001
2026.1/14
改稿しました!
あれから、綿毛ウサギは僕に懐くようになった。
もしかしたら同じようにいく当てもなくて寂しいのかもしれない。ずっと後ろからちょこちょことついてきている。
「一緒に行く?」
「キュッ!」
綿毛ウサギは僕の足にしがみついてきた。
きゅるんきゅるんの上目遣いで見られて耐える人がいるだろうか?いるわけがない。
「仲間になりたそうにこちらを見ている」をまさか現実で味わう日が来るとは……。あっちでは考えられない話だ。改めて異世界に来たことを実感する。
僕は、綿毛ウサギに「コロン」と名付け、連れていくことにした。
手のひらに乗るほど小さなコロンは、僕のTシャツの胸ポケットを気に入ったらしく、すっぽりと収まって時折「きゅん」と鳴く。
その振動と温かさが、僕にとって、この未知の異世界での何よりの精神安定剤だ。
もしいてくれなかったら、こんなに前向きではいられなかっただろう。
「よし、コロン。まずは人里を探さないとね」
森の中を少し歩くと、人の踏み固めたらしき細い道に行き着いた。とはいえ、獣道のような荒れた道で、街に繋がっているかはわからない。
とはいえ、他にどこに行くかという当てがあるわけでもない。
とりあえず道なりに、太陽の位置から方角を推測しながら歩き続けることにした。
太陽と言っているこの空に浮かぶ星が太陽ではなくて、東に沈むとか言われたら詰むんだけどね。まあ、多分大丈夫でしょ。
そんな安易な考えで進むこと数時間後、遠くに石造りの建物が密集した街並みが見えてきた。
どうやら道が街につながっていたようだ。
高い城壁と、木材と石で造られた素朴だがしっかりとした家々。紛れもなくファンタジー小説に出てくるような中世風の街だ。
街の門をくぐると、騒がしさと活気が一気に僕を包み込んだ。鎧を着た衛兵、大きな荷馬車、そしてローブ姿で杖を持つ人々。本当に魔法と剣の世界に来たのだと実感する。
もふもふがきっとこの世界にたくさんいる。そう思うと、またわくわくして胸が高鳴った。
「うわ、すごい……。って、そうだ。まずお金がないと」
ポケットを確認し、日本の硬貨数枚と、ボロボロの学生証以外に何も入っていないことを再確認する。
この世界に来てからすでに半日近くが経ち、日が傾き始めている。
足は疲れ果て、すでに疲労が溜まっていた。
「お腹すいたなぁ……」
僕はどうしたものかと途方に暮れた。
そのとき、門のすぐ近くに、様々な薬草や木の実を並べている老婦人の屋台が目に入った。僕は意を決して声をかけた。
「あの、すみません……。もしよかったら、この森で採れた薬草を買い取っていただけませんか?」
老婦人は優しく笑い、僕の手元のカゴの中を覗き込む。このカゴはこの世界に来た時に、僕がなぜか持っていたものだ。もしかしたら、神様からの贈り物かもしれない。
「あら、良い葉だね。これは『癒やしの葉』だろう? よく見つけたね、ふむ、これなら銅貨五枚で買い取ろう」
僕は安堵した。
銅貨五枚。それがこの世界の通貨の価値がどれほどのものかはまだ分からなかったが、少なくとも餓死せずに済みそうだ。
老婦人とのやり取りから、自分が持っている【癒やしの肉球】スキルが、実は薬草と微妙にリンクしていることに気づいた。
道すがら適当に拾った葉っぱは当初、深い緑色で葉っぱに傷があった。
しかし、この短時間、街に来るまでの間で色は明るい黄緑色になり、傷はなく、少し光り輝いている、『癒しの葉』になっていたわけだ。
スキルが関係している、そうとしか考えられない。
老婦人こと町の薬屋から薬草やお金の価値などを教わっているうちに、すでに日は沈み、街は闇の中に灯りが灯され、活気を増していた。
とりあえずどこか宿を見つけなくちゃ野宿になる。そう思い、目の前に見えていた宿屋に入った。そこまではよかった。
まさか、その宿が街一の最悪評判の店だとはね。本当に僕は運がない。というか、見る目がない。
宿屋でもらった、歯が折れそうになる程ガッチガッチのパンを2つなんとか食べ切り、空腹を誤魔化した。こんな質素なご飯と宿で銅貨三枚。
老婦人の話を聞く限り、この世界の銅貨三枚は、日本円でいう300円ぐらいだ。
まあ、そう考えると批判もできないくらいのお値段な気はする。そもそも日本だと300円でできることといえば、コンビニで肉まんとお菓子を買うくらいしかないからな。野宿でないだけマシと思うしかないかもしれない。
手元に残った銅貨二枚を見て、僕は思わず口からため息が溢れた。
こういう時に現実逃避できるもふもふの写真はない。
僕は目の前のもふもふ、コロンに顔をうずくめて、固いベッドに寝転がった。
「キュッ?」
