27:怒姫(ドキ)ッ☆ 大討滅(おとめ)だらけのアスラフィールド(?!)にて
サーセン悪乗り回です。
最後も大変だった家族旅行も無事に終わった事に、自室で茶を啜って
ホッと一息つくトマ。
ちなみにベッドには手足緊縛に目隠しをされて身悶えするライラがいた。
まぁ西方領の最後の一件でのお仕置きなので仕方のないことだ(?)
「…あんな事で時空魔術を一通り使えるようになるとは思わんかったわ…!」
トマは茶碗をカン! と強めに机に置く。
音にビクンと反応するライラだが無視。ちなみにエンリルエリシュと
エアメルドゥクとはここ二日ほど口を聞いてないし空気扱いである。
ボロボロ涙を零そうが知らない。それだけトマは怒っているのだ。
学院も色々理由をつけて二日ほど休んでいる。あの兄妹に対する罰でもあるが、
実際は別な理由である。
「トマ。通達書が届きましたよ」
「ありがとうリォリィ」
部屋に来たリォリィがトマに書簡を渡してくる。
その際ベッドで「はぁ…はぁ…気配だけは感じるのも…アリです…!」
とかもうアレは絶対に目覚めちゃってる緊縛されたライラを見て
少しだけ顔を引きつらせるリォリィ。
「……トマ…確かにライラは貴方の奴隷ではありますが…」
「ねぇリォリィ。だからといって調子に乗せるのは
主人として間違ってると思わないかい?」
「…っ」
少し無感情な顔を向けるとリォリィも口を閉じる。
「正直今までライラを優しくしすぎてるきらいがあったからね、
今後はしっかり上下関係を明確にする必要性も出てきたし、
心配はしないでほしい。僕は嘗てのライラが出会ってきた
外道みたいなことはしない。大体このお仕置きだって、
取り乱して僕を害そうとした事へのものだよ? 普通なら死罪だよ?」
「そうですね…こちらはお下げしますか?」
「うん。頼むよ」
「では、失礼いたします」
リォリィは茶器類を持ってトマの部屋を後にする。
「さて…通達書なんて僕に来る可能性は………思ったよりいっぱいあったな」
トマは書簡を広げ、内容を読み、ニヤリとする。
「仕事が早くて大いに結構だ。ヤークモ殿」
トマが帝国を離れるのは近い未来に決まったのがこの瞬間である。
> > >
流石に三日以上は休んでいるのもどうか…というより魔術馬鹿のシン先生や
メイユィンシン殿下にユェリィ殿下、ハノークとイェルムンナから
心配する手紙がヤークモ公爵の手配した通達書の後に相次いで届いたのだ。
特にメイユィンシンとユェリィからはオストルチ大王国放浪の件を
知ったらしく、凄く心配(妹)+凄く期待(姉)の内容だったので
行かないとまた乗り込んできかねないので仕方なく行くことにした次第だ。
「おはようございますユェ様。しばらくぶりですね」
「おはようございますトマ様。はい、お久しぶりです…何だか
少し見ない間に変わられましたか?」
「あぁ…まぁ、大王国等で色々嫌でも学んでしまいましたので」
「でも、今のトマ様は前より好きですよ?」
「ユェ様…人目を気にしていただきたいです」
「あら…? ふふ…本当に変わりましたねトマ様」
最初の授業は経済の授業にしたら、ユェリィがいたので真っ先に挨拶。
ユェリィは満面の笑みで迎えてくれた。いずれは彼女にも別れを
告げねばならないのかと思うとほんの少し心がチクリとしたが、
ハルマローシュ家ですら深入りしているのだ。愛別離苦等と言うつもりはないが
最初から関係が薄いほうが分かれる時の辛さも大概軽く済むものだ。
「お姉様にはお会いしましたか?」
「ユェ様…僕は貴女と同学年なんですが…?」
「あら! これは失礼を…そういえばそうでしたね…ふふ」
ともすれば昼時間にでもメイユィンシン殿下を探すべきかと思ったトマ。
> > >
帝国学院にも学生食堂に似たものはあるらしい。学食房と呼ばれる場所で
お金を払えば料理人が腕を振るってくれるのだ。菜譜に載っているのは
多くが時間があまり掛からない炒め物と飯+スープの定食が基本だが、
とはいえ貴族などの貴賓者向けのメニューもある…値段は3桁を超えるが。
参考までに帝国での一食は10帝元も出せば食えるので、学食とはいえ
貴賓者向けメニューは普通上位貴族くらいしか利用しない。
「およ? トマじゃん! さてはアタシに愛に来たなー? にっへっへ…!
