第五十三話 犬と武装法廷
あちこちから火の手が上がる。白く積もった雪は朱色に染まり無惨な死体が冷たい凍土に打ち捨てられていた。
「撃て撃て撃てェ!あらゆる障害は殺して押し退けろ!!」
敵兵たちは家屋の残骸に隠れてPPSh−41、PPS-43などといった短機関銃やDP28軽機関銃、トカレフM1940半自動小銃などの銃身を伸ばし迫りくる黒逸兵を抑えていた。それに応戦するのは我が軍のStG44突撃銃、グロスフスMG42機関銃、小銃のKar98kなどで武装した歩兵隊だ。
火薬の硝煙で戦場が曇る、そこから聞こえてくるのは止む気配のない銃声と終わらぬ地獄に喘ぐ両軍の兵士たちの阿鼻叫喚。
しかしそれでも、シュヴァルツには後退する場所すらないのだ。
「…………くそったれ」
物陰で悪態をつきながら大尉は小銃を片手に目の前にいる敵に向かって飛び出し突進した。敵が応戦しようと向けてきた短機関銃が目前に迫る。
「(あっ…判断ミスっ…)」
その瞬間、視界の端に黒い影が動く。それは一瞬にして敵の首を切り裂いた。首からは血飛沫が上がり男はその場に倒れる。
「…ッ!?お前は…!誰だ…!」
血の滴る銃剣を持って佇む少女。彼女は自軍と同じ軍服と歩兵装備をしている。
頭には野戦帽の略帽、ボサボサの明るい茶髪。前髪が長く深淵を覗き込むような黒い目の片目が隠れていて、はっきり見えるもう片方の目がじっと大尉を見つめていた。
「その襟章は…准尉か!バウムガルトナーの部下かお前?」
しかし彼女は何も言わずにその場を去っていった。
「あっ…!コラ待てッ!」
小銃を拾い上げると逃げるように去っていった恩人の後を追った。
そうこうしているうちに地獄も終幕が近づき始めていた。シュヴァルツから始まったな攻撃は衰えることなく敵勢力を放逐していった。
そして有終の美を飾ったのはバウムガルトナーであった。
彼女は数人の部下を率いて敵部隊の指揮官がいる廃村の家屋のリビングに流れ込んだ。
「あなたが指揮官だなッ!!」
一斉に拳銃を向ける。指揮官もその周りの補佐官もテーブルに着いたままで一切抵抗しなかった。
「わ、私たちは偉いんだ…!お前たちなんかより偉いんだぞ!だから逃げない!お前たちの弾丸から逃げたりしっ…しないッ!」
敵将の言葉を聞き終えたバウムガルトナーとその部下たちは一斉に発砲し弾倉から弾が枯れるまで撃ち尽くした。
敵の指揮官たちは放たれる弾丸に身をまかせて広がる血溜まりに倒れたあとやがて動かなくなった。
敵部隊の指揮官死亡により指揮系統は崩壊、昼から始まった村での戦闘は4時半頃には終わったのだった。
生き残った数百の黒逸兵たちは歓喜に満ちていた。
「紅旗軍を駆逐したぞぉーーっ!!」
男の兵士が屋根に登り、真っ赤な背景に黄色いクロスした鍬と重なったコンパスが描かれた敵軍旗を引き裂いて叫んだ。他の兵士たちも取り囲むように銃身を握った手を突き上げて咆哮をあげた。
そんな集団に混じりもせずにシュヴァルツは戦場だった場所を歩きとある人物を探していた。
「おっ…!いたいた」
彼女が声をかけたのは仲間の死体の群れにしゃがんでいた少女。先程の戦闘中に助けてくれた人物だった。
「何してるんだ?金品漁りか?」
「…」
少女は一言も発さずただ血と泥で汚れた戦友の野戦服を掴んで2回指差しそれをゴシゴシと洗うような仕草を見せた。
「再利用すんのか?新兵にでも配る気か」
彼女がコクリとうなずく。大尉は硬直して死んだ兵の軍服を剥いでいる少女兵を見つめていると背後から大きな声が聞こえた。
「リーブフントッ!座れ!」
その声がかかった瞬間、彼女は手を動かすのをやめ片膝立ちで頭を垂れる。
「よしよし、死体は不衛生だから触らないほうがいいよ、破傷風になるかもしれないからね」
声の主はバウムガルトナー少尉だった。彼女は頭を垂れる少女の頭をよしよしと撫でる。
「少尉の部下か?」
「はい、分隊指導者のリーブフント准尉です」
よく見ると彼女の両手には包帯が巻かれている。それを指摘すると少尉が話す。
「これですか?准尉は戦傷として両腕に火傷を負っているんですよ、まだ完治していませんので軟膏でどうにかしていますが」
「たしかに不衛生だな。そんな人間をこんな汚いところに居させていいのか?」
「まぁ、いいんじゃないですか?嫌がる様子もないですし…」
シュヴァルツはリーブフントに近づき手短に挨拶を済ます。
「俺はシュヴァルツ、大尉だ。お前の上官の上官だな、よろしく」
リーブフントも無言で手を差し出すと二人は握手をした。
「少尉、こいつ何者だ?俺はさっきこいつに救われた。何も話さねぇ、表情筋も全く動かない。いったいどういう人間だ?」
「人間?大尉、ご冗談を」
少尉はポケットから骨ガムを取り出すとそれを後方に投げる。するとリーブフントは飛び上がり空中の骨ガムを加えた。
