第十二話 魔法少女・剣士少女
フリィアに大剣を買った翌日、ケルエタはマレッカに見守られながらも、リルメスに魔法を教える。
「魔法を撃ってみろって……なんでもいいの?」
振り返ってそう言うリルメスから、少し離れて彼女を見るケルエタにフリィア。マレッカはリルメスに励ましの言葉を掛け、彼女は体の向きを戻す。
「リルメスお嬢様ぁ、いつも通りで大丈夫ですよぉ」
「わ、わかってるわよ!」
リルメスが右手に握る小さくも真っ赤な杖。
(魔法について全知脳を使った時は、情報量が多すぎてパンクするかと思った……奥深すぎるんだよな)
魔法。それはこの世界で古くから親しみのある戦闘手段。
「……失敗しても笑わないでよね!」
5000年前に誕生した魔法は、現代では詠唱か魔法陣、どちらかを必ず使って発動する。
(さて……リルメスの魔法はどれくらいの威力かな)
多くの種類がある魔法だが、中でも一番人気は長年変わらず、“属性魔法”なるものだ。
「呼応せよ火の悪魔!
その赫躍なる力を我が身に宿せ! 魔火!」
リルメスが右手に強く力を込めると、杖の先端を中心にして真っ赤な魔法陣が浮かび、詠唱が終われば杖の先から赤い炎が噴き出す。
「やったわ上手くいった!! すごいでしょ!!」
振り返って腰に手を当てて、少しぎこちなさが残るドヤ顔を見せるリルメス。
だが──
(……なんだあの火……ちっっさ、よっっわ)
その火属性魔法はあまりにも弱々しいものだった。
「……すごいですぞぉリルメスお嬢様!」
あの魔法に対しては、マレッカも愛想笑いするしかない。そう、これがリルメスの魔法である。
(思っていた以上に弱すぎるな……)
「あたしはすごいんだから!!」
しかし、中で一人だけ、笑みを見せない者がいた。
「……フリィアちゃん?」
それは藤色の髪を持つフリィア、彼女は無言のままリルメスの方へと歩いて行って、彼女の前で立ち止まる。
「フ、フリィ?」
「リルメスちゃんならもっと出来るよ!」
(さすがにそれは失礼すぎるぞフリィアちゃん!!)
マレッカは口を開けて驚き、ケルエタは度肝を抜かれた。まさか圧倒的に地位が格上のリルメスに対し、フリィアが堂々とそんなことを言うとは思わなかった。
「え……え?」
リルメスは困惑したようにフリィアを見つめる。
「だって……リルメスちゃん満足してないもん……本当に得意なことしてる時はもっと笑ってるもん!」
その声を聞いたリルメスは、少し黙ってフリィアから視線を逸らす。
「…………わかってるわよ。あたしだって知ってるんだから……べつに、そんなすごくないって」
二人の会話に割り込むことはできない。ケルエタとマレッカは口を挟まずに、彼女らを見続ける。
「でも……カッコ悪いじゃない」
「かっこわるくないよ……」
「フリィ……あたし、全然魔法使えないのよ? それでもかっこわるくないの?」
リルメスは不安そうに視線をフリィアに合わせると、彼女はリルメスの手をそっと握った。
「かっこわるくない! かっこいいよ!」
「かっこいい……?」
フリィアはリルメスを強く直視する。
「お父さんが言ってたの……一生懸命やる人が一番かっこいいって……リルメスちゃんは、魔法もいっぱい練習したんでしょ……?」
リルメスは最近はサボりがちであったが、最初の頃は熱心に魔法へ取り組んでいた。だが、伸びる気配のない実力を目の当たりにすれば、誰だって諦める。
「がんばってたけど……」
「わたしは、リルメスちゃんのかっこいい姿をずっと見てたい……わたしも剣の練習頑張るから、リルメスちゃんは、かっこいいままでいてほしいな……」
フリィア・サタニルド。彼女は生まれながらの──
(魔性の女すぎるだろ……七歳から出る言葉かよ)
人たらし。それが彼女に似合う言葉だ。
「……そこまで言うなら、あたしだってすごくなってやるわ。フリィがそんなに言うならやるわよ!」
お節介とも思え、ノンデリカシーとも言えるが、リルメスにとってはフリィアのようなタイプは、良い刺激になる。
「ケルエタ殿ぉ、フリィア殿は人生二周目ですかぁ?」
「……正直、私もそう思っちゃいますね」
マレッカとケルエタは二人を見ながらも、フリィアの発言が子供らしくないことに驚き、呆然とした様子で静観していた。
(……フリィアちゃんって大人になったら、多分人を狂わせるタイプだよな。なんなんだこの子はっ……)
◇ ◇ ◇
リルメスが魔法の練習を始めて一日目。
ケルエタは知識面では強い魔法使いと遜色がないため、リルメスに最も合う練習法を用意した。
「ケルエタ……本当にそれだけでいいの?」
「えぇ、最初はそれだけで十分です」
魔法使いが強くなるために、最も効率的な練習法。
「下級魔法の中で、一番簡単に使える魔法を一日限界まで撃ちまくってください」
魔法の連打である。
(……世界中の魔法学に関する本を見て、大体どの本にも書かれてなかった方法、それが魔法の連打! いやまあ、少数派の意見を取るのは危険だ──)
それは一般的に広まっていない練習法だった。
(しかしだ。この世界……それがポピュラーな練習法になってれば、バンバン強い魔法使いが生まれるはずだろ? だからある意味少数派の意見は一理ある)
魔法使いは基本的に戦いにおいて、剣士などに遅れを取ることがあるもの。とにかく、魔法発動の速度が命運を分けることが多い。
(無茶無茶な話でもない……魔法は魔力の流れを掴んでからがスタート。ひたすらに魔法を撃つのだって、そう考えると全然バカにならないかもしれない)
「し、信じるわよケルエタ」
「一週間もすれば、確実に見違えますよ」
目を伏せながらこちらを睨むリルメス、ケルエタはそれを見ても怯まない。絶対的な自信があるからだ。
(正直賭けだ。でもこれは、勝てる時の賭けにすげ〜似てる……客足がない状態でつまみのストックをしていた時、いきなり満席とかのあの時と同じだ!)