関心関心! どうせ席見つかってないならこっち来いよー!!」
何となくいるんじゃないかと思えば本当に居たので、まぁ手間が省けたと
トマは厨房に注文と支払いをしてさっさとメイユィンシンのいる席へ座る。
彼女の机の上には全席かと思うほどの量の料理が所狭しと並べられていた。
まぁどれもこれも貴賓者向けメニューなんだろうと思うトマ。
「食う?」
「いや、自分の分くらい注文してますから」
「そっか。そういやお前と一緒に飯食うのも久しぶりだなー?」
「年末祭は…流石に席が離れすぎてましたね」
「って考えるとその前のお前ん家に言ったとき以来かにゃー?」
「そうなりますね」
喋りながらだが吸い込まれるように料理を次から次へと平らげていく
メイユィンシン。胃袋に亜空間でも備えてるのかと箸が止まるトマ。
「トマは食が細いなー? そんなんでよくアタシを降せるってのが不思議だわ」
「食の細い太いは関係ないと思いますが」
「そうかー? 親父もこれくらい食うんだぜ? あーでもユェはお前と
そんなに変わらないけど」
ユェリィまでメイユィンシンクラスだったら彼女を嫁にした貴族は
相当な上位貴族じゃないと緩やかに破産するだろうと思ったトマ。
「はー…食った食ったー…っと、おーい。次はここから~っと、
今日はここまでの甜點(デザート)宜しくなー?」
「はい! 少々お待ちくださいませ!!」
食堂の厨房は戦場だ。利用者は生徒だけじゃないというか教師は
ほとんどがここで食事を摂るので唯でさえ忙しいのに、
メイユィンシンの大人食いは彼女が帝女というのも相まって
料理人達は必死である。ここにも厨師はいるが、そんな厨師も
メイユィンシンが食事をするので料理人達に混じって指示を飛ばしつつ
包丁と鍋を分身する勢いで振るいまくりである。
「そんなに甘味を食べたら太…虫歯になりますよ?」
「別腹だから無問題!」
牛じゃあるまいしそんなわけないだろうと突っ込むのは止めにしたトマ。
> > >
昼食後、午後の授業を受けようとしていたら、
トマ達一期生(学年の更新は秋なので)は全員が主に全校集会等で
使われる学院第一講堂へと集められた。壇上には久しぶりの学院長がいる。
「えー…本日集まってもらったのは他でもない、本日から
君達に新しい学友が加わることになる。ちなみにこれは皇帝陛下からの
勅命なので時期が時期だが特例である」
-ざわ、ざわ…
「確かにもうすぐボクらは二期生に進級するわけですから妙ですね兄上?」
「そうだな…しかし皇帝陛下勅命とはまた…」
「転校生とかそんななのですかお兄様?」
「まぁ学院は四方公爵領にも分校があるからな、否定はできない」
「はい、静粛に静粛に! ではそんなわけなので少々手短に済ませたい。
では、お入りください」
「はい…失礼いたします」
一応学院生に支給されている制服を身に着けて現れたのは…
「ぷふぉっ!?」
「トマ様?!」
「にゃ?!」
「えぇっ!?」
人間形態のミーシュと、見慣れない顔立ちの竜魔人族らしき従者二人である。
「えー…彼女らは我らが皇帝陛下一門と古くからの盟友関係にある竜族の神子、
マハーンパラミーシュベルキーキラート様と、その従者二名である」
トマでさえ魅了されかける彼女に対して呆けぬ者は早々いない。なので
講堂内はすさまじいどよめきに包まれている。
「静粛に静粛に!! 気持ちはわかるが静粛に!!
