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53.美森と鬼女


「もう! いったい何なのよ!?」


 新宿駅前にて。

 突如として現れた鬼と戦いながら、賀茂美森が苛立たしげに叫んだ。

 目の前には筋骨隆々とした大男がいる。上半身裸のその男は額に鋭い角があり、肌が真っ赤に染まっていた。

 つい先ほどまで、普通の人間として人混みを歩いていたはずなのに……急に鬼の姿に変貌して、人を襲いだしたのである。


「皆さん、無理はしないでください! 通行人の避難を最優先で!」


「はい!」


 周りで戦っていた別の退魔師が答える。

 この場で鬼と戦っているのは美森だけではない。

 退魔師協会から派遣された戦力、刀桜会という鬼退治を専門としている組織のメンバーも戦っていた。

 彼らのおかげでどうにか善戦することができていたが、美森一人だったら複数体の鬼から人々を守り切れなかっただろう。


「『赫』!」


「コンッ!」


 狐の式神が現れて、鬼に向けて火を吹いた。

 狐火に顔面を包まれて、鬼が絶叫を上げる。


「ウガアアアアアアアアアアアアアアッ!」


「降魔調伏、雷精招来……急々如律令!」


 鬼の胸に札を投げつけて、素早く呪言を口にする。

 途端、鬼の身体が紫色の雷に打たれた。

 倒れた鬼の身体が空気の抜けたボールのように縮んでいき、やがて裸の男性の姿に変わる。


「何なのよ、いったい……!」


 つい先ほどまで通行人だった人間が、何の前触れもなく鬼に変貌する。

 こんな事態が三十分前から起こっており、戦闘が継続していた。


「賀茂さん! こっちの討伐は終わりました!」


「こっちもです!」


「うん、良いわね! この調子で押し切るわよ!」


 美森はここにいる退魔師らの中で最年少だったが、2級退魔師ということで事実上のリーダーとして扱われていた。


「一時はどうなることかと思ったけど……順調ね。どうにか勝てそうじゃない」


 美森らの奮闘によって、鬼はどんどん数を減らしている。

 あと少しで、新宿での騒動を収めることができそうだ。


「ポンッ!」


「キャッ……!」


 急に式神の片割れ……『翆』が美森のことを突き飛ばした。

 直後、先ほどまで美森がいた場所に太い針のようなものが突き刺さる。


「なっ……!」


「へえ……避けましたか、若いのにやるじゃない」


「貴方は……!?」


 物陰から一人の女性が現れた。

 スーツ姿でメガネをかけた、三十前後の女性である。ビジネス街であればよく見かけるタイプの女性だった。

 しかし、その女性の右腕からはハリネズミのように無数の針が生えている。

 あの針を飛ばして、美森を攻撃してきたのだろう。


「貴女は……人間なの?」


「半分ね。この国では珍しくもないんじゃない?」


 女性は唇を舐めて、艶然と笑う。

 その妖しくも美しい顔はどこか浮世離れしており、彼女が人外の存在であることを物語っていた。


「鬼哭衆、第六席……名を呉葉」


「……また鬼なのね」


 その鬼の名前は知っていた。

 信州の戸隠山に伝わる伝説。呉葉あるいは紅葉とも呼ばれる女妖。

 清和天皇の御世、源経基という人物に近づいて愛人として寵愛を得て、正妻を呪殺して追放された人物だ。

 追放後、呉葉は嫉妬と憎悪から人を喰らう鬼と成り、旅人を襲うようになる。


「他の雑魚鬼と同じ扱いをされるのは不愉快ね。こんな量産品と一緒にしないでくれるかしら?」


 言いながら、呉葉が地面に倒れている鬼の残骸を蹴る。


「これは心に邪悪を持った人間に鬼の気を注いで、無理やりに『生成り』として覚醒させたものよ。要するに、養殖品ね。私達のように自力で鬼に進化した存在と一緒にされるのは不愉快よ」


「進化ね……堕落の間違いじゃないかしら?」


「傲慢ね。鬼が人間よりも劣っていると思っているのかしら」


 呉葉が右腕を掲げる。

 そこに生えていた無数の針が太陽の光に反射して、どす黒い赤色に輝く。


「こんな素晴らしい身体を、老いることのない肉体を得ることができたのよ? 鬼になったことに後悔なんて少しもないわ」


 女性がニイッと笑って、堂々と宣言する。


「今日、私達は悲願を達成する。私達の王を、主を取り戻す! 偉大なる鬼の王が戻ってくる! 最高じゃないの!」


「馬鹿よね……そんなに上手くいくわけがないじゃない」


 美森が呉葉の挙動を警戒しつつ、札を構える。


「東京にいる退魔師が私だけだと思っているの? 他にも強い退魔師が戦っていて、貴方達の陰謀を阻止しようとしているのよ? 絶対に失敗するわよ」


「退魔師がいくら集まろうと、物の数じゃないわ」


 呉葉が自信満々に胸を張った。


「私達が何のために五十年も海外に潜伏していたと思っているの? 退魔師に刀桜会、貴方達を皆殺しにできるだけの力を手に入れるためよ」


「…………」


「そして……私達は手に入れた! 日本の退魔師を殲滅できるほどの力を!」


「……その力とは?」


「教えるわけがないでしょう!? それに……東京にやってきている鬼は私だけじゃないのよ! 鬼哭衆の仲間達も各地で暴れているわ!」


「ギャアッ!」


 一人の剣士が後ろから呉葉に斬りかかるが、右腕から放たれた針に貫かれて倒れる。

 奇襲してきた剣士を意にも介さず、呉葉が言葉を続ける。


「日本橋を襲っている鬼童丸、銀座を襲っている茨木童子。そして……池袋を襲撃しているのは私達がヨーロッパを放浪していた際に発見した鬼。世界でもっとも有名な殺人鬼である『ジャック・ザ・リッパー』よ! 彼は2級相当の退魔師を何人も殺したことがある現代最悪の鬼! 負けるわけがない最高の布陣だわ!」


「池袋……!」


 美森が息を呑んだ。

 池袋には恭一がいるはず。


「あら、顔が強張っているわよ? もしかして渋谷にお知り合いがいたのかしら?」


「……うるさい」


「もしかして、彼氏かしら? だったら、ゴメンねえ。きっと今頃、彼のエサになっているわあ! ざまあないわねえ!」


「うるさい! 黙りなさい!」


 美森が札を投げつける。

 青白い炎を放ちながら飛んでいった札を呉葉が針で撃ち落とす。


「ベラベラとおしゃべりしている暇はないでしょう? 今際の際だってわかってないの?」


「死ぬのは貴女よ、お嬢ちゃん」


「馬鹿なの? 馬鹿よね! アンタみたいなのに私が負けるわけないでしょ!」


 美森が札を構えて、左右に二体の式神を並べる。


「アンタは倒すし、鬼哭衆の企みは潰す! 退魔師を舐めるんじゃないわよ!」


 美森が毅然と言い放ち、呉葉に向かって術を放った。

 新宿を舞台に、女と女の戦いが始まったのである。



新作の短編小説を投稿いたしました。

こちらの作品もよろしくお願いします。


・モブ司祭だけど、この世界が乙女ゲームだと気づいたのでヒロインを育成します。 「良いですか、婚約者のいる男性に近づいてはいけませんよ。王子様とかダメ絶対です!」「わかりました。結婚してください!」

https://ncode.syosetu.com/n5372im/


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― 新着の感想 ―
[気になる点] 恭一がいるのは池袋じゃないのか? 前々回と前回も池袋の話だったと思うけど
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