第五十一話 唐辛子を持った英雄
後日、シュヴァルツ大尉とバウムガルトナー少尉は自分の持つ中隊に復帰してきた。
「失恋したてホヤホヤのシュヴァルツ大尉、帰還しましたー!」
ふざけたセリフと共に敬礼すると休憩していた仲間たちはいつもと同じように受け入れてくれた。
アーデルハイトも先に復帰していた。
「おお二人共、無事で何よりだ」
少佐の再会のハグを受けるとその後に現在の状況の説明も受けた。
中隊は今は前線へ向け移動中だという。その道中の休憩時間に大尉たちが合流したのだ。
中隊は再び隊列を組み移動し始めた。大尉は列の先頭から一歩引いたところにいた。
「なぁ、俺たちはどこへ向かっているんだ?」
「新しい任務を師団司令部から命じられた。これから向かうのは『ヴァーブゲンの森』という場所だ」
「ヴァーブゲン?知らない地名だ」
「マイナーな地名だが戦略的要所だからな。正確にはその森の高地が要所でそこに北ナ連の軍がいる、その高地を制圧すれば隠密性の高い森一帯を高い位置から捉えられて敵の動きが読みやすくなるんだ。不動産でいえば一等地といったところかな」
「ほぉ~なるほど、制圧戦かぁ」
「司令部の方針では進路も決まっていて森に行くまでに村や平原を通る。そこでの戦闘も予想されるからなかなか難しい作戦だな」
「難しい作戦なんていつものことだろ」
兵士たちは無心で歩みを続けていく。そんな冷え固まった心を溶かしてくれたのは皮肉にも降り始めた雪だった。
「おっ、雪だ」
誰かの一言だった。みんなが顔を空へ向け粉雪がひらひら落ちてくるのを見ると大抵の者が顔を赤くして喜んだ。
「これは積もりますね…」
少尉はいつも首に巻いていた筒型マフラーを伸ばし鼻まで覆う。
童心に帰った兵士の列は仲間の野営基地に到着した。
兵舎に入ると室内の小さな食堂で温かいコンソメスープが出された。食欲をそそる匂いを湯気と一緒に鼻で吸い込むと大尉と少尉は美味しそうに飲み込んだ。
雪は夜になっても降り続けた。
大尉と少尉は士官室で曇った窓を見つめながら冊子を読んでいるとバウムガルトナーの声がかかる。
「なんですか?それ」
「この周辺の地方の地理が載っている。なにか動くときの役に立つかなって思って」
「夜も遅いというのに勉強熱心ですねぇ」
「他の奴らが異常なだけだ、自分の命が落ちるかもしれないってのに寝息なんか立てられるかよ」
「じゃあ私も一緒にお勉強します!」
「大丈夫かぁ?起きていられるのかよ」
「はい!頑張ります!私も大尉みたいな指揮官になりたいですっ!」
意気揚々と宣言した少尉、だが結果はやはりというか、目を離した隙にもう机に突っ伏して夢の中へ行ってしまった。
「ま、そんなことだろうとは思ったが…」
大尉は机にうつ伏せで眠る彼女に毛布をそっと掛けるとまた椅子に座った。しかし目に入ったのは冊子に記載されている地理ではなく月明かりでキラキラと光る積雪だ。結露のついた窓を指でなぞるとより鮮明に景色が見えた。降雪はまだ止む気配はない。
「(雪か…なんか数年前東京でもこんな大雪降ったことあるなぁ、あのときは年甲斐もなくはしゃいじまったな…何やったっけ…八甲田山ごっことかしたっけ)」
大尉は頬杖を昔を振り返っていると『八甲田山』の言葉で何かをひらめいたのかその部屋を抜け食堂へと向かった。
食堂には後片付けをしている兵士が一人いる。
「あっ、シュヴァルツ大尉。どうしたんですか?コンソメスープならもうないですよ」
「なぁ、この基地に唐辛子はあるか?」
「えっ…まぁ唐辛子なら食糧庫にあると思いますけど…」
「そっか、じゃあちょっと拝借するぞ。明日使えるかもしれん」
兵士の不思議そうな表情とは対照にシュヴァルツは自信に満ちた表情をしていた。
用いようとしているのは八甲田山死の彷徨の悲劇から知った日本軍の知恵だ。
翌朝、雪は降り止んだが視界一面を銀世界にするほどの積雪が日光に当てられてキラキラときらめいていた。
「やっぱり積もりましたね…この中を行進するんですか?日程ずらせません?」
「しかしなぁ…歩けるようになるまでいくら待てばよいか…でも今進めば下手すりゃ凍傷になってしまうぞ」
少尉と少佐は窓ガラス越しに見える雪景色に絶望していたがそこに自信ありげに笑うシュヴァルツが現れた。
「フッフッフッ…」
「どうした?雪が見られて嬉しいのか」
「バカを言うな、俺は子供じゃない。ただこれが役に立ちそうで嬉しいんだ」
後ろに回していた手を前に出すとそこには何かが入っている袋が握られていた。
「なんですか?これ」