あとマハーンパラミーシュベルキーキラート様より挨拶があるので静粛に!!」
学院長に促されてミーシュは生徒達の前に立つ。
「皆様、始めまして。私は西方領の大空大連山に居を構える紅玉翼竜の一族、
ルーヴィケラージャ族の巫女スーラジキィベティの娘、
マハーンパラミーシュベルキーキラートと申します。本日より私も
皆様と共に五年に満たぬ短い間ではございますが、学友として
精一杯頑張らせていただきますので、宜しくお願いいたします」
実に流暢な央国語、それも全央京語で挨拶と丁寧な例に
多くのものが魂を抜かれたような溜息と表情を浮かべているようだ。
「ほぁー……ぬハッ!? えーマハーンパラミーシュベルキーキラート様は
先も彼女が言ったとおり、本物の竜族であり、そして帝国で言うところの
皇太子殿下に相当するお方である! なので我が学院にご入学なさっている
メイユィンシン殿下やユェリィ殿下同様に無礼が無いよう厳命しておく!」
流石に同盟国の王族という立ち位置なので、学院内の
"身分の差は参考程度に弁える"という文句自体が弁えられる。
「何でまた…?」
トマは腰を落としてせめて少しでもミーシュの視界に入らぬようと
動いたのがまずかった。
「『あっ! トマ様!! 数日振りですね!! 今日から私も
トマ様と一緒に子作り含め色々お勉強することにしましたので!!』」
「………ヘァッ?!」
ミーシュは嬉しそうにトマに話しかけてくる。幸い思わず彼女が竜仁語で
話しかけてきたので、内容は知られなかったのが救いだ。
「も、申し訳ないのですがマハーンパラミーシュベルキーキラート様…
お知り合いとのご歓談は後にしていただきたいのですが…?」
「…あら?! す、すみません」
「いえ! 決して怒ったのではないのですよ!! その、一応我が国にも
しきたりや様式美というのがありますので!!」
学院長も必死である。それがトマにとってのせめてもの慰みか。
> > >
―ざわ、ざわ…
学院の各所にある茶席の一つだが、いつぞやのように騒がしい。
「『ミーシュ…随分と無茶をしたな?』」
「『……ご迷惑、でしたか?』」
ミーシュは少し目を潤ませて此方を見てくる。
トマは精神を落ち着かせるため、自分の腿をつねる。
「『いや、僕は構わないんだが…紅玉翼竜達もまだまだ大変だろう?』」
「『あれから赤亜竜の勢力が大分縮まったとのことで、向こう100年は
放置してても大丈夫だろうとアンディーフェン様も教えてくれましたし…
それに…アンディーフェン様もこっちに居たほうがずっと安全だろうと…
トマ様と暫く時間を共有できますし』」
ミーシュは頬を染めてもじもじしている。
つねった覚えがないもう片方の腿が痛いので何故だと思えば
いい笑顔なエンリルエリシュ。ふとつねっていた方も痛いので見れば
やっぱりいい笑顔なライラ。こ、こいつら全く反省してねぇ…!!
「『そうか…じゃあミーシュも経済の授業を専攻するのかい?
