第八話 電撃戦
太陽はすでに頭上高く上がり、分厚い灰色の曇り空を抜けた日光が地上をわずかに照らしている。
隊の野営地に何気なく待機しているシュヴァルツ大尉とバウムガルトナー少尉のもとへアーデルハイト少佐が歩み寄ってきた。
「2人共、よく聞け。
先程作戦参謀総長が大尉の作戦内容を受諾してくださった。
よって作戦は君の案に変更され、今後それに沿って隊を動かすことになった」
大尉は意外とあっさり作戦参謀本部が受け入れてくれたことに驚いた。
「それは良かった」
「だが、問題はそれが成功するかどうかだ」
少佐は未だに少し不服そうな表情で大尉を見つめている。
「フッ、まぁ見てなって。俺に任せろ」
少佐の視線も自信満々な言動で突っぱねた。
「さぁ、武装しておけ。
今、急降下爆撃隊がこちらへ向かっている。
到着すればそれは開戦の火蓋が切られたことになる」
大尉と少尉は少佐の言うとおり、野営地のテントの入口付近に置かれたテーブルの上からシュヴァルツは短機関銃のMP40を、バウムガルトナーはそのテーブルに立てかけられたKar98kを手に持った。
(おおッ…これがMP40か…実物だ…ッ!本物の短機関銃だッ!!)
冷静な表情をしていたが、内心、感激していた。
ゲームの中でしか撃ったことのない短機関銃が、今手の内にある。
がっしりとしていて重厚でひんやり冷たい。
少し揺らすと内部の機関がぶつかり合ってカチャカチャと音が鳴る。
まじまじと色々と観察していると、近くのテントの中から1人の男の兵士が飛び出してきて屯している歩兵たちに告げる。
「空軍爆撃隊から第1装甲師団へ!!まもなく指定された座標に到着ッ!航空支援を行うとの電報が第2通信大隊にッ!!」
その声が辺りに渡ると歩兵たちの表情は目に見えて変化した。
緩んでいた表情筋は引き締まったかのようにシュッとしている。
みんな個性が消えたように同じような、もうすぐ始まる戦闘を前にして同じ恐怖と戦意が混じった表情を浮かべているのだ。
「大尉、私達は爆撃隊が去ったあとやってくる戦車と共に軍用車両、キューベルワーゲンに乗り込み森へ一直線です。
遅れを取らないようにお願いします」
「あぁ、わかっている」
宅朗に取ってはこれが初陣だ、無意識に心臓の鼓動が高鳴る。
(いよいよ戦闘か…今からこの目で戦場を見るんだ。
俺はドキドキしている…一体どんなに光景なんだろうか)
そんなことを思いながら銃をギュッと握りしめる。
そして3人はこれより攻め入る敵の潜む森の方を見下ろしている。
「おい、さっき聞かされた作戦どう思う?」
「何やらシュヴァルツ大尉の案らしいじゃないか。 あんな奴の案を採用しなきゃならないなんてよほど黒逸軍は緊迫しているように思える」
「はははッ、違いねぇ」
大尉の背後でそんな会話が聞こえてきた。
ひっそりと話すわけでもなく、他人に聞こえてるぐらいの大きな声で。
「クソッ…」
顔の向きを変えないまま、悔しそうに前方を睨みつける。
ふと宅朗は会社で働いていたことを思い出してしまった。
(古森さん、またノルマ未達成で自爆営業したんですって)
(まぁ可哀想に。
でもノルマこなせなかったのが悪いわよねぇ。
今日の朝礼でまたみんなの前で部長になじられるのかしら)
(あははははッ!!)
