第六十五話 覚悟の戦争
本部から出てきたクチンスカヤを待っていたのはアバカロヴァだった。クチンスカヤは居心地悪そうにうつむいたがそれに対して親友は笑顔で手を握ってきた。
「ごめんね…なにか変なことなかったかって聞かれて話したらクチンスカヤが呼ばれちゃった…。でも教えて、シュヴァルツはなんでクチンスカヤが戻ってきたとき一緒じゃなかったの?」
「…ごめん、言えない」
怪しすぎる回答だった。しかしコチェグラ総司令官から解放されたと言うことは納得のいく理由があったのだと理解した。
「…わかった、外に出られてるって事は無罪のお墨付きを総司令官にもらったってことだから一応納得するよ。あ〜あびっくりした〜、てっきりクチンスカヤが裏切って奴を逃したのかと思ったよ」
配給のご飯を取りに行こうと言うアバカロヴァは純粋無垢の笑顔で彼女の手を引く。湧き上がる罪悪感に飲まれるも一度決めた決意は揺るがなかった。
「(許して、アバカロヴァ。まだ言えない…この戦争が終わるまでは絶対に)」
もらったら配給のご飯はカビの生えたパンだけだった。菌に侵された部分をちまちまちぎってその辺に捨てて残った乾いたスポンジのようなパンを口に運んだ。
「今回は完全な負けだね、作戦参謀たちもあの高地を諦めるだろう」
諦観するアバカロヴァは小さな声でこう続けた。
「勝てないかもね」
クチンスカヤはその言葉を聞き逃さなかった。肩を叩いて落としていた彼女の視線を自分の瞳に誘導した。
「勝てないけど、負けもしないよ」
「…?引き分けってこと?」
「どうかな」
残りのパンを口に押し込んで強く噛み締めた。その顔を横から見たアバカロヴァはその4文字を冗談で言っているとは思えなかった。
それと同時刻に高地を降りたシュヴァルツとアーデルハイトが久々の再開を果たしていた。
二人は廃車となった戦車の群れが散らばるかつての戦場の真ん中で抱き合った。
「無事で良かった…!、最近は君のことしか考えていなかったぞ、負傷していたと聞いていたが平気なのか?」
「一応平気だ、今のところ化膿してないから感染症にも罹っていないし痛みもない」
袖をまくり白い包帯が巻かれた腕を見せつけた。周りには大尉に言われてついてきたバウムガルトナーとリーブフントもいた。
「大尉、ところでお話って何でしょう…?」
「そうだ、私も大尉から話があると言われてここに来たのだ。何か大事な話なんだろうな、わざわざ二人を…いや、もう一人か…?」
「彼女はリーブフント准尉…ってそんな話は今はどうだっていいんだ。本当に大事な話なんだ、正直に答えてほしい…いや、聞いてくださいアーデルハイト少佐」
少佐は正直驚いた。
「(初めてシュヴァルツが上官の私に敬語を使った…。当然といえば当然なのだが異端児のあのシュヴァルツが、だ。よほど真剣に聞いてほしい内容なのか…?)」
ほか二人も大尉の口調から真剣さを感じ取った。小さく息を吸うシュヴァルツ、そしてこう切り出した。
「少佐はこの戦争の結末をどう希望しておられますか?」
「…それは勝ち負けの話か?」
「少佐自身のお考えです。地位、威厳、威信、国体、主義思想を抜いた少佐の真意をお伺いしてます」
問われた少佐は一切迷うことなく答えた。
「私にはもう君たちしかいない、私は生きているだけで罪な人間だ。罵られなじられどこにも居場所なんかない、もちろん軍にもだ。だがこんな私に最後の居場所をくれたのはシュヴァルツ大尉、君なんだ。
私は君までも失いたくはない。…疲れたよ、私は」
仰いだ空は青かった。澄んだ冬の空気がどこまでも天高く続いているようだった。
「私の父は愚帝だったかもしれない、だがこの国を愛していた。父が一生涯かけて築き上げたこの帝国が長い戦争で摩耗され切削され擦り切れていく様を見続けることはできない、この国土の下にはまだ眠らくて済んだ国民がいる、もうそんな死者の領土を広げたくはない。私が…唯一心のそこから望むとするのならば…それは終戦だ。どちらかが滅びるまでする戦争なんて、もう嫌だ」
後半の言葉は震えていた。仰いだ頬を伝って流れる涙が少佐の本当の心のすべてを表していた。
「…ようやく言えた、本当はこんなこと反戦的なことを軍人が言ってはいけないんだが…不思議かな、君の前だと言えた。今胸の詰まりが取れたように良い心地だ、なぜ言えたのだろう」
「きっと、空のせいだ」
涙を拭う彼女に大尉は言う。
「そこで提案があるんだが…」
大尉はそこですべてを話した。総統と総書記の暗殺、すでに敵兵のクチンスカヤと共謀していることのすべてを。それの達成のためには旧国境まで戦線を進めなければいけないということもすべて。
少佐は難しい顔をした。理解不能という顔ではなかった、かと言って疑いの目を向けているわけでもない。
「…なるほど、私が知らぬ間にそんなことが…」
「どっちも死ねば戦争を続ける理由が消える」
「…成功したとてバレるぞ。両国のトップだ、捕まって殺される、その覚悟があるのか?」