君にはかなり大変だと思うけど』」
「『言葉はアンディーフェン様直伝の竜族秘伝の翻訳魔法がありますので…
経済という概念がイマイチですが…そこはトマ様と一緒に予習復習を、と』」
上目遣いで此方を心配そうに見つめてくるミーシュにトマは腿をギリギリと
握り締めて精神を落ち着かせようとする。
「『…暇があれば考えておきます…ところで、先ほどからお付の方々が
全く何も言いませんし、見たことのない者たちなのですが…彼らは?』」
「『俺俺ー、俺だよー、トマー』」
「『お久しぶりですね。ド変t…トマさん』」
「『…!? まさか、サーハスとパハドゥキベティか?! 待て二人は
人化の術は使えなかったはずだが…?』」
「『そこも長老直伝の人化の術だぜー…やーでも人間の姿だと魔力を
節約できるってのはマジなんだなー、超楽だぜー』」
「『ミーシュ様は普段から人化しておられたのも体力の消耗を
抑えるためだったと言うのは本当のことだったのですね』」
「『もう、ずっとそうだと言っていたではありませんか、ベティったら…』」
トマは茶を啜って一息つく。
「所で二人は央国語を話せるのか? ずっと黙ってたから予想はつくが…」
「『翻訳魔法のお陰で何を言ってるのかは大体わかるんだがなー、
発音とか文法とか一筋縄じゃいかねーから目下勉強中だぜー』」
「『帝国の言葉には上位の全央京語や広竜央語に海龍央語に客竜央語と
発音どころか文法すら違う沢山の地方語もあるので…改めてトマさんの
凄さを実感させられましたよ』」
「『まぁ、帝国語を喋れても国外じゃ同国民行商以外相手には
ほとんど役に立たないから立場的にも無理はしなくても良いんじゃないか?』」
トマの言葉に対して腕を組んで目を閉じて渋面を作るサーハス。
「『ってもさー、偶にボソッとムカつくことを言う奴等がいるからさー…
そーゆー時って外国語で捲くし立てても連中は馬鹿にするだけだからよー?
ガツンと連中も無視できねー反論してーなーって思うじゃん?』」
「『そういった手合いは無視するのが一番打撃を与えられるんだが…
まぁ自己責任だからこれ以上は言わんよ』」
茶を啜ってたら甘いものが食いたくなったので一口サイズの饅頭を
口に放り込むトマだったが、
「あーん? 妙にデカい気配がするから来てみりゃーまた面白えことに
なってんじゃねーかよー?」
「お姉様…乱暴な口調はお止めくださいまし…御機嫌よう、トマ様」
「んっがっぐ?!」
メイユィンシンとユェリィ姉妹が現れ、饅頭を喉に詰まらせたので
慌てて茶で流し込もうとするも、量が足りなかったので仕方なく
エアメルドゥクの飲みかけで流し込む。エアメルドゥクは一瞬驚くが、
唇に手を当てて何か不穏なことを考えている気配を見せたが、
そっちを気にしている場合じゃなかった。
「ほーん? アタシという者がありながらー…随分な別嬪さんと
随分と楽しそうじゃーないですかにゃー?」
「お姉様…!」
「こ、これはメイユィンシン殿下! こんな所まで何の御用で!?」
トマはサッと最敬礼を執る、エアメルドゥクやエンリルエリシュにライラも
トマがそうしたので若干不承の気配があったが倣った。
もちろんミーシュ達は頭に「?」を浮かべている。
「…それでいて私を前に礼すら執らぬ貴様ら…何者ぞ?
一見同族と見紛ったが…貴様ら…竜魔人族ではないな?」
メイユィンシンは創輝帝譲りの魔力の圧をミーシュ達に向けた。
「『あー? んだこいつ…? ちょっと可愛いなと思ってたが、
ミーシュ様に対して随分と尊大じゃねーかよー?』」
「『帝国の貴族連中は色々と上から目線だらけでしたが…
少し度が過ぎた態度ですね?』」
サーハスとパハドゥキベティはミーシュを庇う様に
メイユィンシンの前に出る。
「…何を言っているのだ貴様ら…? この私を知らぬのか?」
「『知らねーよ。知っててもミーシュ様へ戦意を向ける奴になんざ
誰が敬意を示すかバーカ!』」
「『全部ではないですが、今回はサーハスに同意しますよ』」
睨み合うサーハス達とメイユィンシン。ユェリィはどうしたものかと
あわあわしつつトマをチラチラ見ている。
「ばっ…!? 『やめろお前ら! この方らは皇帝陛下の息女…
雲竜宮のメイユィンシン殿下に星竜宮のユェリィ殿下だぞ?!
