23:終わってない春休みの帝国西方領にて
出立前に余裕で間に合った…
トマの「不經意永世土大王国放浪事件」があったが、
春休みはまだ一週間以上残っていたので、日数はズレたものの
予定通り五泊六日の西方公爵家お泊り研修は決行されることとなった。
ちなみに昨日再会した時、ハルマローシュ伯はエアメルドゥク並に
涙目でトマを熱く抱擁してきたので参ったが、リォリィとテァミトさえもが
泣きながら抱きついてきたのはどうしたものかと複雑な気分になった。
しかしながらこれで自分がハルマローシュ家に相当深入りしているし
実の子でもないのにテァミトにすら可愛がられているという事実を知り、
二心が鬩ぎ合う事に暫く懊悩することとなる。
「であるからして…こら、伯子の! 聞いているのかね?」
「あ…? はいッ!? すみません! もう一度お願いいたします西方公閣下!」
「んにゃー…すぴー…」
特別に設えられた教壇からツカツカと歩み寄って、長椅子で猫のごとく眠る
エンリルエリシュの脇腹のツボを指で連打する西方公爵こと
シャクモク・雷龍・テュポエウフォン。
「はぴゅにゃッ!?」
「堂々と眠るな伯女の! 宿題を増やすぞ!」
「ふぇぇ…! お兄様ぁ!! 助けt―「諦めろエニ」―
最近お兄様が厳しいですぅッ!!」
「当たり前だ伯女の。聞けば大王国で騒ぎを起こしたそうではないか。
おかげで西方攻略計画にも小さくない影響が出てしまったのだぞ?
本来であればその責任はお前の父ハルマローシュ伯に取らせねばならぬが、
不幸…といえば不幸にしてやれんこともない事故から始まった顛末ゆえ、
罰として座学マシマシで勘弁してやろうと言う事になったのだからな?」
何気なくトマをジト目で見るテュポエウフォン公爵。
「申し訳ありません西方公…全ては僕の不覚です」
「まぁ、慣れない旅行で船の乗り間違い等は自分も覚えがあるのでな、
つまらぬ事で無用な厳罰を下して帝国の未来を担う人材を潰すのも下品。
伯子伯女兄妹には道徳、伯庶子トマには帝国臣民の心得の復習を
みっちりと叩き込むことで好しとすることになったのだ」
「西方公閣下の慈悲に感謝いたします」
トマは帝国における最敬礼である(以下略)を
テュポエウフォン公爵に示す。
「…(思った以上に屈辱感を感じるな…これ、反骨心を育みそうだし
考え直したほうが良いんじゃないか?)」
「もう良いぞ伯庶子の。というか跪くのはやりすぎだ」
「重ね重ね申し訳ありません西方公閣下」
一礼して後ろの席に戻るトマ。立場が立場なので机は無い。
ついでに言うと教科書も無い。しかし別にトマは気にしない。
授業内容は外部記憶にいくらでも放り込めるのだ。
しかしそれによって一度聞いて全て覚えるという業がそれなりに
常識ハズレの離れ業だとは気づかないのが脳筋の亜種であるトマであった。
「トマよ。公でなければ自分のことは字で良い」
「…承知いたしました雷龍先生」
「……まぁ、教鞭を振るう立場だからな…それで宜しい」
「兄上…流石です!」
転移したかの如き速度でエアメルドゥクの前に立つテュポエウフォン公爵。
あれは縮地だったかと顎に手をやって考察するトマ。
「伯子の、お前の発言は認めておらんぞ」
「ふわ!? 失礼しました西方公閣下!」
「授業中は自分の事は先生で宜しい」
「はい、先生!」
エアメルドゥクの小気味良い反応に顎に手をやって
窓の外の遠くを見るテュポエウフォン公爵。
「………先生、か…家督を譲位後の職としては悪くないかもしれんな」
それはそれで学院の生徒の大半が悲鳴を上げる気がしたトマだが、
まぁ正直遠い未来の話なので知ったこっちゃないから何も言わない。
「では、授業に戻る。そもそも帝国臣民が…」
