第七話 狂人の真似とて
自分たちの所属する隊の野営場にいるシュヴァルツ大尉ドライブバウムガルトナー少尉の2人は廃屋の屋根の上にうつ伏せの状態で待機していた。
時々大尉が双眼鏡を覗き込んで森を注視していると針葉樹の群れの隙間から塹壕にて雑談に興じているらしき敵兵が見えた。
北ナ連の紅旗軍の兵士だ。
ルバシカM43の野戦服とヘルメット、またはピロトカ帽を被って、重そうな歩兵装備とトカレフM1940半自動小銃やモシン・ナガンM1891などの小銃、PPSh−41といった短機関銃などの第二次世界大戦時のソ連の有名な兵器を持った兵士がウロウロしている。
「なるほど、北ナ連はソ連軍の兵器と軍服か。
つまり状況は独ソ戦に近いというわけだ」
「…なんの話です?どくそせん?」
「あぁ…!いやなんでもない…!こっちの話だ…」
大尉はさらに目を凝らして森を索敵する。
(わざわざ森の中にいるということは戦車かなにか隠しているんじゃないのか…?ソ連の戦車といえば何だったかな…T-34とか?)
心の中はすっかりミリオタとしての宅朗が独り言を続けていた。
そんな事を続けていると下の方から声がかかった。
「大尉ッ!!我が中隊の兵士が敵の偵察兵を2名捕らえましたッ!!」
「おおッ!クソでかした!」
大尉と少尉はソロリソロリと屋根を滑り、地面へと着地した。
「んで、捕虜はどこだ?」
「はい、こちらです」
案内されるままに歩いていくと古びて廃れた小さな小屋の厩舎へと案内された。
かろうじて残る外壁や穴ぼこ屋根の下には、後ろ手に縛られて目隠しをされ、座らされている男の北ナ連の兵士がいた。
武装解除され、汚れた野戦服だけをまとった2人のうち一人はすました表情でじっと座り、もう一人は今にも泣き出しそうなほど震えている。
その周辺には監視の黒逸兵3人が短機関銃のMP40を持って見下ろしていた。
「なるほど、よくやった」
「大尉、こいつら何も喋らん」
1人の兵士が捕虜の土手っ腹に蹴りを入れる。
兵士は弾かれたように後ろには勢いよく倒れ土と砂の上で横になる。
「…命なんか惜しくないぞ…俺たちの死で仲間が守られるのであれば本望だ」
1人の黒逸兵が倒れた捕虜の服を引っ張って起こすと再び元の位置に座らせる。
反抗的な口調で啖呵を切る敵兵を見ながら大尉は命令した。
「なるほど、よく訓練された兵士だ。
仕方がない、この2人を捕虜収容所へと連行しろ」
シュヴァルツは案内してくれた兵士へと言ったが返ってきたのは大尉が望んでいたような返事ではなかった。
返ってきたのはバウムガルトナー少尉とその他4人の冷たい視線だった。
「…大尉?どうしたんですか?
いきなりそんな事言い出して…」
「えっ…どうしてって…普通捕虜は後方の収容所へと送るんじゃないのか」
するとバウムガルトナー少尉は大尉へと歩み寄る。
そして張り付いたような恐ろしい真顔で見上げながら言う。
「私たちは6年、6年間戦争しているんですよ?
『捕虜を捕らえたら収容所へ』そんな時間ないですよ?捕虜へ与える食事がまだ残ってるとお思いですか?そんな余裕が、私たちにあるとでも?」
4人の兵士もじっと真顔で大尉へ圧をかける。
「まさか、染まったんですか?敗北主義に、敵性思想の共産主義に。
それで情が湧いたんですか?
毎日同じことしていたじゃないですか。
捕虜は銃殺する、私達が戦争を完遂するためにはそれが必要だって語ったのは貴方じゃないですか」
少尉が控えめに左手を挙げると黒逸兵の持つMP40の銃口が大尉へと向いた。
重厚な3つの銃口に睨まれたシュヴァルツは慌てて手の平を向ける。
「おっ…落ち着け…ッ!俺はスパイなんかじゃないぞッ!
………わかったわかったッ!やるさッ!今やるッ!」
腰のベルトにぶら下がるホルスターからワルサーP38を抜くとスライドをガチャリと引きながら捕虜の背後へと回る。
スライドの音と大尉の足音が背後に回るのを感知したのが、捕虜のうちの1人は嗚咽を漏らしながら泣き出してしまった。
(殺す…?俺が…ッ!?数時間前までただのニートだった俺が…こ、この引き金を引いて…殺せと…ッ!?できるわけがない…ッ!!