お前達の部族におけるミーシュ様と同格の存在なんだぞ?!』
申し訳ありませんメイユィンシン殿下!! 彼らは今日この学院に
転入してきたばかりの外国の者達ですので!」
トマはメイユィンシンの前に跪いて弁明を図る。
「……ってオイオイ、トマ…アタシとアンタの仲だろ…そんなに
必死に畏まられると寂しーんだけど?」
「そうでもしないと面倒くさい立ち位置の人らなんだよ…」
「ふーん…?」
メイユィンシンは改めてサーハスらを見ると、彼らを割って
ミーシュがメイユィンシンの前に出た。
「傍仕え…いえ、私の家臣が大変ご無礼をお掛け致しました。わたくし、
西方領の大空大連山に居を構える紅玉翼竜の一族、ルーヴィケラージャ族の
巫女スーラジキィベティの娘でトマ様とはいずれ間違いなく絶対に夫婦となる
マハーンパラミーシュベルキーキラートと申します」
「パゥダッ!?」(注:トマ)
ミーシュの言葉に場が騒然とする。メイユィンシンは固まり、
ユェリィは口をパクパクさせて絶句している。トマは近くの黒い気配を
漂わせる三人はこの際無視する。
「ふ、夫婦だとぉー…?」
「はい。トマ様の健やかな未来の為にも、私が自分の意思で決めたことです。
この学院でトマ様には子作りを始め沢山の事を一緒に学ぼうと思っております」
ミーシュは自然な笑顔だった。いかん、この子天然入ってる…!
多分空気読めないってレベルじゃねぇ…! と、トマは変な汗が出た。
「なートマぁ…? アンタ本当に家族旅行行ってたのかぁ…?
そーいや西方領行く前に永世土大王国でも一悶着とか
聞いたけどよぉー…何かアタシにも言えねぇコト隠してねーよにゃぁぁぁぁ?」
「ゑ゛ゑ゛ゑ゛ゑ゛(え゛え゛え゛え゛)?!」
確かに言えないことはあるが、誓って色事じゃないと言いたいトマである。
しかし言っても地獄、言わぬも地獄。ならばどちらがより小さく上層の地獄かと
トマは必死に脳を最大活性稼動させる。
「アタシと熱烈接吻までしておいてぇ…
…流された外国で大変かと思ったら余所で現地妻三昧かぁオィイイイイ?!」
ツカツカと歩み寄ってきたメイユィンシンにトマは「仕方ない、ここは
思い切り殴られて死んだふりでもして溜飲を下げさせるのが最善か」と
立ち上がって自然体となるトマの顔が両手で掴まれた。
「はむっ」
「んむッぷ!?」
「えっ」
「「「ぎゃああああああああ!?」」」
「おおおおおおおお姉様あああああああああ?!」
―ええええええええええええええええええ!?
