宴の前(??視点)
「……ふぅ」
紅茶を啜りながら店の奥から聞こえる喧騒に耳を傾ける。
どうやら、どこかの傭兵が喧嘩をしたようですね。衛士たちもご苦労なことですね。けれど、私には関係のないことです。
チリンチリンと店の扉に付けられたベルの鳴る音と共に可憐な『ノーマルラビット』の少女が入ってくる。パッチワークの、言ってしまえばボロいドレスを着ており、背後に控える二人の騎士と合わせてちぐはぐな印象を受ける。
少女は少し怯えながら私の前に座る。この店に入る客たちは私達に怪訝そうな目を向ける……事もなく自分たちの会話を続ける。
この店は客も店主もそれなりの富を持つ者たち。自身の品性を欠けるような行動を取らないよう謹んでいて、客も店主も積極的に関わってこないからお気に入りなんですよね。
まあ、彼女にとっては異常なまでに落ち着いたこの空気は逆により一層緊張してしまうでしょうけど、私には関係ありません。
「う、うう……何でこんな場所を選ぶんですか。もっとこう、大衆酒場のような場所の方が落ち着けるのに……」
「あら、そんな場所に行くなんて悪い子なんですねサクファ様」
クスクスと緊張しいサクファを笑うが赤面するサクファは抵抗できずに俯いていた。
10年前から変わらず、帝国の属国の貴族なのにおおよそ姫らしくない人物ですね。だからこそ、簡単に付け入れることができますが。
「それにしても、このカフェよりも大衆酒場の方が落ち着ける何て相変わらずの庶民派ですね。少しくらい、このような雰囲気の場所に馴れても宜しいのでは?」
「だ、だってぇ……。ここの人たちは他人行儀過ぎるんですもん。それなら、猥談でも雑談でも本心を露出している大衆酒場の方が好きなんです。そういう貴女も大衆酒場が苦手じゃないですか」
「ええ。あんな煩雑とした場所は好きではありません」
紅茶を飲み終え、店員を呼びつけておかわりを頼みながら背後の騎士の様子を伺う。
騎士としてはそれなりに腕が立ちそうですね。私は格闘や剣術の腕はからっきしなので、正面から戦えば確実に負けてしまいますね。
「そ、それで何の要件で呼び出したんですか?」
「そうね……とりあえず【眠って】貰えませんか?」
私の言葉と同時に鈍い音が店内に響く。店内に居た客たちや店主たちが一斉に床やテーブルに突っ伏したのだ。それに伴い、背後に立っていた騎士二人も床に倒れる。
【睡眠誘発】。喉に魔法陣を展開し、自身の言葉通りの現象を発生させる番外魔法『言霊』の一種。喉に展開されるため魔法陣を認識する事ができない、完全な初見殺しの魔法。
「何を……」
「貴女も私に【従って】くれませんか」
「……はい」
慌てて声を出そうとするサクファに優しく声をかける。すると、サクファの目から生気が失われる。
【言葉落とし】。特定のキーワードを相手に設定し、それを私が言うことで相手の意識を落として自分の意のままに操る『言霊』魔法。
まあ、言葉遊びのようなものですけどね。それでも、かなり強制力がありますが。
「服を脱いでください」
私の命令通り、サクファは服を脱ぐ。15歳にしては大人びた体つきをしている。しかし、私の目には赤く禍々しい魔法陣が体に貼り付いていて見える。
当然、私が用意した魔法陣なんですけどね。
「深度は5割と言ったところですか。予想以下ですね。魔法陣を完成させるするようにメイドたちや貴女のお父上にを言っておきましたがどうなんですか?」
「はい。屋敷に居るときは常にメイドたちに弄らせています。しかし、ミリスさんがいない数ヶ月は結婚のために多くの家々に出向いたり来客の対応に追われており、完成に至ることはできませんでした」
「そう……」
まあ、これは私のミスですね。
しかし、5割ですか……。数日中に完成させる事は難しいですし、仕方ないですね。結婚までになるべく作り上げる方向性にして、あとは彼女に任せましょうか。
「【赤の王女】」
「あら、何かしら」
私の言葉と共にどこからともなく赤いドレスを着た女が現れる。
赤い薔薇のようなメイクの濃い美女だが、どことなく危険な雰囲気と身に纏う血の匂いに私は僅かに顔を顰める。
「数日中までに彼女をなるべく仕上げれますか」
「うーん……良くて8割、と言ったところかしら。彼女は極めて意識が強いから中々折れそうに無いのよね。でも、そっちの方がぞくぞくすると思わないかしら我が主」
「私の趣味ではありませんね」
彼女の拷問は一般的な情報を吐かせる目的ではなく、人の尊厳を奪い汚すものばかり。私としては趣味に合わないどころか忌み嫌っていますが、それとこれとは話は別なんですよね。
こんな外道の悪魔と【契約】している私も外道の一人なんでしょうけど。
「それじゃあ、報酬は人族の生娘で良いわ」
「わかりました。あとで用意しておきますね」
そう言って【赤の女王】はどこかへと消える。サクファを着替えさせると席に座り手を叩く。
「え、あれ?何で立って……」
「さて、何ででしょうね。それじゃあ、私はこれで失礼します」
席を立ち、困惑しているサクファに礼をして店主に金貨を払って店を出る。何も知らない民衆の中を歩きながら自然と口角が上がり、無垢だった、この世の悪意を何も知らなかった頃のように笑う。
悪意は悪意を呼び、血は破滅と怨嗟を募る。
無知という罪を理解しない者には救済を。
悪徳という罪を貪る者には破滅を。
この暗く淀んだ盃に溜まり続けた呪いが、封印された怪物を呼び覚ます。
それが、この地獄を砕くただ一つの方法。