かつての職場の女子社員のひそひそ話が幻聴の如く頭蓋の内側に響く。
歯を噛み締め、拳を固くギュッと握りしめていると、その閉ざされた拳を包むように暖かく、柔らかいものが触れた。
「…?」
「…大尉…顔が怖いですよ」
優しい笑みを浮かべながら包んだ大尉の拳を解すのは、バウムガルトナー少尉だった。
「大丈夫です、貴方は…きっと変わられた。
信じています、大尉が優秀な軍人になれることを。
現に…私に手を上げていないのが何よりの証拠じゃないですか。
…嬉しいかったんです…まるで別人のように変わられた大尉を見てから」
彼女の笑みを見ると自然とネガティブな感情は浄化された。
固まった表情筋をほぐし、心配をかけないよう笑った。
「…ありがとう、少尉。
少し…ヤな事を思い出してな」
「いつでも吐き出してくださいね。
えへへ…私…前までの大尉にならこんなこと言わなかったんですけど…でも、今の貴方にならなんでも言えそうな気がします」
天使のように眩しい笑顔がシュヴァルツの気を緩ませた。
この笑顔だけは守りたい。
そう彼女に決意させるのには十分すぎるほどの価値を持った微笑みだった。
一方、針葉樹林の森の中。
北ナ連の紅旗軍の歩兵たちは森を横断するように塹壕を何重にも掘り、重機関銃陣地を設けて襲来する敵を待ち構えていた。
板材や土嚢、丸太で補強された塹壕の中に座り込みタバコを咥えながら手帳に万年筆で日記をつけている歩兵がいた。
「よお、うまそうなモン吸ってるな。
上官からもらったのか?」
「あぁ、今日は吉日だ」
風で木々がなびくと、巨大生物の寝息のような不気味な風の音が森全体に響いた。
「今日は曇りか、いつまで俺たちはこんな湿っぽい所にいればいいんだ?」
手記をパタンと閉じて胸ポケットにしまう兵士は愚痴っぽく隣に座った友人に言う。
「さぁ?死ぬまでだろ」
するとその時、風の音に混じって何やら異音が中耳に伝わった。
「ん?なんの音だ?」
塹壕の中で時間を潰していた兵士たちもその異音に気づき、次々と立ち上がり上を見上げる。
「空からだ…この音…プロペラの回転音か?」
その異音を聞いたのは森にいた北ナ連軍だけではない。
グロスフスMG42機関銃が車載機銃として取り付けてあるキューベルワーゲンの席に短機関銃や小銃を入れ乗り込もうとしていたシュヴァルツやバウムガルトナーもその音を聞いた。
「この音は…ッ!!」
シュヴァルツにはその異音の正体がすぐにわかった。
大尉が振り向いた瞬間、空の端から飛行してくる機体がエンジン音を響かせながら飛来してくる。
「ガッチリとした機体のフォルム、逆ガル式の翼…大きな固定脚…あれは急降下爆撃機ッ!Ju 87 じゃないかッ!?」
その瞬間、シュトゥーカの編隊が頭上を通り抜けた。
機体の側面に黒逸の国籍マークであるルーン文字のSが印刷された爆撃機が起こす風は地上まで届いた。
全機で50機はいる。
「…戦闘機の直掩なしであの鈍足なシュトゥーカがここまでこれるとは…我が軍の制空権は完璧に掌握できているな…。
いい潮時だ。
紅旗軍はもう戦争に勝った気らしいぞ、ならばどうするシュヴァルツ大尉」
空の編隊を見つめていたアーデルハイト少佐が振り返って言う。
「…無論、教育してやる。
本当の黒逸軍人の軍靴が立てる、戦塵というものでな」
大尉の答えはYES。
彼女、いや宅朗は戦争に身を投じることを覚悟したのだ。
「本隊より先行している伏兵に伝えろ!!発煙手榴弾を森に投擲し航空隊に攻撃位置を知らせるんだッ!!」
大尉が付近にいる中隊の兵士に叫ぶ。
「はッ!!」
「いい返事だ」
大尉は口角を上げて部下にそう言った。
かくて戦いの火蓋は切って落とされたのだ。
霧雨作戦、始動。
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【補足】
この物語は史実である第二次世界大戦時の独ソ戦(1941〜1945)辺りの時代背景を下敷きの異世界でドイツ国とソ連がモチーフの国との戦争を生き抜く物語です。
登場する兵器や軍服などは名前が出ているものは実際に大戦で使われた物であり、調べていただきながらお読みいただくとより一層楽しめるかと思います୧( ˵ ° ~ ° ˵ )୨




