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第七十四話 英断

北ナ連の散兵に襲撃を受けた装甲列車は雪原の上を疾走していた。シュヴァルツの奮闘により敵数は半減するがそれでも敵は恐れを知らず攻撃を続けてくる。


線路が急カーブに突入した際、ついに川にかかる鉄橋が見えてきた。


「よし!鉄橋だ、列車の横側を軍用車が走るスペースはない、あそこで振り切るんだ、それまで耐えよう!」


バウムガルトナーは敵の銃撃戦をやり過ごしながら部下を激励した。


敵も軍用車の車載機関銃や短機関銃で装甲に銃弾を撃ち込みそれに対して列車内の黒逸軍が反撃するという一進一退の攻撃が続けられていた。


だが次第に軍配は黒逸に上がり始めた。榴弾砲車の砲弾が一発軍用車に命中すると速度を落として隣の車両にぶつかって爆発した。


兵士たちの奮闘により敵はホトンド壊滅状態になった。これ以上の戦闘は不可能だと判断したのか、残った数台は列車を離れて森の中へと姿をくらました。


医務室で軍医に包帯を巻いてもらっていたシュヴァルツは列車の走行音しか聞こえなくなったことに気がついて戦闘が終わったのだと一息ついた。


「はい、治療は終わったよ大尉。定期的に軟膏と包帯は変えるように」


「ありが…ありがとうございます軍医」


白衣姿のやせ細った中年の軍医はシュヴァルツのその態度に感服した。


「ほう、あの大尉が敬語とな」


「直属の上官には使わないけどな、あいつが使わなくていいって言ってたから。…そんなに驚くことか?」


「驚くとも、私も君の横暴には随分苦しめられたものだ」


どうやらこの軍医は()のシュヴァルツと関係があったみたいだ。


「君が頭部に砲弾の破片を受けてその治療を施したのも私だ。君はもう何も覚えてはないようだがね。ほれ、白い厚手の手袋だ、これで見栄えは良くなる」


差し出してくれた白手袋を両手にはめると巻かれた包帯が隠れる。シュヴァルツは軍医の優しさに心を打たれた。


「…悪い、なんにも知らないんだ。とりあえず俺が悪いやつだって言うのは周りの評判を聞いて知っている」


「そうさ、悪いやつさ。軍人の風上にも置けない愚将、敗将だった。だがあの日私が君を治療してからは君は、まるで人格が入れ替わったように…口調も、性格も、態度は…あまり変わっていないが。とにかく一変した。そして君は私に会わないうちに、この戦場さえも自在に跋扈(ばっこ)する怪物へと成り果てた。どちらがいいのかは私はわからない、私は前の君のほうが愛しく思っているがね」


「そうか、でも俺は多分元には戻らんと思うから軍医の記憶の中の俺で満足してくれ」


「…そうそう、誰に対してもタメ口、それでこそシュヴァルツだ、しばらく見ないうちに変わっていても、やはり面影は消えないな。どんな君であろうとシュヴァルツが世界一勇猛な少女兵であることには変わらないさ」


「…最後に名前も聞いておこう」


「ヴォルガーだ。君の元気そうな姿を見られてよかった、軍医冥利に尽きる」


列車は鉄橋を渡る。鉄の空洞に走行音が響いて橋は揺れた。


「ヴォルガー軍医か、またな」


軍医は軽く手を降って小さな怪物を見送った。


大尉はつばをつまんで軍帽を被り直した。


「(俺はもう、古森宅郎じゃない。暗い部屋にこもってfpsとサバゲーと軍略ゲーをやっていただけのミリオタじゃない。この身体を意識すると戦意が湧いてくる。転生して初めて実感できる、これが夢を持って生きているということなんだ)」


装甲列車は無事に駅に到着した。簡素で小さな駅だったがそこで待っていた兵士たちが荷物を降ろしたりいてネズミのように忙しく働いていた。


「ここがヴェールカナン地方か、…と言ってもやはり景色は同じだな。どこを見ても廃墟と戦場の景色をした墓場に見える」


駅から出ると広大な土地が広がっていた。砲撃と戦火に焼かれた地方都市は茶色い土と枯れ木、建物の残骸が残る貧しい開墾地のようになれ果てていた。


「ワルデマー上級大将、第206歩兵連隊所属、第20歩兵大隊指揮官、アーデルハイト少佐。ただいま到着いたしました」


アーデルハイトは一人の軍人に敬礼をした。禿頭(とくとう)に丸メガネの彼はこのヴェールカナン地方に集う部隊を仕切る司令官なのだ。


「うむ、話は聞いているぞ。たしか君の部隊には()()がいるのだろう?ならば安心だ」


ワルデマーは胸をなでおろす。だがすぐに鋭い眼光を戦場へ向けた。


「ここに北ナ連が大攻勢を仕掛けてくるとの情報が入っている。総司令官の命令で各地から部隊を集めて軍集団を形成しているんだ、その数11万人。20キロにも渡る前線をずっと維持している。

ここを守りきれば安全に領土を奪還し、旧国境まで進めるのだ。そこにたどり着くまでに一週間もかからないだろう」


アーデルハイトは口角を上げた。事は順調に進んでいる。遅れもない。1月14日までに黒逸は戦前の領土を全て奪還できるのだ。


するとワルデマーはシュヴァルツの名前を出した。どうやら彼女をここに呼んできてほしいらしい。が、少佐が動く前に彼女はやってきた。


「少佐!ここにいたのか」


「おぉ大尉、いいところに。装甲列車の時はありがとう。君の獅子奮迅ぶりは兵士たちに勇気を与えてくれた」


「いやぁ照れるな」


「ところでだ。こちらはヴェールカナン地方を管轄する軍集団の司令官、ワルデマー上級大将だ。この方は寛容だからすべての階級の意見を聞き策を練る人なのだ。大尉が大将と話せる機会などなかなかないぞ」


