく。


棚は空になった。


八日後まで、そこへ新しい部品は増えない。


その代わり、ニコの手には人の名前が残った。


「これ」


ニコが一覧を見たまま言う。


「ハルツさんだけじゃ無理ですよ」


レオンは空の棚を見てから答えた。


「はい」


「じゃあ、俺もやります」


何を、と聞く必要はなかった。


部品は今すぐ増やせない。


直せる人が持つ範囲なら、増やせるかもしれなかった。

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