「大尉、この子は犬ですよ。愛玩犬という名前からもわかる通り私の犬であり腹心であり最大戦力です。今回の作戦の最大の敵はシュヴァルツ大尉を極東の国の戦術で嵌めたアンドレイ老将。きっと一筋縄ではいきません、今回も、いや今回こそもっと老獪で狡猾な手段をとってくるでしょう。その抑止力、拮抗力が彼女です」
大尉は言葉が出なかった。
「(そんな戦力を隠し持っていたとは…少尉、恐るべし…!)」
「歯はきれいになった?准尉」
准尉は骨ガムをガリっと音を立てて噛み締めて返事した。
「そう、良かった。
ということではこれからは彼女ともいっしょに行動していきます」
すると大尉はリーブフントに近づき顔を寄せる。
「お前、強いんだな。弱いやつはもう懲り懲りだったんだ、みんな俺の隣からいなくなる」
相変わらずなんにも話さなかったがコクリとだけうなずいたのはわかった。
「そっかぁじゃあよろしくなぁ!ということでお前はこれから俺の忠犬っていうことでいいな!ほれ、お座り!」
大尉が指図するが准尉はじっと大尉を見つめたあと脚のもも裏をキックして逃亡した。
「おい待てこの犬っころッ!逃げるなぁーっ!!」
必死になって追う大尉、そんな二人の行動にバウムガルトナーは不安を抱きつつもどこか少し安堵していた。
新しく加わったリーブフント准尉、彼女はいったいこの戦争でどんな活躍をするのだろうか。
日も暮れ始めた。
シュヴァルツは村の打ち捨てられた郵便局の散らかった店内のソファに横たわって寝ていた。
「じゃあ私も寝るね、リーブフントも寝たほうがいいんじゃない?今日は疲れたでしょ」
バウムガルトナーはそう言いながら大尉の寝るソファのそばで座りながら眠りについた。それを見届けたあとリーブフントも地べたに布を引いて寝ようとしたとき、シュヴァルツの声が届いた。
「あっ…そうだ、おい犬。起きてるか?」
准尉が首を大尉の方へ向ける。
「命救ってくれてありがとな、あのとき俺は慢心してたんだ。今日お前と会ってから俺驚くことしかしてなかったから伝えられなかったけど今忘れてないうちに伝えとくわ」
准尉は思わずまぶたをいつもより開いた。
「ははーん、『それだけのためにわざわざ起きたのか』って顔してんなぁ〜?そうだよそれだけさ。でも仲良くなるにぁこういう会話が大事だと思うんだ。んじゃおやすみ」
その言葉を最後に大尉は寝息を立て始めてしまった。
リーブフントは大尉のその言葉が頭から離れない中、ゆっくりと目を閉じた。
戦場で眠る少女兵たち。しかしそんな場所から少し離れた場所のとある小さな街の一角の部屋で声がしていた。
「総統閣下、なんですの?今忙しいのですけれど。あのシュヴァルツとやらの女の抹殺なら明日にでも終わりますわ」
白くつややかな長髪を持ちお嬢様のようなおしゃれでフリルの多い衣装を着ていた少女はテーブルの上の通信機器を通じてヘルダーリン総統と通話をしているらしい。
「なるべく早く頼む、奴が長生きすればするほど我々結束党の権威は落ちる」
「それは困りますわ〜、それでは党の資金で食いつないでいるわたくしの法律家団体が潰れてしまいますわ。そうなれば閣下の思う通りの判決を裁判所で下せなくなってしまいますのよ」
「だからこそ頼んでいるんだ。お前たちが法廷から消えたら裁判所が党に不都合な者を合法的に抹殺する装置から法律によって誰もが公平に裁かれる場になってしまう。それはだめだ。この国の司法も我々の物にしなければ国家は統一されない。
頼んだぞ、党の私兵集団、武装法廷隊員。オッティリア・フォン・ティーラック令嬢」
「おまかせください、必ずいつものように殺して素っ首をお持ち帰りいたしますわ」
オッティリアは微笑んでいた。
男の首を荒縄で締め続けながら。
彼女が手を離すと男の死体はドサッと床に転がった。その周りにも何人もの人間の死体が絞殺されている転がっていた。
「…仕事は終わったか?」
「ええ、政権転覆を企んでいた政治結社の人間はこれで全滅ですわ」
「よくやった、単独で反党団体を族滅させたのはこれで3回目だな。だが次は軍人だ。それも黒い怪物、気を抜かぬように」
「おまかせください総統閣下、報酬はたんまり積んでおいてくださいませ」
シュヴァルツ大尉に迫る刺客の一人がついに現れた。大尉たちの命運はいかに。
評価、ブクマ、感想などいただけると大変励みになります…!ぜひ…!╰(⸝⸝⸝´꒳`⸝⸝⸝)╯
【補足】
この物語は史実である第二次世界大戦時の独ソ戦(1941〜1945)辺りの時代背景を下敷きの異世界でドイツ国とソ連がモチーフの国との戦争を生き抜く物語です。
登場する兵器や軍服などは名前が出ているものは実際に大戦で使われた物であり、調べていただきながらお読みいただくとより一層楽しめるかと思います୧( ˵ ° ~ ° ˵ )୨