コロンは突然顔をうずくめてきた僕を不思議そうな目で見ながら、その小さな手に持ったご飯を食べ続けている。
コロンには、僕がスキル【ごちそう生成(魔獣用)】を使って生み出した、ほのかに甘い小さな粒を与えている。
このスキルもパンを齧った時に頭の中に流れてきたことで判明した。
スキルというのは使える時に頭の中に声が響くシステムらしい。
突然、頭の中に響くのはなかなかに気持ち悪い。慣れればそうでもないのかもしれないけど。
もふもふに包まれているおかげか、だんだんとこれからどうしなくてはいけないかということを考える余裕が生まれてきている。
なんとか、今日の分の生活費は稼げた。でも、このままじゃ、いずれ金がなくなるか、僕がこの生活に耐えられなくなって終わる……。
僕は再び大きなため息をついた。
薬屋の話だと、この世界には魔獣がいるらしい。コロンのような愛らしい魔獣もいるが、獰猛で危険な魔獣もいるはずだ。なんの力もない僕が、どうやってこの世界でコロンとこの先出会うかもしれないもふもふを守っていくのか。
お先が真っ暗すぎて、何故か笑いが込み上げてきた。
「ははっ……。このままここで生きていかなくちゃいけないのかぁ……」
自分が直面している現実に絶望しながら、固いベッドにうつ伏せで寝っ転がった。
◇ ◇ ◇
翌日、生活の拠点を探すために、街の中心部にある「冒険者ギルド」に足を運んだ。お金を得るなら、やはり冒険者に限る。ラノベ好きの僕にとっては、人生で見た言葉トップ3に堂々のランクインする言葉だ。
ギルドに入っていく人についていくようにして、中に入る。
ギルドに入った瞬間、僕は思わず驚きの声を上げた。
「アニメとか漫画ってだいぶ美化してたんだねぇ……」
ギルドの中は、酒の匂いと男たちの怒鳴り声、そして金属が擦れる音が響く、まさに混沌だった。
アニメや漫画、ラノベで描かれていた冒険者ギルドはもっと冒険者がキラキラとしていて、綺麗な場所だったんだけどな……。
現実に打ちひしがれながら、怒号をあげる男たちを避けるようにして、遠くに見えている依頼が張り出された掲示板へと向かう。
掲示板の張り紙を見上げていると、突然、後ろから乱暴な声が飛んできた。
「おい、そこのひょろいガキ! お前、何の用だ? ここは遊び場じゃねえぞ」
ギルドのベテラン冒険者らしき男たちが、僕の非力な見た目を見て嘲笑った。
おうおう。笑えよ。
万年体育3の僕をさ。
少し不貞腐れながら、僕は口を開いた。
「僕にあった仕事ってありますか?」
「仕事だぁ? お前なんかにできる仕事なんかあるかよ! てめえは薬草集めでもやってろ!」
男が僕の肩を掴み、外へ押し出そうとした、その時だった。
「あなたたち、ギルドの規約を忘れたわけではないでしょう?」
涼やかな、しかし氷のように冷たい声が響いた。
声のした方を振り向くと、そこには一人の女性が立っていた。
銀色の髪をポニーテールに結い、引き締まった体躯に革製の軽装甲を纏っている。腰には長剣を携えており、その美貌と実力が滲み出るようなオーラで、騒いでいた男たちを一瞬で黙らせた。
「ここは仕事を求めている人なら、誰でも利用できる場所よ。彼がどんな依頼を受けるかは、彼の自由。邪魔をするなら、それ相応の罰則が課せられることをお忘れなく」
男は怯んだように、顔をこわばらせながら、
「へっ。セレスティアには俺の優しさってものがわからねぇか。まぁいいぜ、死ぬのはこのガキだ」
そう捨て台詞を吐いて、ギルドから出て行った。
男がギルドから出ても尚、先ほどまでの盛り上がりや怒鳴り声はなく、こそこそと話している声が聞こえる。
どうやら、このセレスティアという女性はギルドの中でもかなり地位が高いみたいだ。
僕は深々と頭を下げた。
「ありがとうございます。 助かりました」
「別に、感謝されるようなことはしていないわ。規約を伝えただけ」
セレスティアは無表情だ。
彼女は僕を見下ろし、か弱い動物でも見るかのように眉をひそめた。
「あなた、剣も魔法も使えないでしょう。こんな場所に来るべきではない。早めに故郷へ帰るべきよ」
厳しい忠告に、僕は押し黙るしか無かった。
というか、本当に僕は弱いもの扱いされてるみたいだ。
うん、まあ弱いんだけど。
「僕には、帰る場所がありません。それに……僕は、ここでやらなければならないことがあるんです」
「やらなければならないこと?」
セレスティアが訝しげに尋ねた瞬間、僕の胸ポケットから、状況を理解しないコロンが「きゅん!」と顔を出した。
その真っ白な綿毛と丸い瞳に、セレスティアの表情がピタリと固まった。
彼女の冷たい瞳が、一瞬だけ、微かに揺れたように見えた。
「その……それは、何の魔獣?」
セレスティアは先ほどよりも強い目力で、僕にそう尋ねた。