殴られると予想していたトマはメイユィンシンにまたもベロチューされた。
それもこんな周りに沢山の目がある中で。
「っぷは…今日の葉黒豆餡の味がする」
「………」
トマの口から引いた糸をじゅるっと美味しそうに啜るメィユィンシン。
「…こうなったらもう逃がさねぇ。アンタは絶対にアタシと婚約だ。
帝国の帝女を甘く見るなよ?」
「………」
トマは精神世界にて今の自分と前世の自分による会議を始めていた。
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「だからワシはあれほど気をつけろと散々言ったじゃろうが」
「そんな事を言われてもだな! たとえクソだらけでも無関係な世界で
ごり押しなんてそれこそ儂らの心情に合わんだろう!?」
「それは分かるが…すっかり甘くなったのう、今のワシよ」
「前の儂が冷酷過ぎるのだ!」
「しかし…この局面。どう攻略すべきなのかワシにはさっぱりじゃ」
「儂とてわからんわ!!」
「そろそろ戻っておけ、一応外部記憶を探ってみる」
「頼んだ前の儂!」
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ここまでで一弾指(指パッチン一回分)の時間である。
「にゃあああああッ!!」
「エニッ!?」
一瞬で距離を詰めメイユィンシンに鉄拳を叩き込もうとする
エンリルエリシュだが、メイユィンシンは器用に受け流した。
エンリルエリシュも手加減が上手になっているようで、
余波で何かが吹き飛んだりはせず、精々突風を起こす程度だ。
「何しやがる!!」
「それはこっちの台詞なのです!! 一度ならず二度までも!!
たとえ帝女さまと言えど我慢ならないです!!」
「うるせえ! こちとら兄弟情結こじらすくらいなアンタみたいに
四六時中一緒に居られねえんだ! これくらいしても罰当たらねえだろうが!」
「そんなの無茶苦茶ですっ!」
「無茶苦茶なのはアンタだろうが! 大体お兄様お兄様って端から見てて
ずっと胸焼けしそうなんだぞ!!」
「兄妹ですもの! 妹が兄を想って何が悪いのです!!」
「限度を知れや! 限度を! 見てて昔のユェリィみたいでムカつくんだ!」
「えっ………お姉様………えっ?」
「………」
「兄上、とりあえず口を拭きましょうね」
もう一回精神世界に行こうかと考えたトマだったが、何か寄ってきて
トマの口元を拭こうとしてきたエアメルドゥクに気づいてそれを制止する。
「いや、エア。その行動は今はおかしい。というかお前もエニを何とか
しようとしてくれ。せめて僕と一緒に考えてくれ」
「兄上、ああなってしまってはボクも命が惜しいので無理です」
「誰も体を張れとは言ってないんだが」
「いや、兄上。兄上はともかくあの状態のエニには口を挟むだけでも
それなりに命を懸けねばならないんですよ? 兄上は知らないんでしょうから
言っておきますが、武術の授業とかで火が点いちゃったエニは
いつもボクが半ば命がけで頑張って止めてたんですからね?」
「………」
そう言われてしまうと最近は殆どエアメルドゥクやエンリルエリシュと
一緒に武術系の授業を受けていないトマは反論できない。
「おわっ!?」
「にゃっ!?」
二人に暗器を振り下ろすのだが避けられたので小さく舌打ちするライラ。
「ちょ!? ライラッ?! 何をしておるのだ!?」
「トマ様がお困りでしたので」
それが何か? と焦点の合わない目でトマに答えるライラ。
「どーゆー神経してんだ貴様ッ! 殺す気か?!」
「やはり隙を伺ってたのですね! 油断のならない女狐です!!」
「ふふ…何にしても怒髪天は越えました…『一撃で終わらせてやる』」
エンリルエリシュは中段の構えをとり、メイユィンシンは乱れ構えをとる。
二者は拳に魔力を、ライラはライラで暗器こそ仕舞ったが両手を
蛇に見立てた眼球刳り貫き等で多用される蛇拳の構えをとり、三人は睨み合う。