問いたかったのは大尉の覚悟だ。大尉は笑った。
「覚悟?さぁ自分でも分からない。でも一度決めた夢を叶えるためにゃやらなきゃいけないことだと思ってな、それに…」
振り返るとアーデルハイトが心配そうな顔をしていた。
「それが俺の罰だからな」
「罰?」
「そうさ、この戦場にやってきたときにふと科せられた見に覚えのない十字架さ、『愚将』っつぅ十字架はただのオタクにゃ重すぎた。だがバウムガルトナーを見て決めたんだ。こいつは俺自身が救わなきゃってな。一生を捧げて彼女を幸せにする、そうでもしなきゃあいつの身体と心の傷は癒えない…これが俺の夢だ」
「…たしかバウムガルトナーは君に虐待されていたんだっけか、その償いをするために、その夢を叶えるためにその計画を…」
「そうだ、ミスったら確実にその夢は水泡に帰す。だがやるしかねぇ。覚悟とかじゃない、義務なんだ義務」
何かリスクを背負わなければなにも達成できない。深くうなずいた少佐は無言で手を差し出した。その手の意味を大尉は知っている。同意だ。
「力を貸そう、総統の夢を倒せるのは私たちの夢だけだ」
「いいのか?一緒に仲良く売国奴だぞ」
「私にはなにもないからな、そんな汚名でも欲しくなるのさ」
「…馬鹿だな少佐、やっぱりお前に敬語は必要ねぇ」
大尉と少佐は結託した。共に総統の暗殺のために夢と夢で繋がったのだ。そんな夢追い人の二人にバウムガルトナーは声を浴びせた。
「私は同意できません」
バウムガルトナーは珍しく目つきを鋭くしてこっちを見ていた。まるで敵対視しているかのような目だ。
「大尉の夢はたしかに素敵です。私も大尉の気持ちに付いてきてここまで来たのですから今更否定する気はありません。あなたと一緒に幸せになる。すごく素敵だと思います。けど…」
バウムガルトナーは拳を握る。そして言葉を続けた。
「それでは戦争が終わってしまうじゃないですか」
大尉は一瞬戸惑った。何を言っているんだ、と言う替わりに眉をひそめた顔を向ける。
「私は…大尉と一緒に戦場に立ち続ける。これが私の幸せです。隣で敵兵を容赦なく殺し続ける人外の、バケモノの、怪物のシュヴァルツ大尉に仕え続ける、これが私の幸せです。戦争が終わってしまえばその闘将の姿も過去のもの、それは耐えられないです」
「…俺の夢が不満なのか?俺はお前と戦争を生き抜きたい、だが終わりが見えぬこの戦争じゃさすがの俺もどこまでも生きていられるかわからないんだぞ」
「それでいいんです。戦って死ぬ、私の怪物にふさわしい往生じゃないですか」
大尉はバウムガルトナーの元へ歩みを進める。揺れる視界に写る少尉、その言葉は虚言には聞こえなかった。
「リーブフント、お前も少尉を支持するのか」
彼女は顎を引き目つきを悪くした。
「…なるほど、理由はわからんがとにかく死肉が毎日生産される戦争を続けたいと…なるほどなぁ」
意見はすっぱり別れた。戦争を終わらせたい大尉と少佐、それに反する少尉と准尉。
「乗り気じゃねぇなら別に協力なんてしなくていいぜ、っていいたいところだが俺の夢にはお前が必要だからな。バウムガルトナー、お前には絶対に協力してもらう、強制参加だ」
「…怪物は戦争をやめたいだなんて言いません、いったいどこの悪い虫に吹き込まれたんですか?」
「失礼だなぁ、怪物に心が芽生えたってだけさ」
するとシュヴァルツは「じゃあこうしよう」と言って片手を上げた。それは予想外かつ単純な提案だった。
「んじゃあ怪物らしく戦争してやるよ戦争。でもただの戦争じゃねぇ、覚悟の戦争だ!お互いの覚悟をぶつけ合って勝ったやつの夢を受け入れるってこと!勝者は正義だからなぁ!どうだ!お前の望む怪物らしい戦争狂だろ!!」
「…つまり覚悟同士の戦いですね、自分の覚悟の真剣さや想いがそのまま力になるので単純に勝ったほうが勝ち…つまり…」
「そうだよバウムガルトナー!俺とマジバトルすんだよ!どっちの覚悟がつえぇかの勝負だ!これで俺の夢を納得してくれるよなぁ!!」
アーデルハイトはわかりやすく困惑した。反対に少尉はシュヴァルツらしい考え方だと笑って受け入れた。長く大尉と付き合ってきたからこそすぐ納得できてしまったのだ。
「拳を作れ、バウムガルトナー、リーブフント。戦争を終わらせるための開戦だ」
ついに覚悟で対立した二人、シュヴァルツはバウムガルトナーを納得させる為に拳を構えた。
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【補足】
この物語は史実である第二次世界大戦時の独ソ戦(1941〜1945)辺りの時代背景を下敷きの異世界でドイツ国とソ連がモチーフの国との戦争を生き抜く物語です。
登場する兵器や軍服などは名前が出ているものは実際に大戦で使われた物であり、調べていただきながらお読みいただくとより一層楽しめるかと思います୧( ˵ ° ~ ° ˵ )୨