でも…やらねぼ…やらねば……)
チラリと目線を正面へ向けると短機関銃を携えた兵士と少尉が見ている。
「早くしてください。
ほら、いつもみたく撃ち殺しましょう」
「いや…少し待て、心の準備が…」
すると少尉は顔を少し怪訝な表情にした。
「やっぱり少し変ですよ大尉。
貴方が目を覚ましたときから感じていたんですけど、人格ごと変わってしまったような…
貴方は…本当にシュヴァルツ大尉なのですか?」
「ッ!?」
「『人を殺して初めて軍人になれる』、『殺した数の屍を踏んで登って高みの栄誉を掴み取れ』、そうおっしゃったのは貴方じゃないですか。
ならば今もそう言うべきだッ!
大尉ッ!貴方は確かに変わられたッ!しかし、貴方は軍人だ、敵兵が眼前にいれば捕虜だろうと撃つべきだッ!!
人間の尊厳を捨てて戦場に来たッ!!違いますかッ!!」
責め立てるような、まくしたてるような少尉の声に呼応して大尉は歯を噛み締めて素早く1発ずつ敵の後頭部へと撃ち込んだ。
銃声に驚いた鳥が翼を広げて森から飛び立つ。
地面に空薬莢がコロリと転がると、撃たれた捕虜は水風船から漏れ出た水のようにピュ〜っと血を頭蓋から吹き出しながら前のめりに倒れた。
滲み出た冷や汗が頬を伝って流れ落ちる。
細めていた目を開くと、瞳に飛び込んできたのは自分が殺した捕虜の死体だった。
「うわっぁッ!!」
拳銃を放り出し、思わずその場に尻餅をつく。
「お見事です!大尉!」
ニッコリと笑った少尉たちは大尉に小さな拍手を贈った。
「こっ…殺した…ッ!俺が…ッ!!」
「な〜に初めて人を殺したみたいな反応しているんですか、ほら早く立ってください」
少尉は彼女へと近づき手を伸ばす。
大尉は恐る恐る震える手でようやく立ち上がる。
視界の端にチラリと一瞬、目をやると赤い血の池がさっきよりも広がっていた。
「やっぱり病み上がりで感覚を忘れていただけですよね?殺しのない戦争なんて賭けのないポーカーみたいなものですし」
「そ、それってつまり…」
「?賭けのないポーカーに大尉はやりがいを感じるんですか?」
その発言の意味を少し考えてみようと頭をよぎったが、それ以上もう考えるのをやめた。
「いいやなんでもない。…もう行こう」
「はいっ!」
とてつもない罪悪感がシュヴァルツの身体と宅朗の心を圧迫した。
(…違う…俺は戦争が好きなんじゃない…兵器や軍服が好きなんだ…。
好きな兵器が壊れるから戦争は嫌いだ、そう宣っていたはずなのに…。
どうしてこんなに簡単なことに気づけなかったんだ。
どんなに綺麗事を語っても、根底にあるのはただの殺し合いの派生。
地上戦、空中戦、海戦…全て違う人の殺し方でしかない…漫画やゲームなんかの作り物の戦争じゃない、本物の、殺戮の世界に俺は立っている)
自分の手のひらをじっと見つめる。
まだ発砲したときの衝撃の感覚が残っている。
シュヴァルツは地面から拳銃を拾い上げると少尉へ向け言った。
「痛感した、俺が語ってたのはゲームや漫画、歴史の教科書を齧って覚えた理想、夢、浪漫混じりの御伽の話だった。
本物の戦争はこういうものだったのかとわからされたよ。
俺はもう、ミリオタじゃない、軍人だ。
ここまで来たら突き抜けてやる、本物の軍人になってやる。
もう綺麗事なんて語る資格は俺にはねぇ、容赦なく敵を殺して生きてやる、生き抜いてやる」
彼女のその言葉を聞いた少尉は一瞬、立ち止まってから笑顔を作った。
「…よくわかりませんけど、頑張ってください」
少尉は背をくるりと向けて立ち去った。
大尉だけが残ると、倒れている捕虜2人を憂うように見ながらしゃがみ込んで周囲に誰もいないことを確認するとそっと両手を合わせて合掌をした。
(わざわざ偵察兵を遣わすあたり敵は俺たちの軍の動向を掴めていないってことだ。
作戦を実行するなら、もうそろそろが潮時だな)
死体の後ろ手に縛られていた縄を解き、自由にさせてから立ち上がると彼らを残したまま立ち去った。
この日から宅朗は変わった。
地獄の戦場を駆け抜け、容赦なく敵を屠る軍人側へと足を踏み入れてしまったのだ。
シュヴァルツ、及び宅朗はこのままどこへと向かうのだろう。
狂人の真似とて、大路を往けばすなわち狂人なのだ。
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【補足】
この物語は史実である第二次世界大戦時の独ソ戦(1941〜1945)辺りの時代背景を下敷きの異世界でドイツ国とソ連がモチーフの国との戦争を生き抜く物語です。
登場する兵器や軍服などは名前が出ているものは実際に大戦で使われた物であり、調べていただきながらお読みいただくとより一層楽しめるかと思います୧( ˵ ° ~ ° ˵ )୨