ちらりと窓の外を見ると、外は快晴であった。外でのんびりしたい気がするが
まぁこういう状況もまた悪くは無いなと思うトマであった。
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座学、武道の授業を終え、昼食も済ませて夕方まで自由の身となった
トマは、西方領首都シャーモルヴォディーシィ…通称:風谷の
憲兵詰め所に来ていた。勿論ライラは追従している。
「『面目ないトマ氏』」
「『しれっとついて来て何をしてるのかと思えば…何をしたのだエルマヴィ』」
「『何となく予想はつきますが』」
トマ達が普通にエルマヴィと大王国語で話をする様にどよめく兵士達。
ちなみにエルマヴィは手錠を掛けられている。
「『だってさぁ…こっちにも大王国商人の組合があるし…
何だかんだで渡された2000万アクリを元手に帝国でちょっと
一稼ぎしてやろうかと思ったらさぁ…雇った通訳の帝国人…
クソ酷い翻訳しかできねえんだぜ? 央国語で何言ったのか知らないけど、
気づいたら兵隊さんだらけとかさぁ、ここの連中ってクソ過ぎるんじゃね?』」
「『……あぁ、すまん。帝国民は異民族に対して基本クソ民度だと
口酸っぱく言っておけばよかったか…』」
「『真面目にそういうことは先に言ってくださいおながいします』」
「『それくらいは察して当たり前ですよマヴィ』」
「『無茶を言うない!』」
エルマヴィはこれ見よがしに手錠をトマに見せ付ける。
ちなみに手錠は魔封じの術が施された特別製である。
確かにこの世界のエルフは総じて魔術に秀でているようだが、
だからといって魔封じ付きの手錠はやりすぎだとトマも渋面になる。
「あのぅ…伯爵閣下のご子息様…? 先ほどから何を…」
庶子とはいえ上位貴族の子であるトマに揉み手で近づく一人の帝国憲兵。
見れば中弐位の尉官らしく、ここではそれなりの地位があるようだ。
「これは失礼。彼とは知り合いでね。というか大王国での恩人でもある」
「ヒェッ!?」
その言葉に慌ててエルマヴィの手錠を外せと周りを促す中弐尉官。
「『あー…精霊さん。心配掛けたな』」
手錠を外してもらったエルマヴィの周りに小さな光の玉がまとわり付く。
その様を見て腰のものを抜こうとする兵士達を
「止めろ馬鹿!! 打ち首になるぞ!!」と慌てて止める中弐尉官。
「『帝国のバカ共が迷惑を掛けたな』」
「『良いさ別に。金品没収とかもされそうだったけどされてないし』」
「…お前達、僕の友人から金品没収をしようとしたのか?」
「ヒェェエェッ!? お前ら何やってんの!? 切るぞここで!?」
「「「してません! まだしてません!!」」」
「やろうとしたんかーい!! マジで一人切るかオイ!?」
慌てて中弐尉官が剣を抜こうとしたので制するトマ。
「まあ、事後で無いなら没問題ですよ」
「お慈悲に感謝しますご子息様!」
中弐尉官は兵士全員を土下座させて自身も頭を下げる。
「そこまでしな…いや、それくらいで良いですよ」
「有難うございます!」
「「「多謝! 多謝! 多謝至極! 伯爵的兒子様!」」」
何だか話に聞いた聖撃雷王爵領の連中みたいな敬語を述べる憲兵達に
ちょっと苦笑いするトマ。
「『凄ぇなートマ氏…マジ貴族の息子って感じだぜ』」
「『帝国では階級差は絶対に近いものがあるからな、この間は
うっかりしていたら儂の財布を盗もうとしたコソ泥が
止める間もなく憲兵に首を刎ねられてしまって参ったくらいだ』」
「『うへぇ…大王国でもそんな簡単に罪人を処刑したりしないぞ?』」
「『だろうな、しかし日輪皇国では盗みは現行犯死罪と聞くぞ?』」
「『またまたご冗談を☆ 別たれし太陽の皇国はそんな冷徹じゃないって★』」
