002
2026.1/14
改稿しました。
「この子ですか……?」
あまりのセレスティアの圧に、僕はたじろいだ。
見せろ、という強い圧を感じる。
僕はコロンをそっと手のひらに乗せて見せた。
手のひらに乗っても小さいコロンは、大きな丸いつぶらな瞳でセレスティアを見上げ、「きゅん?」と鳴いた。
ぐはっ……。見せているこっちがキュン死そうだよ……。
できるだけ平然を装いながら、僕は口を開いた。
「この子はコロンです。『綿毛ウサギ』みたいな種族名だと思うんですけど……聞いたことないですか?」
「綿毛ウサギ……聞いたことがないわ。でも……」
セレスティアは一歩踏み出し、コロンに近づいた。
「その毛並み……触ってもいいかしら?」
僕はその時のセレスティアの表情を見て、驚かざるを得なかった。
さっきまでのキリッとした凛々しい顔立ちとは裏腹に、頬は緩み、口角が上がっている。そして目はキラキラと輝いているように見える。
この人もきっともふもふが好きなんだ。やっぱりもふもふは最強だな。
「もちろんです。どうぞ」
コロンに「いいよね?」と聞くと、コロンは短く「キュッ」と鳴いた。
手を挙げてニコニコなのを見る限り、いいということなのだろう。
僕が差し出した手のひらの上で、セレスティアは先ほどまでの凛々しさとは似ても似つかない、恐る恐るという仕草で人差し指をコロンの綿毛に近づけた。
そして、触れた。
「……!」
セレスティアの瞳が、大きく見開かれた。
彼女の指先は、コロンの毛の中にまるで雲に触れたかのように沈み込んでいる。
「なんて……なんて柔らかいの。まるで、朝露を吸ったばかりのコットンみたいだわ」
彼女の口調は完全に騎士のものから、可愛いものを見つけた少女のそれに変わっていた。周囲にいた冒険者たちも、ギルドのエースであるセレスティアの意外な姿に、驚きと好奇の視線を向けている。
それにしても、セレスティアの表現……。
まさか……。
頭の中にふとそんな考えがよぎった。
いや、やめよう。冒険者をやってるんだ。深く詮索するのは野暮ってものだ。
そんなことを考えていると、コロンがセレスティアの指先に、甘えるように頭をこすりつけた。
「なんと可愛いのでしょう……。きっと神様が作り出した天使の使いなのね」
セレスティアはそう言い、コロンの頭を撫でた。
やっぱりだ。セレスティアはきっと……。
「きっとこの子は非常に珍しい種でしょう。見たこともない。その……あなたが、テイマーなの?」
僕が頭の中で結論づけようとしていると、セレスティアが話しかけてきた。
タイミングが良いというか、悪いというか……。
「はい。スキルが『もふもふテイマー』なんです。戦闘には全く役立ちませんが……まあ個人的には気に入っているスキルです」
僕はそう言い、セレスティアの手にいつの間にか乗っていたコロンを胸のポケットに入れた。
「キュッ?」
「また今度ね」
コロンはまだ遊んで欲しかったのか、悲しそうな顔で僕を見つめている。
そんな顔をされると、もう少し……と言ってあげたくなるが、そろそろ依頼を受けたい。というより、これ以上は僕がキュン死しそうだ。
コロンにおやつをあげ、頭を撫でた。
納得したのか、コロンはおやつをポリポリ、ポケットの中で食べ始めた。
「戦闘に役立たなくても、その能力、私には価値があるように思えるわ」
セレスティアは、コロンをニコニコした表情で見つめながら、そう言った。
そして、ギルドの壁に貼られた依頼の一枚を指差した。
「このところ、森の奥で『宝石リス』の群れが荒れているという報告を受けているの。やつらは非常に臆病で、普通の人間に懐くことはない。私たち冒険者は、彼らを駆逐するか、捕獲して物好きな変態に売り飛ばすしか手段がない」
宝石リス。名前だけで可愛い。
そんな子達を殺している……?頭おかしいんじゃないの、この世界の人。
ん?……いや、待て。今さらっと「物好きな変態」って言った? もしかして、この世界でのもふもふ愛好家の地位って、絶望的に低い……?
とんでもない悪口が口から溢れそうになり、僕は口をすかさず押さえた。
僕は必死に我慢し、ぎこちない笑顔でセレスティアを見た。
「宝石リス……名前がもうキラキラしていますね!」
僕にはこう言うのが精一杯だった。
多分これ以上喋ったら、大変なことになる。
セレスティアはそんな必死に我慢している僕を見て、わずかに微笑んだ。
「宝石リスは、興奮すると全身の毛が光り、危険だと判断すると逃走する。あなたのスキル、そしてその綿毛ウサギ……。もしかしたら、あなたなら、戦闘せずに、彼らを保護できるのではないかと思ったの」
「僕に頼んでくれるんですか?」
胸が熱くなるのを感じた。
無双はできない。けれど、この世界で、可愛いものを助けるという、僕にしかできない役割がある。
それだけでこの世界で生きていく価値があると言うものだ。
もふもふのためなら、僕は命だって捧げる。あの某アニメの隊長みたいに、
心臓を捧げよ!