三者三様に隙が無いので、武術の心得のある生徒達は思わず唸ってしまう。
…トマは違う意味で唸ってしまうが。
「っらぁ!!」
「にゃッ!!」
「疾ィッ!!」
三人はほぼ同時に飛び掛ったが、メイユィンシンとライラはまず
エンリルエリシュに仕掛ける。メイユィンシンは残像を、ライラは
関節を外したのかと思うくらいに全身を撓らせ文字通り蛇のように
シュルシュルと動きながらそれぞれエンリルエリシュの動きを止める為に
手足を狙ってくるが、エンリルエリシュはニヤリと笑って両手を広げる。
「「!?」」
それを見て悪寒が走った二人は寸前で後ろに飛べば、エンリルエリシュの
腕ごと打ちつける強烈な拍手が鳴り、そこから暴風かと
思われる風圧が発生し、回りのものを軽く吹き飛ばす。
もしも二人がそのまま突っ込んでいたら砕けていたかもしれない感じだ。
「…ちっ…失敗なのです」
「おいおい…結構なことしてくれんじゃねえか…流石はトマの妹だな?」
「やはり、安易な正面攻撃は愚作でしたか」
三人はまたそれぞれ別の構えをとる。
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「三つ巴の戦いを一撃で粉砕する方法なら見つかったぞ、今のワシ」
「まぁ、基本は粉砕だろうな前の儂」
「仕方なかろう今のワシ。後はこれをどの程度手加減すれば良いのか
考えるほかあるまいて」
「しかし…持ってきたそれがどれもこれも非物理だな」
「殆ど星間戦じゃったからのう」
「おまけに相対するのが神竜だの天使戦艦隊だの宇宙怪獣と…
悉くアース人型要素が薄いときたものだ」
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トマは今一度精神世界から帰ってきた。もちろん一弾指未満なので
三人の動きは殆ど無い。
「もうやめてくださいっ!!」
「「「!」」」
三人がもう一度、今度は全身余すところ無く魔力を漲らせた状態で
飛び掛ろうとしたところをミーシュが割って入って止める。
「ミーシュ!?」
「「『ミーシュ様!?』」」
「どうしてそんな…力ずくで解決しようとするのですか!?
しかもトマ様を置いてけぼりにして!! 皆様もトマ様を
それぞれの形で愛していらっしゃるのでしょう?!」
ミーシュの言葉に萎えた様に動きを止めて通常に戻る三人。
ただし強張った全身はそのままだ。
「アンタが言うのかよ」
「誰のせいだと思ってるですか」
「…全く悪意が無いから殊更性質が悪いですね」
ミーシュはスタスタとトマの前にやって来る。
「ミーシュ…? 何を…?」
「失礼しますっ!」
「は…んおぷ!?」
「あ」
「ぎょっ!?」(注:エンリルエリシュ)
「んがぁッ?!」(注:ライラ)
トマはミーシュに唇を唇で塞がれた。流石にメイユィンシンみたいな
ベロチューじゃないのが初々しさを感じる。
「ぷは……私、最近知ったんですけど、人種の方々はこうやって
愛する人に自分の愛を伝えるんですよね? 私…つい数日前まで
他部族との戦争に巻き込まれたのですが、その時から思うことがあったんです」
ミーシュはこの間の赤亜竜と紅玉翼竜の戦いを話し、
その時感じた暴力で解決しようとする事の空しさを述べた。
その言葉には感じるものがあったのか、渋面をつくりつつも
メイユィンシンとエンリルエリシュは自然体に戻った。
ライラだけは腕を組んでミーシュを強い視線で見るが。
「…それにこの国でも一夫多妻制は割りと普通だと聞きました。
だからそんな暴力ではなく、さっき私がトマ様にしたみたいに
どれだけトマ様を愛しているのかを似たような非暴力的な方法で
示したほうが、最後はトマ様が誰が一番なのか決めてくださるでしょうし、
凄く平和的だと思うんです!」
ピクリと動いた三人はトマを見る。トマはビクリとする。
「そうだなぁ…考えてみりゃー、そっちの方が面白そうじゃねーか」
「お兄様に…? お兄様と…? ああ、妹が兄に接吻は別に変じゃないです!
