正義の葛藤(10)
それがどこから発せられる痛みなのかまるで分からない。背中のような気がするがどこか違う。何か仮想の筋肉がつったような感覚、言葉にできない。そんな痛みに耐えられることも無く忽ち翼は畳まれると膝をついた。
『あっちゃー、こりゃ翼の筋肉痛ね。ここ最近、毎日放課後に何時間も飛んでいたのよ。本来地球人にないはずの慣れない筋肉を酷使しすぎた結果よ』
『な!? じょ、冗談だろ!? こんな時に!? グッフ!?』
翼をもう一度広げようとしたがやはり痛みでまともに広がらない。それでもなお、足を引きずりながらも一歩一歩近づいてくるキマイラ。はっきり言って絶望しかなかった。
とんだ計算違いになす術など無く無防備な体に鞭のような攻撃が襲ってくる。
その圧倒的スピードの連打は一発一発の威力がいくら無くとも確かにダメージを蓄積させていった。キマイラは足が一本使えない故、片方の足で体を支えているが、両手と尻尾から繰り出される手数は計り知れない。
最早、爪をふるう気力すらなくなった。地面に顔が突きつけられ、口の中に土が入ってくる。何とか立ち上がろうとする龍巳の背中に最後の一撃とでもいうように蛇のムチを叩きつけられ今、完全に敗北した。これでキマイラら、エボリューターに……三連敗。
「やはりその力は凄いですね。まさに進化、大きな変化の前兆と言えるでしょう」
キマイラのその言葉と共にとどめが来る、そう思った。
だが、キマイラ本人はそれを行おうとせず足を引きずりながら離れ始めた。それをもうろうとする目で見ながら拳を地面に叩く。
「おい……キマイラ! 気に食わんが……お前らを相手に俺は三連敗もした。それでも刃向ったんだぞ。なぜ……とどめを刺さない……」
口の入った土を吐き出しながら力を振り絞り、土をかき握り締め声を出す。だが、キマイラはゆっくり戻ってくると、その考えにさらなる屈辱を与えるような答えを返してきた。
「力があるからですよ。我々人類が新たに飛躍していく上で君のその凄まじいまでもの速度で強くなっていくのは実に興味がありましてね。最高のサンプルなのですよ」
「誰が悪党のサンプ……ガァハッ!?」
反論しようが蛇の鞭が当たり口を閉ざされる。その際、口の中が切れ鉄の味が広がった。
「それと、なぜとどめを刺さない、その最大の理由は、あなたと違うからですよ」
蹴りのダメージで苦しみかけていたが一瞬にしてそれは止んだ。
―-俺と違う……?―-
「わたしは本当に人間の進化を望んでいます。別にあなたを倒すことが目的ではありません。故にとどめは刺さないのですよ。望む世界にむしろ必要な存在なぐらいですから。
逆にあなたは、正義と言っておきながら目の前にいる敵、今ならばこのわたしを倒すことにしか頭に入っていないでしょう。正義と名乗りながらあまりにも浅はかですよ」
その図星ともいえる言葉に頭に血が上る。
「く……くぅ……黙れ……黙れーーー! お前なんかに言われる筋合いなど……」
何に対しての怒りなのかはわからないが、込み上げてきた謎の怒りが動かないはずの体を思いきり動かしていた。さっきまでまるで動かなかったはずの体。
ほとんど気力だけで動いている状態。これぞ正義の最後の力。火事場の馬鹿力! 正義ゆえの特権! クライマックス!
では無かった。そのすぐ先には無情にも龍巳の腹に一撃が。更に目の前にいるキマイラは軽くジャンプをすると右足で回し蹴り。こうして無残に奇跡ともいえる最後の攻撃は未遂に終わり、キマイラの化物じみた姿が逆さまに映った。
そして、意識が遠のいていく中でキマイラの声がかすかに聞こえた。
「明日休日の午後三時、以前に君と戦った倉里市のあの街で待っています。その時に我々に付くと言ってくだされば、すべてが丸く収まります。違えば……、どちらにしてもあなたとの争いも終わりです」
勝手にふざけた事を! そう口にしようと思ったのだが実際には口など何一つ動いては無かった。意識が朦朧とする中、ただ、キマイラがさって行くのだけが見えていた。