ってね。
心の中で一人爆笑し、思わず頬を緩めた。
「ええ。ただし、報酬は低いわ。そして、私は護衛として同行する。あなたを危険な目に遭わせるわけにはいかないから」
セレスティアは、僕の非力さを理解した上で、僕の能力を認めてくれたのだろう。そうじゃ無かったらこんな提案はしてこない。
「分かりました。ぜひ、その依頼を受けさせてください!」
ポケットの中のコロンも、「きゅん!」と応えるように鳴く。
セレスティアは嬉しそうに、頷いた。
「そうと決まれば、ギルドに登録しましょう!こういうことは早い方がいいのだから」
セレスティアはそう言い、ギルドの受付へと足早に歩いていく。
僕にはどこか彼女が楽しそうに見えた。
◇ ◇ ◇
僕が受付に行くと、セレスティアはペンを僕に渡した。
「とりあえずここに必要事項を書いて」
言われた通りにペンで必要事項を書き進める。
名前、年齢、性別、スキル、職業……。一通り書き終えて、提出しようとした時だった。
「セレアが新人くん連れてくるとか珍しい……って言うか初めてじゃない?」
「エナは黙ってて。いちいちうるさい」
「ひどいなぁ、私はただ聞いただけなのにー。それにしても、こんな汗臭い傭兵ギルドに新人くんがくるとか珍しいよね。君、もしかして物好き?」
えっ?
僕はそう言おうとしたが、声にならず、間抜けな顔をしただけだった。
どうやら僕は来るギルドを間違っていたらしい。
僕が行こうとしたのは、冒険者ギルド。
来てしまったのは、傭兵ギルド。
思っていたより僕は間抜けだったらしい。知らなかった。
「冒険者」はもっと華やかなイメージだったけど、ここは……よく見れば壁に血糊みたいな跡があるし、みんな物騒な武器を剥き出しにしている。
とにかくここを出て、冒険者ギルドに行かなくては。イメージと全然違ったのは、そう言うことか。いや、気づけよ。
「あぁ、顔を見る感じ、隣の冒険者ギルドと間違った感じだね。まぁそうじゃなかったらこんなギルドに来ないよねぇ」
「そうなの?あなた、答えなさい」
セレスティアの恐ろしい目つきに少し腰が引ける。
どうする?正直に「僕が行きたかったのは冒険者ギルドなんです」って言って、この場から離れる?でもそんなことしたら、セレスティアに何をされるかわからない。
そう考えていると、頭の中に一つのもふもふがよぎっていった。
「宝石リス!!!」
「うーっ……耳がキーンってなったよ……。宝石リスがどうしたの?」
エナと呼ばれていた受付の女性は、耳を押さえながらそう言った。
そうだ。僕は宝石リスを仲間にするために、依頼を受けようとしていたんだ。どこのギルドだろうと関係ない。もふもふが最優先だ。
僕は決意を固めて、書き終えた書類を差し出した。
「あれ、いいの?くるところ間違ったんでしょ?」
「はい。でも宝石リスの依頼を受けたいので」
「そっか。それならありがたく頂戴いたします」
受付の女性は、僕の書いた書類を持ってギルドの奥へと消えていった。
おそらく、僕の情報を書き写して登録の手続きをするんだろう。もう後戻りはできない。キラキラの冒険者ではなく、傭兵を選んだんだ。その分、可愛いもふもふにたくさん会えるといいのだけど。
そんなことを呆然と考えていると、僕の服が後ろに引っ張られた。
「あなた、本当にこのギルドに入っていいの?冒険者ギルドとここは全く違う、似ても似つかない場所よ。もふもふもきっとあっちの方が会えるのではないかと思うけど」
セレスティアは本気で心配してくれているのだろう。
目が心配の目つきをしている。
僕は、「大丈夫です」と言い、セレスティアに言った。
「どこのギルドでも、もふもふがこの世界にいる限り、僕の目標は変わりません」
「そう、ならいいのだけど」
セレスティアはまだ心配しているのだろう、疑うような目つきで僕を見た。
「手続きが終わったよー……ってなんか空気が少し重い気がするんだけど」
「なんでもないわ。登録は終わったのね?」
「ああ、うん。麦くん、これは傭兵ギルドのギルド証。ランクがあって、EからAまであるんだけど、Aに近づくに連れてできる依頼の難易度が上がっていくの。麦くんはまずはEランクからね」
ギルド証を受け取り、ポケットの中に入れた。
「ようこそ、傭兵ギルドへ!」
僕は傭兵ギルドの仲間入りを果たし、異世界生活の新しい一歩を踏み出した。