実際は日輪皇国では結構普通に「斬り捨て御免!」とかで
死罪になっているそうだが、エルマヴィの夢を壊すのも野暮かと思ったので
何も言わないことにしたトマ。
「『しかしだな、マヴィ。帝国で商売をやるとなると央国語は
必須だぞ? ちゃんと話せなければどんな目に遭うかは思い知っただろう?』」
「『だな…何処かで勉強するしかねえよな?』」
期待する目を向けるエルマヴィにイラッとしたので煙管に火を点けるトマ。
「灰皿をどうぞご子息様!」
「気が早いな…が、まぁ感謝するよ…騒がせたし、これで兵達に
酒でも振舞ってやってくれ」
トマは懐から帝国金貨(一枚100帝元)を数枚出して
中弐尉官に握らせてやる。
「ふへぇ?! こんなに!? 有難うございます! 多謝! 非常感謝!」
「「「非常感謝! 非常感謝! 非常感謝!」」」
ペコペコしまくりな中弐尉官達にもちょっとイラッしたトマは
鼻から紫煙を気持ち大きめに噴く。
「『いよっ! 太っ腹! 流石は伯爵の息子さん!!』」
「『調子に乗るな』」
「『痛熱ッ!?』」
「『実に愚かですね、マヴィ』」
囃し立ててきたエルマヴィを煙管で小突くトマ。
「それでは、そろそろ彼を連れて行っても良いかな?」
「勿論ですとも! おい何してんださっさと荷物持って来い!!」
「「「了解!!」」」
「そこは弐、三人で良いだろうが!!」
「「「失礼しました!」」」
「やれやれ…」
帝国民の変な連帯感は見ていて笑いたくなるが、そこは我慢したトマ。
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詰め所から出てきたトマ達は近くの茶屋で一息いれることにした。
「『あー…雨龍茶だっけ…? これ美味いな』」
「『砂糖は要らないと常々思うがな』」
「『それだと苦くて飲めたものでは無いと思います我が君トマ様』」
「『しかしだな…日輪皇国では茶に砂糖は外道とされているぞ』」
「『えーマジで? …んじゃ次は砂糖抜きで……苦ッ!?』」
そんなわけで普通の茶を嗜もうとして渋面を作るエルマヴィを尻目に
帝国では通すぎるが日輪皇国では普通な砂糖抜き茶を啜るトマ。
「『まぁ甘い菓子をお茶請けにするのは問題ないらしいから
茶菓子を摘みながらやれば良かろう』」
「『それいいね! ……って苦味が際立つじゃん!!』」
「『それを含めて茶の旨みを楽しむのが日輪式なんだがな』」
涼しい顔でトマは果物の餡餅(タルト)を摘んで茶を啜る。
「『ぐぬぬ…』」
何か悔しかったのか、渋面を作りつつもトマと同じ事を頑張るエルマヴィ。
「しかし…大王国滞在は五日も経ってなかったのか…」
「私は三日と経ってない気がしました」
「まぁ、お前は二日近くを寝てたようなものだからな」
空を見れば日が中天から大分傾いているので、風谷にもある時計塔を見れば
日の伍刻(およそ14時)となっていた。
「『そろそろ戻るか。マヴィ、折角だからお前も付いて来い』」
「『んお? ちょっと待ってくれ今菓子と茶をやっつけるから』」
いそいそと茶菓子を茶で流し込むエルマヴィを見て、
トマは通りがかった給仕に会計を頼む。
「騒がしくして悪かったな、これは店主らにも手付けとして渡してくれ」
そう言って給仕に会計分とは別に帝国銀貨十数枚に
金貨数枚が入った小さな皮袋(推定380帝元)を渡す。
「ふわ!? あ、ありがとうございますお貴族様!」
「気にするな。また来るかも知れないんでね」
「店長にもしかとお伝えいたします! ありがとうございました!
またお越しくださいませ!!」
何気なく取り出した金貨一枚を懐に忍ばせつつ
店長の下へ行くであろう給仕を見て肩を竦めたトマ。
「『大盤振る舞いだなトマ氏。ここの支払いは36帝元だろ?
