第二話 絶対に気絶させるクソ魔法
[全知脳が発動します]
[異世界言語:人語への適応]
坂田は駆けていた──
というより、不細工な“飛行”を行っていた。
(オイオイオイ!! 情報量が多すぎるんだよっ! なんだよ全知脳発動って……あの魔法、勝手に発動すんのか!?)
今の自分はどんな姿をしているだろうか。そんなことを気にしながらも、飛んで移動することに慣れない坂田。彼は頭の中に大きな不安を一つ持っている。
(適応がなんちゃらで……言語を理解できるようになったのは助かるが──)
「たすけてぇぇええ!! だれかぁぁあ!!」
耳に入り続ける幼い女の子の声。坂田は危惧していた。もしこの声の主が、自身が守るべき対象の一人だったら? ここで彼のこの人生は目標を失う。
(いきなりっ大ピンチとか、あの目ん玉は配慮とかねぇのかよ!!)
苛立ちを抱えながらも木々を避けて飛ぶ坂田。
[危険度:極
七歳、熊族に襲われ死亡]
すると、目の前に突如青い画面が出現し、坂田は視界不良のため木に激突した。
「いってェエエエ! ……痛くない?」
衝突したにも関わらず、痛みを感じなかった。意外な事象に驚く坂田だが、再び耳に入る女の子の声を聞いて、急いで動き出す。
(痛みがない……無敵ってマジかよ……てか、この青い画面何? 今は消えてくれよ!)
そう思った瞬間、青い画面が消えた。
「たすけ……うあぁぁぁっ!!」
青い画面が消えたことに少し驚いたが、画面が消えて見える視界に、坂田は肝を冷やす。
「マジか……デカすぎんだろ」
思わず声が漏れる。自身が見たのは、あまりにもデカすぎる熊。全長は7mを超えているだろう。そんな怪物が痩せ細ってガリガリの女の子の前で、仁王立ちしていたのだ。
「う……あぁっ」
藤色の髪を持つ女の子は、恐怖のあまり泣き出すことも出来ず、震えるのみ。まさに今から死ぬのだろう、あの巨大な爪に斬り裂かれて──
(ど、どうする! どうやって助ける!? ま、まさか……最初っからあの魔法を……?)
『誰であろうと気絶させる魔法。確絶魔法』
それは、坂田が持つ唯一の攻撃手段。
(でも……ここで使ったら……)
『ただしこれは一年に一度しか使えないよん。使ったら二週間は声が出せないし、身体も透明になるから使い所には気をつけるように!』
しかし、使わない手など存在しない。
「う、うぉおああああああ!!」
坂田は一気に加速し、がむしゃらに熊へ飛び込む。
(もしだ。この子が対象じゃなかったとしても……! ここは賭けるしかねぇだろ!!)
坂田は魔法の発動法を知らない。だが、この時だけは手に取るように理解できた。確絶魔法、切り札であるその魔法は、確実に物理的干渉で発動するのだと──
[全知脳が発動します]
「グォオッォォォオオ!?」
坂田の視界が一気に緑の光で呑まれる。
[確絶魔法発動法:体当たり]
光が視界から消えた瞬間、坂田が触れる怪物の腹部は、大きく波打って轟音と白い閃光によって後方へと吹き飛ぶ。
「え、え? えっ、えぇ?」
木々をへし折りながら吹き飛ぶ熊の怪物に、口を開けながら尻もちをついて驚く少女。彼女は何が起きたのかもわからないまま、地に座り続ける。
(マズったよな〜。初っ端からこれはヤバいよな〜……どうすんだこっから……!)
自身の姿は元々見えない。どんな姿をしているかは不明だが──とりあえず、坂田は透明になった。
今日から二週間、姿は誰にも見えず、声も出せない。無理ゲーというより、本当に無理じゃないのかと思えた。
「……っ!」
すると、地面で足を震わせていた少女は立ち上がり、おぼつかない足取りで走り出す。
(流石にあの子だよな? これで間違ってたら詰む。俺は人生やり直す権利も得ずに終わるのか……)
「はぁっはぁ!」
坂田は気になってしょうがない。自身が助けたこの女の子が、守るべき対象だったのか。
[全知脳が発動します]
(全知脳っての、結局何を基準にして発動してるんだ? てか……便利だなオイ)
坂田は走る少女を追いながらも、新たに得た情報が頭の中に入ってくる。
[フリィア・サタニルド・七歳・女性・人知族]
[リストに名前が追加されます]
自身が守るべき一人目の女の子の名は、フリィアと言うらしい。だが、坂田が今追いかける女の子が、同一人物かは教えてくれなかった。
(……クソ、一番教えてほしい情報が得られなかった。こうなったら……この子の名前が呼ばれるまでストーカーするしかない……なんか、うん……はあ)
自然と飛行には慣れてきた。そんな中で決断するストーカー行為、異世界に転生したと言うのに、起こす行動は碌なものじゃない。
(……やっぱさぁ……チート欲しかったなぁ)
◇ ◇ ◇
(さて……大体情報は頭に入った)
フリィアらしき女の子の後をつける中、全知脳を使ってこの異世界のことを知る。
(しかしまあ、全知脳の発動条件は多分だけど、俺が知りたいと思ったら発動……中々に便利だな)
坂田は使い勝手の良い魔法に満足しながらも、三つの重要だと思える情報を頭で整理し始めた。
(……剣と魔法の世界、いわゆるファンタジー。それに加えて、生まれながら全生命が魔力を持ってるってのは驚いた……本当にラノベの世界みたいだな)
この世界には当たり前のように魔力が存在する。全生命と言わず、全てのものに魔力が宿ってる。
(それで……二人の女の子についてはまだ情報が得れなかったんだよな……名前と年齢、性別に種族しか知れない。痒いところに手が届かん……!!)
