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エピソード9 初めての応援席


 県大会予選まで、あと一週間。


 私立桜ヶ丘学園女子バスケットボール部は、県内でも有力校との練習試合を迎えていた。


 会場は市立総合体育館。


 休日の朝にもかかわらず、多くの保護者や他校の選手たちが集まり、館内は試合前の緊張感に包まれていた。


 女子バスケットボール部の部員たちは、ウォーミングアップを始めている。


「パス、もう一本!」


「ナイス!」


 春風葵はチームの中心となって声を掛け続けていた。


 その姿を、観客席から静かに見つめる人がいた。


 神崎蒼真だった。


 今日は怪我の治療で長時間立ち仕事ができないため、顧問から「今日は応援席で試合全体を見てほしい」と指示されていた。


 初めて、コートではなく応援席から仲間たちを見守る日だった。



 試合開始。


 相手は県大会常連校・白鷺高校。


 開始直後から激しい攻防が続く。


「ディフェンス!」


「戻って!」


 観客席からも大きな声援が飛ぶ。


 蒼真はノートを片手に試合を見つめていた。


 相手の攻撃。


 味方の動き。


 タイムアウトのタイミング。


 一つひとつを書き留めていく。


「すごい……。」


 改めて見ると、コートの中で走り続ける葵の姿は誰よりも輝いて見えた。


 苦しい場面でも下を向かない。


 味方が失敗しても励ます。


 自分が疲れていても、一番大きな声を出してチームを引っ張る。


「これが……春風先輩なんだ。」


 自然と尊敬の気持ちが大きくなっていく。



 前半終了。


 三十四対三十四。


 同点。


 部員たちはベンチへ戻る。


 蒼真は急いでタオルや飲み物を準備した。


「春風先輩。」


「ありがとう。」


 汗を拭きながら笑顔を見せる葵。


「応援席から見るとどう?」


 葵が尋ねる。


 蒼真はノートを開いた。


「相手は後半になると速攻が増えます。」


「それから。」


「センターの選手が左側へ流れる癖があります。」


 森田先生も横からノートを見る。


「よく見ているな。」


「ありがとうございます。」


「この情報を使おう。」


 先生はすぐに後半の作戦を組み立て始めた。


 葵は蒼真を見つめ、嬉しそうに笑う。


「頼りになるね。」


 その一言だけで、蒼真の胸はいっぱいになった。



 後半。


 蒼真が気付いた相手の癖を利用した守備が見事に決まる。


 相手のエースを何度も止めることに成功した。


「ナイス!」


「一本!」


 葵の声が体育館中に響く。


 チーム全員が一つになっていく。


 試合終了。


 六十八対六十三。


 桜ヶ丘学園の勝利だった。


 観客席からも大きな拍手が送られる。



 試合後。


 部員たちは体育館の外でクールダウンをしていた。


「今日は本当に助かった。」


 森田先生が蒼真の肩を軽く叩く。


「応援席だから見えたこともあっただろう。」


「はい。」


「すごく勉強になりました。」


 先生は満足そうに頷く。


「これからも頼むぞ。」


「はい!」



 夕方。


 体育館を出ると、空は優しい茜色に染まっていた。


 駅へ向かう道を、葵と蒼真は並んで歩く。


「今日は応援席だったね。」


「少し悔しかったです。」


 蒼真は苦笑した。


「みんなと一緒に動きたかったので。」


「でも。」


 葵は優しく笑う。


「応援席だからこそ見えたことがあった。」


「蒼真くんのおかげで勝てた部分もあるよ。」


「そんな……。」


「本当。」


 葵は真っ直ぐな瞳で言った。


「プレーする人も大切。」


「支える人も同じくらい大切。」


「だから、これからも一緒に戦ってほしい。」


 その言葉に蒼真は立ち止まる。


 夕日が二人を照らしていた。


「はい。」


「これからも、ずっと応援します。」


 その返事を聞き、葵は安心したように微笑む。


「ありがとう。」


 二人は再び歩き始める。


 コートの上だけが試合ではない。


 ベンチも、応援席も、マネージャーも、すべてがチームの一員。


 そのことを改めて実感した一日だった。


 そして、初めて座った応援席から見えた景色は、蒼真にとっても、葵にとっても忘れられない青春の一ページとなるのだった。



最後まで読んでくださり、ありがとうございます!

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