紹介されるとワルデマーは軍帽を軽く上げて礼をした。


「君に話があるのだよ。君はどんな作戦参謀よりも軍略家だ。私は村や町を改装し榴弾砲や自走砲を配置して要塞を構築したのだが、この20キロの前線をどう思うかね」


大将は腰を低くしてまだ10代の少女の目線に合わせる。高官ながら腰の低い態度に大尉は尊敬の意を表する。


「わざわざ小官の目線に合わせていただきありがとうございます」


物腰低い態度に少佐は少し驚く。


「(大尉も敬語を使えるのか…私も大尉が復帰したときに怒鳴っていなければ敬語で接してくれてたのかな…)」


そんな小さな後悔をよそに大尉は口を開いた。


「まず要塞を解体してください」


「「!?」」


大尉の発言に二人共驚く。大将はその発言の真意を訪ねた。


「どういうことか説明してくれないか?」


「はい、要塞での防御は一見強く見えますが機動力と展開力では劣ります。ましてや20キロ?そのような広大な前線で要塞など不要です。必要なのは固定された戦力ではなく、移動できる戦力です。ですから…」


大尉はニヤリと笑った。


「兵士や兵器を前線全体に分散して配置するべきです。分散すると防衛力自体は失われますが、敵の襲撃に気づきやすくすぐに攻撃地点を把握、伝達できるメリットがあります。そこに機動力の高い我々第1装甲師団の機械化歩兵と装甲部隊を攻撃された地点に増援として派遣、兵力を固め敵勢力を撃滅します。反撃を予測していない敵軍はたちまち瓦解するでしょう」


名将ぶりが発揮された瞬間だった。二人はその作戦に度肝を抜かれたのだ。


「(防衛戦に欠かせない要塞を廃止するというコペルニクス的転回の発想…そして自分たちの部隊の活躍の場も(もう)ける抜け目のなさ…)」


「(これが噂に聞いた怪物が、流石だ、素晴らしい。彼女だけは敵に回したくないな)」


ワルデマー大将は流石といった具合に拍手を贈った。


「なるほど、実に素晴らしい。形式的官僚主義で凝り固まった軍の中では異端、それゆえの軍略だ。脱帽だ、君の作戦を採用しよう」


「光栄です、大将」


「君は戦術本に載るほどの作戦を生み出した軍人だ、大尉で収まっているのが不思議なくらいだ」


一瞬大尉はなんのことか分からず首をかしげた。すると少佐が耳打ちで教える。


霧雨(シュプリューレーゲン)作戦のときのアレだ、電撃戦と称した…」


「ああ!あれか!えっ…俺が生み出したみたいになっているのか!?」


「もちろんさ、君が発案者なんだから」


「い、いやぁ…あの…発案者はハインツ・グデーリアンっていう二次大戦の軍人でぇ……俺は模倣しただけで……」


ワルデマーは否応なく歩み寄り握手を求める。大尉は作り笑いを浮かべながらぎごちなく握手を交わした。


「(あはは…他人の軍略の発案者扱いされるのは素直に喜べないな…)」


戦場には長い長い塹壕が掘られそれが地平の彼方まで続いている。

シュヴァルツとバウムガルトナーは丘の上からそれを眺めていた。


「ここまで来たはいいものの、そろそろ帝都に向かわなくちゃなぁ」


「…総統を殺しに行くんですね」


「ああ、北ナ連の共謀者も実行日に向けて動いてくれているはずだ、俺も動かなくちゃなぁ」


シュヴァルツはバウムガルトナーの名を呼んで向き合う。そしてこう告げた。


「バウムガルトナー、今日からお前は大尉に昇格だ。俺の代わりに中隊を率いてここに残ってくれ」


「大尉…!?…いいんですか?私にはこんなに中隊運用のノウハウなんて…」


「ここじゃ簡単だ。呼ばれたら赴くだけ、それだけだ。俺は病気で前線にいられないってことにしてくれ。

大丈夫大丈夫!いっつも俺のそばにいただろ?俺の真似すりゃいいんだ。あとアーデルハイト少佐の言うことを聞くとかな。他の連中になんか言われたら俺の名前を後ろ盾として出せばいい」

 

不安そうな顔を浮かべるバウムガルトナーを抱き寄せてゆっくりと背中をさすった。まるで背中の古傷を癒やすかのように。


「安心してくれ、散々人を悲しませてきた俺だ。こんな俺でも一人ぐらい守れるって証明する為に行くだけなんだからなにも不安になることじゃない。むしろ喜んでくれよ、お前を一度だって悲観させたことがあるか?ないだろ?」


シュヴァルツはそういう残してその場を去ろうとした。


「大尉!ご武運をっ!」


もう一人の大尉の呼び声で足を止める。


「もし1月14日までに戦争が終わらなかったら…俺は死んだと思ってくれ。…じゃあなっ!絶対に戻って来るぞ!」


元気よく別れを切り出してシュヴァルツは走り去った。

不安の中取り残されたバウムガルトナーはそれが最期の別れのように感じられてしまった。

評価、ブクマ、感想などいただけると大変励みになります…!ぜひ…!╰(⸝⸝⸝´꒳`⸝⸝⸝)╯




【補足】


この物語は史実である第二次世界大戦時の独ソ戦(1941〜1945)辺りの時代背景を下敷きの異世界でドイツ国とソ連がモチーフの国との戦争を生き抜く物語です。


登場する兵器や軍服などは名前が出ているものは実際に大戦で使われた物であり、調べていただきながらお読みいただくとより一層楽しめるかと思います୧( ˵ ° ~ ° ˵ )୨

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