フリィア・サタニルド。
リルメス・レクセト・ボルワール。
(だがまあ……リルメスって子の方はイージーだ。なんせここはグロワール王国レクセト領。どう考えたってリルメスは領主一族、言わば貴族だろ!)
坂田はそうして確信を得るが──
(……貴族とどうやって関わりゃいいんだよ!!)
貴族とわかったところで、どうするかはわからない。そもそもだが、坂田は元の人生で偉い人と関わった経験など、皆無なのでわかるわけもない。
(これは後回しだな……最後にだが、俺についてだ)
坂田は自身についても全知脳を使っていた。
(……妖精族。人外ってのは確定か……それに見た目は光る球ってさぁ……現実を直視するとキツいぜ……クソ)
縁起の良い生物、妖精族。坂田はそんな種族になったからと言っても、ちっとも嬉しくなかった。キャッキャウフフな異世界ライフはどうやっても送れないのだから。
(三つ……とりあえず三つだ。あんま情報入れると、頭がパンクしそうで怖いんだよな。なんせ──)
『一度見て聞いたことは必ず覚える。完全記憶』
眼球の言葉を思い出す坂田。
(あれがマジなら……一気に知識を得たらどうなるかわからん。オーバーヒートするかもしれないし……)
こちらも便利な魔法だが、少々使い勝手に困る代物。その原因の一つに、おそらく常時発動なのが関わっている。
(全知脳がなきゃ……知れなかったぜ。常時発動とか、ちょっとした嫌がらせだろ)
そうして一通り頭の整理を終える坂田。彼は口もない体で、ため息を吐いた気分になり、ふと後をつける女の子を見つめた。
(それにしても……この女の子マジで痩せてる。ガリッガリだ。ちゃんと飯食えてるのか……?)
他人事なのに強く不安を抱える坂田、今回ばかりはどうしても自分のことのように考えてしまう。そのせいか、心配で仕方ない。
(人が死ぬ要素なんてたくさんある……それを全部回避ってのも難しいな……日本ってもしかして、めっちゃ恵まれてる国だった……? いや知ってるけど)
◇ ◇ ◇
それからしばらく歩いた。坂田は浮いていただけだが、女の子はもうヘトヘトな様子である。
(村……村じゃん! あーよかったぁ帰れたんだ! 偉いぞ! えーっと……名前はまだわからん少女!)
森を抜けた瞬間、村が少し先に見えた坂田は安堵する。とりあえずこの子が死ぬ危険度は下がった。
(それにしても……すげえ風景。めちゃくちゃ平原広がってるじゃん……地平線まで平原だ。デケ〜……)
坂田は村の家々の奥に見える地平線、それを見た後に空を見上げると、より異世界を実感する。
(うお〜っ……めっちゃ鳥っぽい何かが飛んでる)
空には小さな竜のような、鳥にも見える何かが飛んでいた。
(……いや、今気になることはそれじゃない。ちゃんとこの子の後を追わなければ……)
そこから後を追い続けて村の中に入った坂田。少女は一つの家の前で立ち止まる。
(え……? マジ、この家が住んでるところ?)
ボロ小屋。と言うべき貧相な外装。
少女は無言のまま中に入っていく。
「ただいま……」
「ぁあっおかえりぃ……大丈夫だったかい?」
「うん……っ、妖精族様が助けてくれた」
家の中には腰の曲がった老婆がいた。
(お母さん……ってよりはおばあちゃんか?)
「“フリィア”は運がいいねぇ……」
坂田は肩もないのに、荷が降りた気がする。
(……フリィア、確定だ。この子だ)
フリィア・サタニルド。どうしようもないくらいに貧乏で、とても自己防衛する力もない女の子。
(俺は……この子を老衰エンドに導かなきゃダメなのか? いや……マジで言ってんの?)
覚悟はしていた。自身が助けた女の子がフリィアであった場合、その道のりは険しいことくらい。それ故に、内心別人であってほしいと思っていた。
(……いや、何考えてるんだ俺。やりきって人生やり直すんだろ!? これくらい乗り越えてやるよ……貧乏だからなんだ……やってやる)
しかし、もう昔のように諦めたりはしない。
坂田健は生まれ変わったのだ。
(今度こそ……本気でやってやる。逃げ出さずに諦めずに、やってやる。この子を幸せにしてやる!)
過去の中途半端な自分は捨てた。
(俺が二度目の人生を楽しむために!)
二度目の人生を思いっきり楽しむために──




