イズモとの戦い
動き出したのは同時だった。
地面を蹴り、一瞬の間に互いの間をほぼゼロにする。意識を切り替え、鈍化した世界……脳の神経系の加速によって情報処理速度が引き上がった状態になりながら女にタックルをかます。
「ぐぅ!?」
女はくの字になりながら吹き飛び、地面に叩きつけられる。
人外の速度をより効率的に使う方法、それがタックルだ。速度と重さによって衝撃が発生するのだからな、圧倒的な速度と人の体重だけでも銃弾以上の衝撃が生まれる。
俺は一呼吸でイズモに肉薄しハイキックを振るうが腕に防がれる。体を捻り、その防御を力技で180度回転させ地面にキスさせる。
悲鳴をあげるまもなく顔めがけてローキックを放つがイズモが地面を押して跳ねた事で躱される。そのままイズモは着地すると、再び間合いを詰め右ストレートを放つ。
体を捻ってストレートを躱し続くフック、アッパー、ストレートと複雑に組み合わされた攻撃を後ろに下がりながら躱していく。
「【吹炎】」
「【水泡】」
イズモが空中に跳ぶと同時に口もとに魔法陣が展開され息を吹くと炎をブレスが放たれる。自分の体に手を当てて魔法陣を展開し自身を水の泡で包み込むことで炎を防ぐ。
炎のブレスが無くなると水の泡を解除する。その瞬間、白い水蒸気の中から紙の札が飛んでくる。
「【爆】!」
イズモの声が響くと魔法陣を展開しシールドを張る。同時に札が爆発し衝撃で吹き飛ばされる。
今のは爆破札か。自身の血とインクを混ぜ、紙に魔法陣を描くことで魔法をインスタントに使う事ができる魔道具の一種だが、中々の威力だな。いい血を使っているな。
着地したイズモに右手を向けると魔法陣を展開し雷の鏃を放つ。女は一直線に飛来する鏃を躱し、肉迫し左の拳を振り下ろす。
咄嗟に掌で受け止めて引き寄せ、膝を叩き込む。
「【爆】!」
何……!?
女の道着の袖の内側に貼られた爆破札が爆破し俺の身体は吹き飛ばされる。衝撃で空中を何度か回転したあと、地面に叩きつけられる。
ちっ……自爆攻撃か。初見殺しとしては有用な方法だ。実際、今ので受け止めた左手が黒く火傷しているしな。ま、向こうも同じだけど。
立ち上がるイズモは殆どが破れた道着の脱ぎ捨て、袴だけの姿になる。俺も破れたローブを捨て、水着同然の姿になる。
「おお……!何て綺麗な体つきなんだ」
「あの兎の女、あのバストをローブで隠していたのか」
「『鮮血姫』も胸は貧相だけどバランスが取れてて良いな」
「足長い……いいなぁ……」
どよめく観衆、特に男たちから不愉快な視線を向けられながら俺は勢いをつけて跳躍し、拳を振り下ろす。女は拳を躱し、拳は地面に叩き罅を入れる。
腰を捻りながら振るわれるフックを受け止め、後ろに下がりながら追撃の拳を足裏で上に打ち上げて逸らし大きくのけ反らせる。
素早く拳を放つがイズモは紙一重で躱し、距離を取ると魔法陣から紙の札を取り出して指に挟んで持つ。
起爆札か……!
投げつけられる札を見た瞬間、俺は大きく跳躍し左手を向ける。
「【氷】!」
魔法陣を展開し障壁を張るが札から撒き散らされる氷の刃に打ち付けられあっさりと砕かれる。
属性特化の防御を見越しやがったか……!だが、それでも遅い。
鈍化した世界の中で再び障壁を張り、氷の刃を防ぐ。
生憎と、俺の魔法陣を展開するまでの速度は通常の魔法使いよりも数十倍速い。思考の加速と合わせればご覧の通り、障壁が壊されるとほぼ同時に新しい障壁を展開する事も可能だ。
「速い……!どんな反応速度をしている……!」
「生憎と、速さで俺に勝てるのはそうそういないからな」
イズモの周囲を囲うよう魔法陣を展開し、一斉に火柱を放つが予測していたのか障壁を張りしのがれる。
魔法陣の遠隔展開を防がれるか。これでも、それなりの高等技術なのだが……ま、『ナインフォックス』ならこれくらい出来て当然か。
「そういう貴女も、中々に強いですね」
「予測と回避は魔法使いの基礎中の基礎だからな」
イズモは魔法陣を複数展開しながら俺との間合いを詰める。雷の鏃を同じ鏃で全て撃ち落とし、イズモに肉薄する。
「【爆】!」
その程度なら遅いな。
間合いに入ると同時にイズモが魔法陣から取り出された札を俺に向けて投げつける。と同時に素早くイズモの背後に回り込み軽く跳びながらミドルキックを振り抜く。
「ぐほっ!?」
脇腹を蹴られたイズモはそのまま吹き飛び、家屋に叩きつけられる。追撃だ、と言わんばかりに俺は魔法陣を展開し氷の槍を掃射する。
「くっ……!」
障壁を展開し氷の槍を防ぐイズモに肉薄しハイキックを叩き込む。肉が千切れるような感覚と共に、イズモは真横に吹き飛ばされる。
「がっ……!?」
地面を転がるイズモ目掛けて魔法陣から取り出したナイフを投げつける。立ち上がったイズモは一直線に飛んでくるナイフを落ちていた刀を拾いあげて弾く。
「【爆】」
その瞬間、ナイフの刃に魔法陣が展開され爆発する。
突然のことにイズモは吹き飛ばされ、地面をバウンドしながら転がる。
生憎と、起爆札のような小道具は俺も何個か持っているんだわ。拷問に使う用で作成した物が大半だが、中には使い捨ての道具として使える物もある。
「ナイフ型の……起爆札!?」
「そんなところですよ。それじゃあ、これでお終いに……と、そろそろ時間ですか」
眺めていた観衆をかき分けて入ろうとしてくる革鎧を着た衛士たちを見つけ、俺はため息をつく。
このまま捕まるのは厄介だな。さっさと退散するのが吉か。
「衛士が来ていますし、さっさとトンズラしますか」
「その通りだな」
傷を直し、鞘を回収したイズモと共に俺は一目散に逃げていく。
「こら、待て!」
「あの二人、どんな足を持ってんだ。速すぎるぞ!?」
「おい、人獣や獣人たちを呼んでこい!でなければ、あの二人を捕まえるのは至難だぞ!?」
こちとら日本の警察相手に劇場型犯罪を繰り返していた人間だぞ。お前らみたいな脳筋に捕まえれると思うなよ。