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第八十二話 終戦

冷たく静かに震えるアバカロヴァの身体を抱き寄せて顔を(うず)める。積もった白雪に広がる血雫の跡を見て既視感に襲われた。


「やめて…死なないで…もう誰も失いたくなかったのに…」


「…泣かないでよ、覚悟…できてたんじゃなかったの…?私たちは使命を全うした…あれが正しかったのか、間違っているかは…わからない…多分…後世の人が決めてくれる…」


頬を落ちる涙を拭おうとしてくれたのか、震える手を伸ばして来たがそっとその手を握って静止した。病人のように青白い肌、弱々しく脈打つ血管。彼女の首元に死神の鎌が今まさに振り下ろされようとしているのだ。


「もう仕方がない…お別れしよう。もう満足したでしょ…来世でまた会っても、こんな時代の残骸を、顔のどこかにも残っていないように気を付けたいものだね」


するりと抜け落ちる腕。柔らかなシルクのような色の雪の上にドサッと落ちると雪化粧を施した彼女のまぶたはゆっくりと閉じた。


狩りは終わったのだ。


圧し潰そうとしてくる喪失感と絶望感。無力が身体を蝕み、脳に達する頃にはそれはとてつもない鬱屈とした気持ちと希死念慮にすり替わった。


「…なんで…私が生き残ったんだろう。私には何もない、何も…」


全身から力が抜ける。冷たい雪の上に手をついて身体を支えたが、もはや冷たいなどという常識的な感覚さえ喪失していた。


「悲劇は終わった、私も幕引きにしよう」


懐から拳銃を取り出す。よく使っていた愛銃だ、軍からの支給品が自分の悲惨な人生の大半を走馬灯のように思い出させてくれた。


アバカロヴァの亡骸を見つめ涙を絞るように目を瞑った。


「待っててね、これから地獄に落ちるから」


そう言って引き金に手をかける。覚悟は決まっていた。…はずだった。


「ちょっと!」


いきなりの大声で思わず手を離す。よく聞き慣れた声だった。正体はアナスタシアだった。


「何してんの!?それにこれは…」


「…色々あったんだ、驚かないでほしい。…なんでアナスタシアがここに…」


「銃声が聞こえたから駆け寄ってみたらこの有様だよ、まさか死のうとしてたわけじゃないよね?」


息を切らしながら詰め寄ってくる。そんな彼女を受け入れもせず、()ね退けることもせず、淡々と会話を交えた。


「…悪いことかな、色々したら色々なことを考えなくちゃいけなくて…色々しちゃったから色々な罰を受け続ける気がして…!私っ…もう生きたくないッ…!」


「二十歳にもなってない女の子がなんてこというの!」


アナスタシアは震える身体をギュッと抱きしめて強く背中を揺すった。


「私を残す気?自分の死が誰かを一人にするってことを考えたことないの?自己中!」


「じっ…自己中じゃ…ないもん…」


「…選択自体は否定しないよ、でも今選ぶ時じゃない。私を一人にするなんて許さないから。私が死んだら死んでいいよ」


「…自己中」


「えへへ」


応えるようにアナスタシアの背中にも恐る恐る手を回す。その手には拳銃は握られていなかった。


惨劇を乗り越えた孤独の少女はもう一つの孤独と邂逅(かいこう)したのだった。


そしてそれはまたもうひとりの少女も巨悪と邂逅しようとしていた。


広々とした山荘、青い木々が萌える山々の上に立ち込める朝霧の隙間からは街が一望できる。


その山の中腹にぽつんとあるログハウスの中庭でヘルダーリン総統は安楽椅子に座っていた。


テーブルにはチェス盤が置かれてあり、駒を動かす音が響いている。


「チェックメイト」


彼女の声が静かに響く。


「…やっと父さんに勝てた」


一人で両陣営の駒を動かしていた少女は嬉しそうに微笑む。同時に靴音が彼女に近づいていた。


「…来客か、呼んだ覚えはないぞ。シュヴァルツ」


室内の日陰から悠々と歩いて姿を現して間髪入れず拳銃を向ける。


「ハハハ、気が早いな。まぁ落ち着きたまえ、時間は無限だ。ここには護衛も予備隊もいない」


「随分と余裕そうだな、殺しに来たんだけど」


「…今更怖いものか、それによく考えたのか?私が死ねばこの戦争は負けるぞ」


「負けないさ」


お互いじっと見つめ合う、両者はわずかに笑っていた。


「なるほど、シュヴァルツがそういうのならそうなのだろう、結局私もお前を支配し損ねた、される側に回ってしまうのも定めと言うか」


「遺言はないか?歴史書に載っけてやるよ」


総統は指を組んで背もたれに寄りかかる。


「私の望みは叶えられなかった。父が掲げた国家郷(シュタートピア)の実現は志半ばで終わった。父の夢は娘の私の夢だ。そうやってこの世は作り上げられた。血統主義…とまでは言わないが素晴らしい夢を継ぐことは正当な権利だと思わないかね?」


「俺はお前が嫌いだ。でも少しだけ分かる気がするぜ、俺も夢を追ってここまで来たしなぁ。まぁでもお前は滅ぶんだ。俺の夢とお前の夢ぶつけて俺のほうが上だった、それだけだ」


「…まだ諦めたわけじゃないさ」


総統は突如椅子から弾き出されたかのようにも移動した。すかさず銃弾を撃ち込むが総統はチェス盤が乗っていたテーブルを倒して裏側に張り付けられていたリボルバー拳銃を抜いて迎撃した。たまらず柱の影に隠れる。


