28:逃亡の南方にて
さあ、作者も予定外だった南方編一期の始まりですよ。
一夜明けて、トマは単身で帝国南方領の首都:隼人城堡の街中を歩いていた。
個人資産を持っての逃避行である。未経験の出来事は相当応えたのだろう。
「帝国立大図書院への切符を手にしたと言うのに…あと一歩で帝国から
世界に飛び立てるはずの予定が…またしても狂った…」
トマは街中を見回す。
「見い見い! 良か蜜柑じゃろう? 本当て甘いけぇ!」
「良か良か! ほいたらなんぼじゃ?」
「今が旬じゃけぇ! 一つ4帝元じゃ!」
「ちと高うなかか?」
「んにゃにゃ! 一っも高うなかよ! 本当なら6帝元ぞ?
赤字も覚悟な捨てがまったい!」
彼らが話している言葉は海龍央語なのだが、
どうも知っているものより独特な訛りが感じられる。
「ん? どうした兄ちゃん? そがん辛気臭せ顔しくさっちょると
本当て腐っぞ?」
トマを覗き込むように恰幅の良い男が話しかけてきた。
「あの…随分と訛ってますね?」
「むん? お前都者けぇ? …それは悪かったな。
随分教本みたいな喋り方をするじゃないか? はっはっは!」
笑いながらトマの肩をバシバシ叩いてくる男。普通なら痛いのだろうか。
しかしトマにはそれはわからない。
「普通に喋れるんですね」
「普通ってお前…あぁでもこれは南方公様の口癖が移ったんだろうか?
何だか乱暴なようで気風が良いからな。この辺じゃみんな
南方公様の喋り方を真似するうちに喋れるようになったんだよ」
「なるほど……どうにかして覚えたほうが良いかな…?」
「はっはっは!! 無理せんで良か! 何も誰も彼もが
訛っちゅうわけでも無か! 普通に海龍央語で話しかけてくれるんなら
誰も何も言わんけぇ! 都者はどいつもこいつも央国語かけったいな
全央京語が当たり前と思っちょる! でもお前は教本どおりの綺麗な海龍央語で
ちゃんと話しかけてくれちょる! 綺麗な海龍央語で話すと爺どんや
婆どんは喜んで菓子とか小銭なんかをくれたりするけぇ!
ほいたら気を付けぇや! 都と違ぅて南は暑いけぇ!
疲れたら無理せんと休むようにせぇ! そいじゃあね!!」
最後まで妙に気さくだった男は後ろ手を振りながら喧騒へ消えていった。
「…そうだな、無理はしないんだ…無理したら…はは…」
トマは試しに老人が営む露天で通りすがりの男曰く綺麗な海龍央語を
話しつつ買い物したら大層喜ばれ「気にするな今日くらいタダでも良いよ!」
と言われて本当にタダで果実水と肉まんを手に入れてしまって驚いた。
「……旨いな…海鮮入りとは贅沢な…あぁ南だしそうでもないのか…」
肉まんを齧りながらトマは街中をうろついた。この辺りも200年に
満たない昔までは別の国家郡だったので、そこかしこに異国情緒が
残っている。まぁ一番の名残が海龍央語なのだが。
しかしトマは目のやり場に困った。南方なので暑いのは分かるのだが、
普通に日に焼けた女達が胸当てみたいな服一枚でうろうろしているのだ。
まあ普通に半裸のおっさんもいるので中和余って目汚し二倍という感じだが。
「ちょっともういい加減にしてよ!!」
「何じゃ、もうちっくと付き合わんね?」
「そうじゃそうじゃ。別に取って食おうっちゅう話でも無かよ?」
「ただついでに酒をお酌してくれっちゅうこっちゃけぇ?」
声のするほうを見ると、訛りのない若い娘が訛りのある
そこそこ装備を整えた男三人に手を掴まれて絡まれている様子だった。
トマは肉まんをさっさと食べ果実水を飲み干して手を浄化した。
