28 長老の話 ーギダー
魔物はな、近くで見るとそれはそれは恐ろしい姿をしておった。時々遠くで見るのとは、まるで違うぞ。
しかも、夜に出てくるそれはな、たくさんある目が光っておるのじゃ。獣の目が夜光るのとは違うぞ。月よりも明るく光り、あたりを昼間のように照らすのじゃ。
もっと恐ろしいのは、その光の輪の中に捕らえられた者は恐ろしい死に方をするんじゃ。
突然、雷鳴のような音がしてな。そうすると、魔物の目の光の中で、あるものは頭がはじけ、ある者は胸がはじけ、そしてある者は足や腕がちぎれる。
それは、地上に現れた地獄じゃ。
* * *
長老は少しの間言葉を途切らせ、かつての恐怖が甦ったように片頬をひくひくと痙攣させていたが、やがて、唇を舐めて再び話し始めた。
「あれは……、魔物の祟りだったに違いない。なぜなら、魔物は爪も牙も使っていない。6本ある足を振り下ろしたわけでもない。ただ、光る目で見ただけじゃ。
わしはな、ギダ。おまえが魔人からそれを奪ったのではないか、と心配したんじゃ。そうならば、まもなく魔物が祟りを為しにやってくるからじゃ。おまえは、確かにそれを魔人の子供からもらったんじゃな?」
長老はもう一度、ギダの顔を怖い目で見た。
「うん。おれは、奪ってなんかいない。マナハは、優しかった……」
ギダは長老の話のあまりの恐ろしさに、声が震えたが、必死にそれだけを言った。
「マナハ、と言うのか。その魔人の子供は?」
「はい……。マナハはおれの名前も覚えてくれた。『ギダ』と呼んでくれた。」
「そうか……。それなら良い。」
そう言って少し表情をゆるめてから、長老はまた話の続きを語ってくれた。
* * *
わしらは木や藪の陰を選んで必死に森の奥へ逃げた。じゃが、兄が魔物の目の光に捕まった。次の瞬間、兄の顔と腹がはじけて血が飛び散った。兄はそのまま、つんのめるように前に倒れて動かなくなった。
「兄ちゃん!」
じゃがわしは、兄を抱き起こすことはできなんだ。それは魔物の目の光の中に入ることじゃ。
わしは怖かった。自分の頭や腹があんなふうにはじけてしまうことが……。わしは、兄を見捨てて逃げた。
ははは……。長老などと呼ばれておるが、臆病者じゃったから生き延びただけじゃ。
わしらの村はほんの9人が生き延びただけじゃった。「流れ」の連中と一緒に魔人を襲いに行った若いのが1人逃げ延びていたが、残りの皆に棒打ちにされて死んだよ。
残った8人はあの岩から離れ、食べ物を求めて獣の棲む山の中や荒野を彷徨った末に、この場所にたどり着いた。
ここにはほんの15人くらいで細々と暮らしていた村人がいたが、わしらを温かく迎え入れてくれたよ。
この村はそんなふうにして大きくなったのじゃ。
幸いここらは嵐が多く、洪水も多い。じゃから、自然の恵みはそこそこあって、しかも岩から魔物が出てくることが少ない。
新たに村の呪師になったシリンは、岩に近づけば魔物に祟られると、そんなふうに伝えたのじゃ。もし「流れ」がきたら、そいつらは魔物を呼ぶから酒を飲ませて眠っているうちに殺してしまえ——ともな。
もっとも、それ以後「流れ」が現れることはなかったが……。
これがシリン呪師の宣託の本当の意味じゃよ。
* * *
長老はひと呼吸おいて、皆を眺めた。初めて語られた村の歴史に、誰もが声を失っている。虫の声は聞こえるが、魔物の咆哮は聞こえてこない。
それはギダたちを少し安心させた。
「これまで黙っておったのは、また血の気の多い若者が『魔物の岩を襲う』などと言い出したりせんようにじゃ。
シリン呪師は亡くなる前に、わしだけにその意図を伝えておったが、わしは約束通りずっとシリン呪師の宣託どおり暮らすよう、皆にも言い聞かせてきた。
じゃが状況も少し変わってきたようじゃ。」
そう言って、長老はややいたずらっぽい目でギダをじろりと見た。
「お……おれは、そんな……」
「分かっておる。おまえはそんな物騒をやらかすような子ではない。ただ少し好奇心が強いだけじゃ。」
だがその好奇心は、このあとも彼らをさらに事件に巻き込んでゆくことになる。