「ライヒスリボルバー…!そんな古い銃がなぜ」


「趣味だ。確かに時代遅れかもしれないな、だがこれこそが至高だよ。シュヴァルツ、お前も私はまだ若い。まだまだこれからいくらでも道はある。しかし私は夢の奴隷だからな、これで終わりにするしかないんだよ。この国とともに心中するしかないのさ」


「へぇ〜!祖国の興廃を賭けた」


「大一番ってことさ」


「いいねぇ〜」


二人は再び対峙して構えていた。激しい銃撃戦が始まった。


山間の谷間に銃声が響き渡る。

ヘルダーリン総統はリボルバーを片手にシュヴァルツに向かって撃ち続けていた。


一方シュヴァルツは弾を温存するために最小限の攻撃で隙を狙って発砲している。

しかし総統は的確に弾丸を狙って当ててくるためなかなか近づけなかった。


「くそっ、たしか弾倉に入るのは六発だろ?改造されてんのか!」


「どうだろうなぁ、食らってみるか?」


「ヴァ〜カ!」


シュヴァルツは一気に距離を詰めていく。


総統は冷静に一発ずつ確実に狙いを定めて撃っていくが、それでもシュヴァルツには当たらない。


ようやく射程圏内まで近づいた。総統がニヤリと笑う。


「馬鹿め!私に近づくとはな、お前らしくもない」


総統は引き金を引く。


首根っこに弾丸を食らう、しかしそれでも気張って総統に近づいて発砲した。その攻撃は総統の柔らかい腹部に着弾した。


背後に広がる血しぶき。舞い散る血の霧を浴びながら、どこか嬉しそうにしながら倒れ込んでいくヘルダーリン総統を見下ろしていた。


「あぁ〜、やっと勝てたわ、長かった……」


シュヴァルツはその場に座り込んだ。


「…普通立ち止まるだろう、お前」


総統は仰向けになり空を見上げている。


「……やはり、私が死ぬということは国が滅びるということだ。それはつまり、私の命よりも重いということだ」


総統は仰向けになり空を見上げている。


「私が死んでもこの国は続くだろう、そしていずれ新しい指導者が現れる。そのときにこの国を再び導いてくれる。私は思想の亡霊となって世界を統べるのだ」


「言ってろ、怪物」


銃口を構えるも総統は笑っていた。


「なぁ、最後に聞かせてくれ、どうしてそこまでして戦争を続けた?愛国心なんて下らない感情じゃないだろ?なんのために戦っているんだ?答えろよ」


総統は満足そうに目を閉じた。


「……私の望みは叶えられなかった、父は果たせなかった夢を継いだだけだと言ったな?ならば娘である私が引き継ぐしかないじゃないか。そのためならなんだってする、たとえ悪魔と契約だってね。ただそれだけだ」


「……本当にくだらなかったな。俺の夢とおんなじくだらなさだ」


「そんなのでいいんだ、なんせ夢なんだから」


総統は静かに息を引き取った。長い長い悪夢を見続けた一人の少女が眠るように安らかに旅立った。


ヘルダーリン総統の死は瞬く間に世界に広がった。それと同時にココーシナ総書記の死も。


世界はまた新たな時代の到来を迎える。


塹壕戦を繰り広げていたバウムガルトナーとリーブフントはふと上空に一気の爆撃機が飛んでいることに気がついた。


編隊を組むでもなく、爆弾を落とすでもなく、ただ悠々と上空を飛ぶ機体に敵味方関係なく目を奪われる。


「あれは……、まさか」


二人とも顔色を変えた。


機体の爆弾倉の扉が開くするとそこからは黒鉄の爆弾ではなく、薄くて軽そうな無数のペラ紙のようなものがひらひらと降り注ぐ。

それらは戦闘地帯いっぱいに広がった。兵士たちはそれに書かれている文字を読み上げる。


一瞬にして戦場が静まり返った。


「一体どういうことだ?」


「これを読んでみろ」


兵士たちは紙に書かれていた文字を読むと続々と武器を降ろし始めた。


「おい、どうした。まだ戦いは終わっていないぞ」


アーデルハイト少佐が尋ねる。


「いえ、もう終わりです。我々の戦いは」


「何を言っている」


「見てください、これを」


バウムガルトナーは紙を少佐に手渡す。


「…そういうことか」


「はい、停戦命令です。両国が協定を結んだそうです」


「馬鹿な、こんなことが……」


「これが現実ですよ」


二人の視線の先にはあの薄っぺらいビラが空を埋め尽くすほど大量にばらまかれていた。


「……信じられん、だが本当らしいな」


アーデルハイトはゆっくりと塹壕から出た。


「やりやがったな…!シュヴァルツ!やはりお前は最高だよ」


両陣の兵士たちは続々と兵士たちは続々と武器を捨てて塹壕から出てきた。


「終わった…のか…?」


「終わったんだ!」


「戦争が終わったぞっ!!」


兵士の歓喜の声が響き渡る。そこには敵味方なんか関係なかった。二人の少女によって負の歴史に幕が降ろされ始めたのだった。

評価、ブクマ、感想などいただけると大変励みになります…!ぜひ…!╰(⸝⸝⸝´꒳`⸝⸝⸝)╯




【補足】


この物語は史実である第二次世界大戦時の独ソ戦(1941〜1945)辺りの時代背景を下敷きの異世界でドイツ国とソ連がモチーフの国との戦争を生き抜く物語です。


登場する兵器や軍服などは名前が出ているものは実際に大戦で使われた物であり、調べていただきながらお読みいただくとより一層楽しめるかと思います୧( ˵ ° ~ ° ˵ )୨

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