ふと思って、腰のものを大中小数振り用意し一応持ってきておいた
普段着である貴族の服にも変換の超能力で瞬間着替えした。
「道案内だけって言ったじゃない!」
「ばってん。このまま男三人っちゅうんも寂しいけぇ」
「そうじゃそうじゃ。あと半刻(約一時間)付き合ってくれたらええんじゃ」
「酒はお酌だけでええ。飲ませてどうこうっちゅう話でもなか」
「そうじゃそうじゃ。飯はわしらん奢りじゃけぇ」
「私はあんた達と違って仕事もあるのよ! 大体約束を破るなんて
あんた達それでも南方武士なの!?」
どうやら男達は南方の憲兵のようだ。
「あー…面倒じゃのう…ええからわしらと来いや!」
「そうじゃそうじゃ! ほんの半刻我慢してくれたら礼も弾むけぇ!」
「じゃから大人しゅうそこん酒家(主に料理屋)にわしらと入るんじゃ!」
「あぁんもう!! 誰か助けてよぉ!!」
周りを見ると、皆困っていたり歯噛みして助けたそうだが動けないでいる。
「やれやれ…」
トマは腰のものが即座に抜けるように確認し、彼らの元へ近づく。
「その辺にしたらどうだ」
「何じゃ小僧? 今は大事な話をしとるんじゃ、あっちへ行っとれ」
「こいつ都者じゃ。都者の貴族っ小僧じゃ」
「都者ん癖に生意気にわしらん南方言葉使うちょる」
「そげんこつはどうでもええ。邪魔じゃ言うとるんじゃさっさと去ねや」
「ふむ…どうも少し酔ってるようだな」
近寄った際に酒臭いし地方違いとはいえ貴族相手に
物怖じどころか楯突くのでもしやと思えば案の定酒が回っていたようだ。
「そうなんです御貴族様! こいつら酒臭くって! 何とかしてください!!」
「小僧! 去ねちゅうとるんがわからんか!」
「南方武士舐めたらあかんぜよ!!」
「別に舐めてはいない。それと自分は冠礼を迎えた身なのだが」
「っは! ほいたら痛めつけられても文句は言えんちゅうことじゃ!」
男達は鞘入りのままだが、酔っているとは思えないほどに油断無く構える。
「まぁ、そうだろうな」
しかしトマは自然体のままだ。腰のものにすら手を掛けない。
「鬼隼人仕込みを舐めたらいかんぜよ!!」
男の一人が打ちかかってくるが、トマは避けることなく打撃を受ける。
「のおおっ!?」
岩に打ちかかって跳ね返されたように仰け反る男。
周りの者たちもこれには驚く。
「き、貴様本当つ貴族やったんけぇ!?」
「障壁とは卑怯ぞ?!」
「小僧と侮りつつも当たれば怪我をする金属器で打ちかかっておいて何を今更」
「じゃかあしいわ! ごんくそ舐められたままで終われん!!」
男達は剣を抜いた。これには周りの人々も叫んだりする。
「抜いたな? 無事には済まぬ覚悟は出来たと見るぞ?」
「こちとら鬼隼人仕込みじゃ! ごんくそコケにされたまんま終われん!!」
「わしらを怒らせたお前が悪いんじゃ!」
「血ぃ流して思い知らせたるけぇ!!」
男達がやはり油断無く構えるが、トマは自然体を崩さない。
これには男達も完全に火が点いたようだ。
「死にさらせぇ!!」
「腕置いてけぇ!!」
「足置いてけぇ!!」
「ふん…」
男達が飛びかかろうとしたその時、
「ご ら ぁ ! 貴 様 ら 何 ば し ょ っ と ね ! !」
昔何処かで聞いた声がビリビリと辺りに響く。
声のほうを見れば、2mは余裕で超えている筋肉の鎧で恰幅もいい
壮年の牛魔人族の男…帝国四方公爵が一人、南方公爵が仁王立ちしていた。
29:に続く
キャラクターが此方の意図とは違う動きを見せると楽しくもあり
「いや、勝手に動くなよ!」となりませんよねそうですか。