金貨入りとか結構なカネを手付けしただろ?』」
帝国で茶を楽しむなら5帝元もあれば腹が少し膨れる程度に楽しめる。
なのでトマの手付けはかなりの大盤振る舞いである。
蛇足だが西方領の給仕の日当は20帝元…銀貨二枚である。
「『帝国民はカネを介した遣り取りは多少信頼が見込めるからな。
まぁ、貴族を欺こうとするのはそんなに居ないからこれくらいはな』」
「『そんなにって…それなりには居るんだなそういう連中…帝国怖え…』」
「『帝国で商売するなら袖の下は勉強しておけ、上手く立ち回れば
袖の下に包んだ分を合わせても十数倍の利益に膨らむことはザラだ。
連中は見栄と面子には煩いからな。覚えておいて損は少ない』」
「『いや少ないて、あんた…』」
「『マヴィ。それ以上はトマ様に対して無粋であり大変失礼です』」
「『いや、でもさぁライラちゃん…』」
「『おい、支払いも済ませたのだ。長居は無用ぞ』」
何か言いた気なエルマヴィを促すトマ。自由時間とはいえ
外では貴族の義庶子であるトマ。嫡子たるエアメルドゥク達より帰りが遅いのは
流石にいただけないので厄介になっているテュポエウフォン公爵の邸宅へ急ぐ。
「とはいえ…エア達は自室でグッタリしてそうだから…
何か土産でも買っていったほうが西方公も苦言しづらいか?」
ということで帰り道の途中で酒の摘みになりそうなものや
乾菓子に装飾品といった手土産を見繕っていくトマ。
これまでに結構散財していて今更だが、トマは個人財産で
帝国の平均的な候爵並の個人資産がある。勿論大半は
大王国で稼いでしまったモノだ。一応2000万アクリ分は
押し問答の果てにエルマヴィに腹パン込みで無理矢理くれてやったが、
それでも3000万アクリ…帝元換算で9000万帝元ほどある。
正直にハルマローシュ伯に提供しようとしたが「大したものだ!
それはお前が大事に使いなさい!! ふははは流石我が小公子!」
とか思いのほか動じずに突っ返されたので、そのまま所有することとなった。
付け加えるとハルマローシュ伯は今後のために俸禄から少しづつ
トマ用の資産を700万帝元ほど貯めていたので、
実質一億帝元近い豪商クラスの個人資産がある。
(ちなみにハルマローシュ伯の全貯蓄財産は約8200万帝元である。
その為影でひっそり「父の威厳って、何だろう…」と落ち込んでいるが、
トマは見なかったことにしている)
「…エアメルドゥクには指南書に焼き菓子…エンリルエリシュには…
材料を買って今日の夕餉のシメに出すとして…西方公には…
この辺で一番良い酒と鯰の蒲焼に干し貝柱と干し鮑だな…
テァミト様とリォリィには…守護宝飾と耳飾が無難か…?」
「『買いまくりだなトマ氏。風谷の経済も潤うぜ』」
「『言ってろ…』ほれ、ライラ。お前にも呪印入りの守護宝飾を買ってやる。
だから持ちきれない荷物を持ってくれ」
「承りました! 持ちきれないものと言わず全てお任せください!」
実はトマから何かを直接買って渡されるのは初めてなライラ。
頬すら染めてハイテンションである。
「『これだけ買っても10万帝元減ったかどうかと言う…難儀だ』」
「『っていうかトマ氏は独立しようと思えばもう既に余裕綽々じゃね?』」
「『馬鹿者め、独立など却って面倒と厄介を両手に抱えてしまうわ』」
「『はいはいサーセンサーセン』」
かなりイラッとしたのでまた煙管に火を点けるトマ。
両手に荷物を持って咥え煙管は何だかトマの嫌いなドブガエル野郎みたいな
雰囲気を醸し出している気がしたが、こればかりは仕方ないとせめて笑みを
浮かべてみることにした。
「『いや、トマ氏。余計に怖いってそれは』」
「『ええい! ならば貴様が荷物を持て! 日当は弾んでやる!』」
「『そう言われちゃうと俺もお仕事やるしかないねぇ☆』」
何だかかなり頭にきたので帰るまでは
帝国のドブガエル然としてやろうと開き直ったトマであった。
24:に続く
次回は…天啓が降りてこないことも無いのでそれでいきませう。




