第五十二話 白銀の戦場
行進を始めたシュヴァルツたちの部隊は隊列をなし新雪を踏んで通り道を作っていた。
シュヴァルツは今回の対戦相手の指揮官がかつて大尉の初戦の電撃戦で対峙した敵部隊指揮官と同じだと言うことを気にしていた。
「(たしか…『島津の釣り野伏せ』を仕掛けてきた指揮官だったな。一筋縄ではいかないかもしれない)」
難しい顔をして歩いていると背中に雪玉がぶつかって砕けた。
「大尉!被弾しましたね!」
大尉が振り返ると冷えて赤くなった顔のバウムガルトナーが立っていた。
手にはめた手袋には雪がついている、白い吐息を吐き続ける少尉を見てシュヴァルツも足もとの新雪を握り潰して投げて応戦し始めた。
「おい!列から離れるな!」
アーデルハイトが注意する。しかし効果はなくむしろ二人の雪玉の標的が彼女へと移る結果になった。
「お、おい……ッ君たち…!
クソっ…!こうなったら雪玉に石入れて投げて私も投げてやる!」
三人は隊列を離れ雪原で無邪気に雪合戦をし始めると他の兵士たちはやれやれといった具合で呆れながらも笑っていた。
その時一人の兵士が少し焦った表情で隊列から飛び出してきた。
「しょ…少佐ッ!」
「なんだね?君たちもするといい、時間には余裕があるのだからね」
「総統大本営から通告ですッ!総統閣下と総司令官閣下がヴァーブゲンの視察に参られているとのことです!」
「ッ!?」
その言葉を聞いた三人は緩んでいた表情を引き締めた。
「何をしに来たんだ?ただの視察か、それとも……」
不安を顔に表すアーデルハイト、だがシュヴァルツは少したりとも恐れてはいなかった。
「だーいじょうぶだいじょぶ!少佐!俺たちにぁ結束党に楯突ける切り札があるじゃね~か。シントラーが遺してくれたジョーカーがよ。
奴らに何言われようとももうビビる必要なんかない、奴らの呪縛をこの切り札で断ち切れ」
「…あぁ!だが結束党は帝国の中枢を担っている組織だ、そんな政権がいきなり変わっては戦争の遂行に支障をきたす。私達が独裁政党をハッ倒すのは戦勝のあとだ!いずれ総統の首根っこを掻っ切る、それだけが私の戦争遂行の情熱だ!」
少佐はそう意気込んだ。
少し高低差のある低い崖の上に二人の軍人が立っている。
肩の粉雪を払いながら双眼鏡を覗くのはヘルダーリン総統、そしてその隣にいるのは国家黒十字軍総司令官ベッケンバウアーだ。
「来ましたよ総統、三馬鹿が」
嫌味ったらしく言う彼女の視線の先には並んでやってきたシュヴァルツたち三人だった。
雪を踏む音が止まり冷たい風が吹きすさぶ音だけが辺りに聞こえた。
「…アーデルハイト、向こうに村が見える。あそこがお前たちの作戦行動部隊の拠点となるはずの場所だ」
「…はず?」
「あの村は敵軍に占領されている。村の女子供が犯され男は極北の収容所へ、老人は地獄へ。あそこを解放しお前の部隊の基地とするがいいさ」
「…なぜ総統がわざわざ前線視察に来た」
「悪いか?いい宣伝写真が撮れると思ってな、そして……おm「貴様に会いに来たのさヒルデガルト・シュヴァルツ大尉ッ!」
総統の言葉を遮って割り込んできたのはベッケンバウアーだった。彼女はジリジリと距離を縮めシュヴァルツの額に自分の指を押し付けてくる。
「貴様らなんかもう有象無象の塵に同じだ。古臭い王家王族は死骸と成り近代史の中だけの存在となった。この帝国は!この世界の全ては!!ヘルダーリン党首の結束党、そしてその党首が総統として率いる我が国家黒十字軍総司令官ベッケンバウアーの思うがままだ!もう口出しさせない、もう貴様らの言の葉になど耳も貸すものか。あの村へ行き、あの村で死ねッ!!
