27 長老の話 ーギダー
「し・・・しかし! 」
呪師はなおもギダを、忌みものを見るような目で見ている。
「ギダは、あの魔物の岩に近づいた。それのみならず、魔人とも接触しているなら、すでに取り憑かれているのでは・・・」
が、長老は慌てることもなく、泰然として皆に話を始めた。それは村の誰も知らない昔の話だった。
「あの魔物の岩の中にはな、魔物と魔人が棲んでおるのじゃ。それらは古樹の魔や地獄の魔のように目に見えぬものではなく、我らと同じように目に見える肉をもつものじゃ。岩そのものから取り憑かれるようなことはないのじゃよ。」
「し・・・しかし、私は先代のシリン呪師から、近づけば取り憑かれるから誰も近づけさせるな——と・・・。」
「ああ、それは・・・」
と長老は少し笑った。
「危険じゃから、誰も近づかぬよう、そのように言っていたのじゃ。このやんちゃ坊主が禁忌を破りおったがな。」
長老は少し怖い顔をして見せて、ギダをじろりと睨んだ。
「じゃが、まあ相手が魔人でよかった。あの巨大な蟲のような魔物は恐ろしく強いが、魔人は体が大きいだけで、意外に華奢で弱いからな。だから、めったに岩の外には出てこんのじゃ。」
「ちょ・・・長老は、どうしてそんなことを知っておられるのです? 長老も魔人に会ったことがあるのですか?」
呪師がややプライドを傷つけられたような顔でそう訊くと、長老は破顔した。
「わしは会ったことはない。が、魔物の岩を襲った剽悍な連中から聞いたのじゃ。魔人の食べ物も、その時の戦利品として子供だったわしに彼らがくれたものじゃ。」
そうして長老は、50年以上前の、ここにいる誰もまだ生まれていない頃の話を始めたのだった。
* * *
わしがまだギダよりも小さかった頃のことじゃ。シリン呪師もまだ10代の見習いじゃったな。我ら一族が住んでいたのは、ここよりずっと南の方にある魔物の岩の近くじゃった。
そこにあの「流れ」の連中が現れた。やたら精悍で暴力的な目をした連中じゃった。「流れ」というのは一定の場所に住まず、旅を続けながら暮らしている集団でな。男ばかりじゃ。女はほとんどおらん。
女は立ち寄った村で調達し、時には孕ませてそのまま立ち去るという話じゃ。近頃はとんと見ぬがの。
そいつらは、わしら村人の前でこんなふうに言ったんじゃ。
「おまえら、こんなもんだけ食って満足してるのか? 元気のあるヤツぁ、ついてこいよ。もっと美味いもん食わせてやるぜぇ?」
その「流れ」の連中が言うには、あの魔物の岩の中には信じられぬほどの美味い食べ物があるというんじゃ。
岩の中は洞窟のように空洞でな。そこにあの恐ろしい魔物と魔人が棲んでおるという。
「魔人はガタイだけはオレらの倍くらいあるけどな、弱っちい。華奢で力も弱く、棒でぶっ叩いただけで倒れるんだぜ。魔物と魔人は、岩の中でも棲んでる場所が違う。魔人の場所だけを襲えば、簡単に美味い食い物が手に入るんだ。」
彼らはそんなふうに言って、村の若者を誘ったんじゃ。
いや、正直に言えば、わしも美味い食い物の話には興味をひかれたよ。ただ、子供だったわしは、もちろん連れて行ってもらえんかったがの。
「魔物の岩に入るには、魔物が出てくる時に開く穴から魔物の目を盗んで入り込む。そのまま見つからないように魔物の棲家を抜けて、魔人の棲家まで行く。魔人の棲家まで行けば、あとは簡単だ。
奪うだけ奪ったら、魔人の子供を1匹捕まえて逃げる。岩には魔人だけが出入りできる小さな出入り口があるから、そこをその子供に開けさせて外へ出る。それだけだ。
どうだ? 勇気のあるやつはいるか?」
彼らは、魔物の岩の中をよく知っているようだった。
もちろん、長老は止めたがな。何人かはそれを聞かずに「流れ」の連中についていった。
そうして夕方までには、彼らは信じられないほど美味い食べ物をどっさり袋に入れて、村に帰ってきたんじゃ。
村は湧き上がって、「流れ」たちと一緒に行った若者たちを英雄と言って持て囃した。わしがこの赤い実を食べたのも、その時じゃった。
じゃが「流れ」の連中は宴にも出ず、さっさと立ち去ってしまった。その本当の意味をわしらが知ったのは宴の最中じゃったよ。
あたりも暗くなってきた頃じゃったな、魔物の岩の方で魔物の叫び声が聞こえたんじゃ。
わしの兄が木に登って岩の方を眺めた。
「魔物が出てきた!」
兄の叫びに、わしも木に登って岩の方を見ると、岩に穴が開いておってな。しかもその穴は光っておった。
出てきた魔物も、幾つもある目を光らせて、そこらはまるで昼間のようじゃった。
その魔物がわしらの村の方に向かって歩き出した時には、わしは腰が抜けそうになったよ。
「逃げろ! 逃げろ! 魔物がこっちに来る!」
兄が叫びながら、木から下に下りた。
わしも慌てて下りたもんじゃ。
皆は最初、何が起きたのかよく分からないという顔をしておった。魔物が夜になってから出てくるところなんぞ誰も見たことがない。
じゃから、なんとなく魔物は夜は目が見えないのだと皆思っておったんじゃ。
が、まごうことなき魔物の叫び声を聞いて、すぐに兄が叫んでいることの意味を覚った。
魔物は、魔人たちからわしらが奪った食べ物を奪い返しにくるのだ。いや、大胆にも魔人を襲った我らに怒りの鉄槌をくらわすために出てきたのだ。
魔物は魔人を守っておったのかもしれん。あるいは魔人は魔物の奴隷かまたは主人なのかもしれん。
じゃが、そんなことを考えている暇はなかった。
何にせよ魔人を襲ったことで、わしら人間は魔物の怒りを買ったのじゃ。魔物からすれば、わしら人間は「流れ」だろうと村人だろうと区別はあるまい。
わしらは、なぜ「流れ」が宴にも出ず、さっさと立ち去ったか、その理由にこの時になって初めて気づいたんじゃ。
奴らはわしらを囮にして逃げるつもりだったんじゃ。初めからな——。
皆は奪った食い物はその場に置いて——それで許されるとは思えんが——、自分たちのなけなしの食べ物だけを袋に入れ、慌てて火を消して森の方へと逃げた。
わしも、兄たちと一緒に必死に走った。
じゃが、魔物の1歩は大きい。
わしらはすぐに魔物に追いつかれた。




