第五十話 還らずの都
場所は移り変わってシントラーが懲罰として働いて居た売春宿の一室。101号室に彼女はいた。
すでに空き家となっており売春宿としての機能は失われている。
そんな物悲しい建物の一室でシントラーが待っているとノックがかかる。
「…シュヴァルツ…?」
期待感を感じながら彼女は立ち上がってドアに手をかけた瞬間、ワルサー拳銃の銃口が眼前にせり出した。
拳銃を構えて部屋に入ってきたのはあのヘルダーリン総統閣下だった。
「総統閣下…!どうしてここに…」
「…被験者番号19、お前に与えられた命令はなんだ?」
総統は無表情だったが怒っているようにも見える。
「…シュヴァルツの入党への勧誘、それに失敗した場合の暗殺です」
「シュヴァルツ大尉は今、党にも地獄にもいない。党に尽くすためにお前を教育したのに、一体何がお前を失敗させた?」
「わかりません…シュヴァルツと共に将来を過ごすことを考えたとき、手が止まったんです。
今思い返せば私の手を引っ張るでもなく叩くでもなく、優しく優しく握ってくれたのは大尉だけでした」
「…おかしいな、お前に教えた思考にそんな余分な事を混ぜた覚えはないぞ?お前は党とあの女を比べて女を選んだんだな」
シントラーはうつむいたまま顔をあげない。総統は呆れたようにため息をついた。
「何はともあれもう全て終わったことだ、最後に教えてやろう。この世で最も重いものは金でも命でもない、私の命令だ。シントラー、横を向け」
「あっ…あの…」
「被験者ッ!!総統命令だ!横を向け!」
命令通りシントラーは横を向くと総統が歩み寄りこめかみに銃口を押し付ける。
その時少し遠くでバンバンと花火が打ち上がる音が聞こえ始めた。
「フンドール奪還の祝賀パレードが始まった。私の銃声は今、花火の一つになる。党と恋心の間で揺れて苦しかっただろう、今楽にしてやる」
指に力をぐっと込めると一発の銃声が屋根に止まっていた鳥を羽ばたかせた。
舞い散る血しぶき、ぼやける視界には硝煙を吐く拳銃を握った総統の冷たい顔が映った。
「(あぁ、正直に言えばよかった。シュヴァルツと一緒にどこか遠い場所で余生を過ごしたいって夢、訓練で身につけた言葉じゃないって事。ごめんなさい、私ね、今の今まで大尉に正直に言えたこと、なにもないんだ)」
ドサッと崩れたシントラーの手に総統は自分が使った拳銃を握らせた。
「全く、売春宿も用意したのにこの結末か…この実験計画は凍結だな。隠滅に力を入れ始めたほうが良さそうだ。他の被験体も期待できないし処分しよう、メディアに圧もかけて報道も規制してもらおう」
総統は廊下の隅のかごに入れていた黒いフード付きのコートを羽織って顔を隠すとその場を離れ出入りへ向かう。その際、入口ですれ違った人物が総統だとは大尉は気づかなかった。少し不思議そうにコートの人物を見送ったあと、101号室の扉の前に立つと扉越しに一方的に語りかけた。
「…シントラーいるか?俺と真剣に将来について話したいから来てくれただろ?俺は信じてたぜ」
返事はない。
「…いないのか?中に入って待とうか…いや…それとも……」
シュヴァルツは顔をしかめて頭を掻くと踵を返して部屋の前から去った。
「来るわけないよなぁ…あの夢嘘なんだし…あーあ踊らされちゃったなぁ…」
元売春宿から肩を落としながら出るとバウムガルトナーが待っていた。
「大尉、こんな空き家が寄りたいところだったんですか?」
「いやぁ別に。…なんでもないよ。それよりさぁこの近くで祝賀パレードやってるみたいだしメシでも食べようぜ、総統主催の宴会もあるみたいだし」
「そうですね。私、お肉が食べたいです」
「あぁそうだな。…いやぁ来ると思ったんどけどなぁ」
「?」
「なんでもないよ、行こう」
二人は冷え切った手を親子のように繋ぎながら街へ消えていった。
その後の話はというとヘルダーリン総統は報道機関に『総統官邸に事故機が落ちてきた』と控えめに伝え、これ以上不要な憶測が広まらぬよう圧をかけたことによって今回の騒動はあまり世間には流布せずひっそりと鎮静化したのであった。
第四章 完。
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【補足】
この物語は史実である第二次世界大戦時の独ソ戦(1941〜1945)辺りの時代背景を下敷きの異世界でドイツ国とソ連がモチーフの国との戦争を生き抜く物語です。
登場する兵器や軍服などは名前が出ているものは実際に大戦で使われた物であり、調べていただきながらお読みいただくとより一層楽しめるかと思います୧( ˵ ° ~ ° ˵ )୨