グァハハハハッ!!!」
ベッケンバウアーの邪悪な笑いにアーデルハイトは怒りを、バウムガルトナーは恐れを、そしてシュヴァルツは静かに笑みを浮かべていた。
「死ねだって?はン。負けを恐れ、死からの敗走を続けた臆病で意地汚い腐鶏にはピッタリの言い分だな」
「……あ゛ァ゛ッ?」
シュヴァルツの鋭い言葉の矛先は総統にも向いた。
「総統、お前だってそうだ。銃後で椅子に腰を収め暖かく安全な執務室からの電話一本で何万の兵を殺した。父の夢を継いでるんだか知らないがファザコン総統様の夢は俺たちの夢の邪魔だぜ」
「貴様ァ!総統へ向かってなんだその口の聞き方はァー!」
ベッケンバウアーが襟を掴んで持ち上げると彼女の口から一言発せられた。
その声はベッケンバウアーを萎縮させ無視を決め込んでいた総統の視線をこちらへ向かせるほどの魔力を持っていた一言だった。
「…『愛党戦士』」
「ッ!?き、貴様ぁ〜…!どういう意図でその言葉を…ッ」
態度を崩し始めた総司令官と態度を依然として崩さない大尉、徐々に攻守がはっきりとし始めた。
「お前たちの党が裏で何してるかは知らないが公然にできないことをしているのは感覚でわかる。人権を無視した非人道的な何かを。わざわざを俺に機密を差し向けてくれてありがとな。お陰でお前たちがゲロよりクセェ奴らだってわかった。戦争が終わるまでは生かしておいてやるよ」
「くそったれッ!!」
シュヴァルツを突き飛ばすように手を離したベッケンバウアーは悔しそうな目つきで睨みつけていた。
「あと、お前たちの指揮と作戦は信用ならない!現場指揮官の俺たちが作戦参謀と相談してうまくやるから介入してくるなよ、あまりにしつこい場合はお前たちの悪事を全部新聞社に売ってやる!いいなッ!」
三人はくるりと背向けてその場を去っていった。そんな三勇士の姿を見ていたベッケンバウアーは特に怒りをあらわにしていた。
「あのくそったれ!シントラーだってそうだ!あいつが能無しだから奴ら相手にウチらが苦悩しなきゃならねぇんだ!」
「どうする?このまま放置して置くと後々面倒になるぞ」
「…無論、消すまでです閣下。奴らを遣わしましょう」
総統の顔に笑みが浮かぶ。
「これまで我が党の政敵や政治犯、反逆者を裁いてきた暗殺の精鋭部隊、武装法廷か。彼らの下す判決にはいかなる法的手段での対抗も許さない」
「彼らはすでに開廷を済ましています。木槌を叩かせてあげましょう」
二人は悪魔の笑いとも言えるような表情をしている。
シュヴァルツたちはまだ知らない。武装法廷と呼ばれる存在がいかに強敵で怨敵となる存在であることを。
そんなこととはつゆ知らず、アーデルハイトは野外に置かれているテーブルに広げられた地図を指して周りにいる兵士たちの注目を集めていた。
「私達第20歩兵大隊の仕事はヴァーブゲンの森の高地の制圧だ、だがそのためには麓の村を奪還し平原を駆け抜けて行かねばならない」
「しかし少佐、あまりにも危険すぎでは?村にいる兵士の数も戦力も不透明、平原は積もった積雪のせいで思うように進めません、それにあそこ一帯は敵の砲撃の範囲内です」
「そんなことはわかっている、だが我が大隊にはいるじゃないか。彼女たちだけで装甲師団一個分の価値があるとまで言われる黒い怪物が」
「それって…」
「すでに連隊長からの許諾は得ている。厳密な作戦を設けないのが我々、そして彼女らの作戦だ。
全ては彼女の中隊に一任する。彼女の戦場での臨機応変な現場判断こそが最も正しい作戦となるだろう。そうだろ?ヒルデガルト・ティーナ・ロットゥヒェン・シュヴァルツ大尉」
視点はかわり場面は銃撃戦が展開されている村に移る。
北ナ連の紅旗軍兵士たちは小銃や軽機関銃などで迫りくる軍勢に応戦している。
「76mm歩兵砲の準備ができましたッ!!」
「よし、すぐに撃て!奴らを塵に戻してやれッ!!」
通りに置かれた数基の歩兵砲が火薬の煙と共に火を吹くと対面の民家に直撃し音を立てて崩壊していく。
「出てくるぞ!怨敵が!宿敵が!!黒い仇敵が!!!」
敵兵たちは瓦礫や物陰に隠れて銃身を構える。
「市街地での戦闘は難しい。隠れる場所はあるが方向がわからなくなる。あいつらは今、南から攻めてきていると思っているらしい」
シュヴァルツたちは家屋の屋根の上にしゃがんでいた。そして次の瞬間にヒソヒソ声が命令に変わった。
「第54歩兵中隊の真髄を見せてやれ、『ソドムの業火作戦』開始!ぽっかぽかにしてやるぜッ!!」
大尉を先頭に他の兵士たちも屋根を駆け下りて一斉に飛び出し宙を浮く。
「ッ!?う、上だッ!!」
「頭上がガラ空きだぜ毛唐共ッ!!」
大尉が背中に背負っていたのはM35火炎放射器だ。
噴射用のシリンダーの引き鉄を引くと共に紅蓮の業火が地上の敵兵を焼き尽くす。
バウムガルトナー含めた他の兵士たちも降下しながら手に待っていたモロトフカクテルと呼ばれる火炎瓶を下へ投げ捨てる。
村に烈火が一瞬で広がりさながら融合炉の中のような景色に様変わりした。
「畜生ッ!撃ち落とせッ!!狩猟しろッ!!」
火に包まれながらも敵兵はなおも小銃を取り出して火炎瓶を投げながら屋根から降りてくる黒逸兵を狙撃していった。
「う゛ッ…!」
「あ゛あ…ッ゛!」
身体を弾丸に貫かれ死体となって墜ちる友軍たち。
シュヴァルツやバウムガルトナー、狙撃を免れた兵士たちは敵兵が除雪で積み上げたであろう雪山へと着地すると大尉は雄叫びをあげながら火炎放射器を地面へと放り投げ、腰のホルスターから抜いた拳銃でタンクを撃ち抜くと大爆発を起こしてさらに敵兵を一掃した。
「行くぞ戦犯豚共ッ!!戦争だ!!」
猛火を抜けて現れた大尉たち。地獄での闘争が今、火蓋を切った!!
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【補足】
この物語は史実である第二次世界大戦時の独ソ戦(1941〜1945)辺りの時代背景を下敷きの異世界でドイツ国とソ連がモチーフの国との戦争を生き抜く物語です。
登場する兵器や軍服などは名前が出ているものは実際に大戦で使われた物であり、調べていただきながらお読みいただくとより一層楽しめるかと思います୧( ˵ ° ~ ° ˵ )୨