「砕いた唐辛子だ少尉。これを軍靴のなかに入れておけば凍傷予防になる」
「へぇ〜…ホントですか?聞いたことないんですけど」
「いやぁ俺も実は効果があるのかは知らん。見聞きしただけだからな。でもやってみりゃぁ意外とイケるかもしれんぞ」
シュヴァルツはその場で軍靴を脱ぐと中に砕いた唐辛子を袋から注ぎ足を突っ込む。
「おおっ〜…!ぐにぐにしてて気持ちわりぃ〜」
二人は顔を見合わせて大尉の奇行に眉をひそめていたが自信有りげな大尉の顔を見ると意外と効果があるのかもしれないと思ってしまった。
「…どうする少尉、やるか?」
「大尉が言うなら私はやりますけど」
「君もなかなかだな。じゃあ…私もやってみようかな」
大尉たちは基地を出て雪の進軍を始める。
スネの真ん中辺りまで降り積もった雪を踏み分けて進んでいくがやはり順調にはいかない。
「半装軌車がハマった!誰か手を貸してくれ!」
「またかよッ!いい加減にしろ!」
「しょうがないだろ!こんな雪道なんだからよぉ!」
雪の上で空回りするキャタピラ。そんな状態の半装軌車SdKfz7の後ろを複数の兵士たちが懸命に押してなんとかその場を脱却して進むようになった。
「はぁ〜…やっと動いたよ…これじゃあいつまで経っても進めねえぞ」
「それに足の指も動かせないし力も入らない…凍傷で足切断とか俺嫌だよ…」
圧倒的な寒さに喘ぐ兵士たちの前に現れたのは唐辛子を持った英雄、シュヴァルツだ。
「唐辛子を軍靴に入れるのだ」
「…なんの宗教だ」
「違うぞ、お前たちの為を思って言っているんだ。俺を靴に入れると凍傷予防になるぞ、お陰で今の俺の足は雪の中でもよく動く」
「はン。そんな眉唾、俺は絶対信じないぞ」
「騙されたと思ってほら、やってみろ」
半信半疑の目つきで大尉を見ていたがその目つきは次の瞬間には羨望と尊敬の眼差しへと変わっていた。
「大尉ッ!素晴らしいです!俺も『唐辛子を軍靴に入れる教』の信者に今日からなりますぅ!」
「足が…ッ…足の指が動く…動くぞッ!」
大尉の技に感激している兵士たち。シュヴァルツはその様子を誇らしげに見守っていた。
「唐辛子最強!唐辛子最強!お前たちも唐辛子最強と言いながら軍靴にこれを入れていけッ!布教していくぞ!」
唐辛子を砕いた粉の入った袋を歩兵たちに配布していった大尉の部隊は結果として進軍スピードが大幅に上昇した。
部隊は道中、森の中で休憩に入る。予定よりも早く移動できていることに兵士たちは感激すると共に大尉の偉大さを再確認していた。
大尉たち三人は倒木の上に腰掛けて休んでいた。
「しかし唐辛子でこんなにも変わるとは思わなかったな。シュヴァルツ、ナイスだ。予定よりも早く目的地に着きそうで良かった」
「ありがとう少佐。目的地まではどれくらいかかりそう?」
「ざっと5時間ぐらいかな」
「それでも長いな…」
他愛もない会話を続けていると一人の兵士がアーデルハイトに駆け寄って報告した。
「先遣隊から連絡がありました。敵の通信を傍受した結果、敵部隊はアンドレイ指揮官率いる部隊がヴァーブゲンの森を制圧しているとのこと」
「アンドレイ指揮官?」
「はい、聞いて驚かないでくださいね」
次のセリフを聞いて驚かない人はいなかった。
「彼は『シュプリューレーゲン作戦』の実行の際、敵対した北ナ連の部隊の指揮官なんです」
シュヴァルツは思わず声をあげた。
「えっ…!あの電撃戦のときに俺たちが壊滅させたあの敵部隊かッ!」
「はい、部隊を再編させて再び地獄に舞い戻ってきました」
「しつこい人たちですね…」
バウムガルトナーは頭を抱えるがシュヴァルツは悪魔のような笑みを浮かべていた。
「一度滅ぼされたぐらいじゃ分からないらしい。再教育の時間だアーデルハイト、バウムガルトナー。奴らに死に方を教えてやろう」
彼女のその笑みを見てアーデルハイトは確信した。
「(この顔…大尉の中の怪物が顕在したな!彼女とならまた勝てる…!この戦争、勝てるぞ!)」
自信と余裕を見せるアーデルハイト。果たしてその期待通り戦況は動くのか。
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【補足】
この物語は史実である第二次世界大戦時の独ソ戦(1941〜1945)辺りの時代背景を下敷きの異世界でドイツ国とソ連がモチーフの国との戦争を生き抜く物語です。
登場する兵器や軍服などは名前が出ているものは実際に大戦で使われた物であり、調べていただきながらお読みいただくとより一層楽しめるかと思います୧( ˵ ° ~ ° ˵ )୨