そうです! 全く何も問題は無いのです!」
「トマ様とトマ様とトマ様とトマ様とトマ様と…ふひ…ふひひひひぃ!!」
「嘘だろ…!?」
「な、何を考えているんだ君達! 兄上にそんなふs」
エアメルドゥクはメイユィンシンに眉間の麻痺秘孔を、
エンリルエリシュに所謂「首トン」を、ライラには変な針を首に刺され、
立ったまま白目を剥いて泡を吹いて全身を痙攣させながら気絶した。
「え、エアアアアアアアアア!? …ハッ!?」
トマは後ろからミーシュと、何故かユェリィに優しく抱きつかれるように
ギュッと押さえられていることに気づいた。
「トマ様! 甲斐性をお見せください!」
「ごめんなさいトマ様! これ以上騒ぎを長引かせてはお姉様の名誉が
傷つきます! あと私も最後に良いですか?!」
「ドサクサに紛れて何を言っておられるのですかユェ様!?
『っていうかサーハスにパハドゥキベティ!! 見てないで止めてくれ!!』」
トマは先ほどから動きを見せていないミーシュの従者二人に声をかける。
「『え? いや、でもミーシュ様の話も一理あるしさー』」
「『今後の他種族との円滑な交流の為にも、平和的解決方法の参考として…
もうミーシュ様とド変態のトマさんの件は長老も大いに結構とされましたし』」
完全に傍観者である。やはり信じられるのは自分だけだと
トマは精神世界へ飛ぶが。
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「すまん。流石にそれはデータすら見当たらんわ」
「頑張れよ前の儂いいいいい! 諦めんなよおおおおおおおお!!」
「良いではないか、一度は世界と共に穏やかに滅んだのじゃ。
それくらい大したことでもあるまい。まして姦計でもなしじゃ死にはせぬ」
「何かが死にそうな気がするから行っておるのだろうがああああああ!!」
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戻ってきたとき、既にジャンケンが始まっていた。
「最初はオララァ!!」
メイユィンシンは拳をエンリルエリシュとライラの顔面に振るおうとする。
如何にか避けるライラとムッとした顔で避けるエンリルエリシュ。
「何をするのですか!! またまた拳!」
「怒れる神の掌底、破!」
お返しとばかりにエンリルエリシュは拳を、ライラはパーと言いつつ
やっぱり握り拳をメイユィンシンに食らわすが気功で逸らされる。
「正義は勝つ!」
三人の拳がぶつかり合うが三人とも本気じゃないようで怪我は無い。
とはいえバチン! とそこに居たら絶対痛い音が鳴る。
「雀拳碰!」
三人の出した手は、エンリルエリシュがチョキ、残り二人がパーである。
実はメイユィンシンとライラは最後の最後まで相手の手を見つつ手を変える
優れた動体視力と反射神経に瞬発力無しでは不可能な事をやっていたのだが、
殆ど勘だけで最後の最後に本能で手を変えたエンリルエリシュが勝利した。
「やったですうううううううう!!!」
年相応にピョンピョン飛び跳ねて喜ぶエンリルエリシュ。
「な…んー…だ…とぉ…?」
「ぐ…これだから直感生物は…!」
絡め手を出すのは早まったかと悔しそうなメイユィンシンとライラ。
「よりによって…よりによって一番最初がエニだと…!?」
「良いではないですかトマ様。寧ろ最初だからこそ家族の方が
覚悟も固まりやすいでしょう?」
「え…うーん…でも今は嫌ですけど昔お父様は喜んでましたし…」
「頑張ってくれユェ様ぁ!!」
だがそれは空しいことだ、もうトマの顔はエンリルエリシュに掴まれている。
「こんな形になってしまったですが、お兄様。大好きです!!」
「オイマテハナシアーーーーーーーーーーーーーーーーッ!?」
…。
この騒ぎは妙に艶々した顔のメイユィンシンとユェリィの
「漏らせば漏れなく一族郎党無事で済むと思うなよ☆」
という権力と沢山の袖の下で揉み消されたそうだ。
28:に続く
トマさん爆発しないかな…




