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エピソード17  迷子の新入生


 高校生活が始まって一週間。


 春風ひまりは、新しい学校にも少しずつ慣れてきていた。


 クラスには仲の良い友達もでき、お昼休みには笑い声が絶えない毎日を送っている。


 それでも、一つだけ慣れないことがあった。


「また間違えちゃった……。」


 広い校舎だった。


 特別教室棟、管理棟、体育館棟。


 桜ヶ丘学園は県内でも有数の規模を誇る学校で、一年生のひまりには、まだすべてを覚えきれない。



 五時間目は美術。


 ひまりはスケッチブックを抱え、美術室へ向かっていた。


「確か、この階段を上がって……。」


 廊下を歩く。


 右へ曲がる。


 さらに奥へ進む。


「……あれ?」


 見覚えのない廊下だった。


「ここ、どこ?」


 案内板を見る。


 そこには――


『第二理科準備室』


「違う!」


 ひまりは思わず声を上げる。


「また迷子になっちゃった……。」


 困ったように辺りを見回していると、不意に後ろから聞き慣れた声がした。


「春風さん?」


 振り返ると、そこには朝倉陽向が立っていた。


「あっ!」


「朝倉先輩!」


 ひまりの表情が一気に明るくなる。


「また会いましたね。」


 陽向は笑った。


「どうしたの?」


「もしかして……。」


「はい。」


 ひまりは照れくさそうに笑う。


「迷子です。」


 陽向は思わず吹き出した。


「正直でいいね。」


「でも安心して。」


「美術室なら反対側だよ。」


「ええっ!?」


「そんなに離れてたんですか?」


「かなりね。」


 二人は顔を見合わせて笑った。



「ちょうど僕もそっちへ行くから、一緒に行こう。」


「ありがとうございます!」


 二人は並んで歩き始める。


 廊下には昼下がりの日差しが差し込み、窓の外では野球部の元気な掛け声が聞こえていた。


「高校生活はどう?」


 陽向が尋ねる。


「すごく楽しいです!」


「友達もできました!」


「でも……。」


「校舎だけは難しいです。」


 ひまりは苦笑する。


「毎日どこかで迷ってる気がします。」


「そのうち慣れるよ。」


「僕も一年生の頃は迷ってた。」


「朝倉先輩も?」


「もちろん。」


「職員室に行こうとして体育館まで歩いたことがあるよ。」


「えーっ!」


 ひまりは声を上げて笑う。


「先輩でもそんなことあるんですね。」


「あるある。」


 二人の笑い声が静かな廊下へ響いた。



 美術室へ到着すると、授業開始までまだ少し時間があった。


「助かりました。」


 ひまりは深く頭を下げる。


「ありがとうございました。」


「また迷ったら遠慮なく聞いて。」


「はい!」


 陽向は教室へ戻ろうと歩き出す。


 するとひまりが小さく声を掛けた。


「あの!」


 陽向が振り返る。


「また会えますか?」


 その言葉に陽向は少し驚き、すぐ優しく微笑んだ。


「もちろん。」


「学校の中なら、きっとまた会えるよ。」


「はい!」


 ひまりは嬉しそうに笑った。



 授業終了後。


 放課後の廊下。


 ひまりは友達の佐藤奈々と話しながら歩いていた。


「ひまりって、本当に元気だよね。」


「そうかな?」


「うん!」


「さっきも廊下で楽しそうに笑ってたでしょ?」


「あっ。」


 ひまりは少し照れる。


「優しい先輩が案内してくれたの。」


「もしかして恋?」


「ち、違うよ!」


 慌てて否定するひまり。


 奈々は笑いながら言う。


「顔、赤くなってるよ。」


「もう!」


 ひまりは恥ずかしそうに頬を押さえた。



 その日の帰り道。


 四姉妹はいつものように一緒に歩いていた。


「今日はどうだった?」


 美咲が尋ねる。


「また迷子になっちゃった。」


 ひまりは苦笑する。


「でもね。」


「朝倉先輩が助けてくれたの!」


 葵が微笑む。


「また会えたんだ。」


「うん!」


「すごく優しい先輩なんだよ。」


 結衣も穏やかに頷いた。


「それは良かったね。」


 ひまりは夕焼け空を見上げる。


 不思議だった。


 学校はまだ覚えることばかり。


 毎日新しい出来事ばかり。


 それでも、朝倉陽向と会うたびに、不安よりも安心する気持ちの方が大きくなっている。


 まだ恋ではない。


 けれど、「また会いたい」と思える人が学校にいることが、毎日の楽しみになり始めていた。


 迷子になった一日。


 けれど、その迷い道の先には、ひまりにとって大切な出会いが待っていた。


 そして、この小さな偶然は、やがて二人だけの特別な青春へと、静かにつながっていくのだった。



最後まで読んでくださり、ありがとうございます!

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