◇ ◇ ◇
一方、リルメスの魔法を教えるのはケルエタであるが、フリィアが剣を教わるのは彼ではない。
「エルメットさん! よろしくお願いします!」
屋敷の持つ庭の中で、フリィアは挨拶を行う。
「あいよ任せな……まあでも驚いたよ。まさか飲み物売ってた子がここまで成り上がって、大剣使いを目指すなんて……」
「おメェすっげぇ根性ォあんなァ!!」
エルメットにピドッド。彼らは共に剣士に分類され、実力はグラバやマレッカが認めるものである。
「まあ……俺ってそもそも普通の剣使いだし、大剣使いにピッタリな助言は出来ないかもだけど、頑張るよ」
「でも……エルメットさんって“英級”ですよね!」
英級。
八つの等級の中で、一つの壁である上級の一つ先の等級。王級の下に位置する級だが、紛れもない強者だ。
「って言っても、マレッカさんだとかグラバさんが、王級なせいであんますごくないけどね」
「んなことねェですヨぉ兄貴ィ!」
ピドッドはちなみに上級である。
「……エルメットさん。女の子じゃ大剣使いは厳しいって……本当ですか?」
二人が会話する中、フリィアは割り込むようにそう話しかけると、エルメットは彼女の目を見て言う。
「はっきり言うけど、死ぬほど厳しい。そもそも、女と男じゃ筋力の差がある……女剣士は速度に特化しやすいし、男は力に特化しやすい。フリィアちゃんは、その真逆を突き進むんだ」
女性の大剣使いは上級以上になった記録がない。そして、一般的に女性剣士は短剣を選ぶ風潮が強くある。
「……やっぱり──」
不安気に顔を俯かせるフリィア。
「でも! 無理とは言ってないよ俺は」
その声でフリィアは顔を上げる。
「君のことはケルエタさんからよく聞いてる。細い体に反して万力を有してると、ね。間違いなく才能はある、諦めずにやれば実る可能性は大いにある」
エルメットはそう言って、木で出来た殺傷力のない剣を抜く。
「女の子を痛ぶるのは紳士じゃない……だから寸止めで今からフリィアちゃんを斬りまくる。出来るだけ避けようとしてみてごらん」
どうやら体を叩いてくることはないらしい。しかし、フリィアはその言葉を聞いて咄嗟に言い返す。
「思いっきり叩いてください……! わたし本気なんです!」
エルメットはそれを聞いた瞬間、フリィアの視界から即座に消えて、いつの間にか彼女の首元に木の剣をそっと当てた。
「本気でやったら殺しちゃうからダメだ。君はどこまでいってもまだ七歳の女の子。やる気は知れたけど、俺の手加減した剣を余裕で避けるようにならなきゃ、体を叩くなんてことは出来ないかな」
彼は一歩下がってニコッと笑い、フリィアは冷や汗を顎から垂らして、その場に尻餅をついてしまう。
(……は、速すぎる、すごい……これが剣士っ)
しかし、彼女の表情に恐怖はなかった。
心の底からエルメットに憧れた未熟な剣士見習い、それを体現するかのような、希望に満ちた表情である。
「……ピドッド、君もついでに鍛えてやる」
エルメットはフリィアを横目で見た後、ピドッドに指をさしてそう言った。
「えェオレッちもォ!?」
「とっとと英級になれバカ」
「ひっでェっすヨぉ! 兄貴ィ〜ッ!」
騒がしい彼らを見るフリィア。彼女は今頃リルメスも頑張っているのだと思い、立ち上がる。
そして、この日からだろうか。二人の少女が着々と実力を伸ばし始めたのは──




