第四十七話 告白、毒吐く
「掃討完了、ひと仕事終えたな」
シュヴァルツは紅旗軍の死体の側で短機関銃を持ってそう呟いた。
「小隊規模で奇襲を仕掛けて来ましたね、小癪です」
「…まぁ、こいつらはよく頑張ったよ、この規模じゃた連隊長命令とかじゃぁねぇな、独断だろう」
戦闘を終えた兵士たちは安心しきった表情をしていたがシントラーは未だに小銃を握りしめて震えていた。
「ひぃ~…っ!恐ろしいです…っ」
「…シントラー、お前は実力があるんだからしっかりと戦えば死なないぞ」
「わ、わかってはいますが…っでも…怖いんですぅ〜…」
「う〜ん…その性格は恐ろしいほど兵士に向いていないな。ま、いいか、負傷者も少人数で済んだし。よっしゃ!飯にするかぁ!」
大尉の率いる兵士たちは路上でテーブルを置き支援物資の中からコンビーフ缶を取り出した。
「バウムガルトナー、シントラー。ほれ、肉持ってきたぞ」
「ありがとうございます、大尉」
「シントラーお前もだ」
「は、はい…」
三人はテーブルにつくと缶を開いてスプーンで中身をほぐすとそれを口に入れていく。
「うん…なんか味が悪いな…中の空気で腐ったか?」
「あんまり美味しく食べられるものじゃないですね…」
「でも食わないと、次いつ食べられるか分からねぇ」
文句を言いつつもスプーンを口に運ぶ手を止めることはなかった。だがシントラーは数口食した後、「うっ゛っ!」とえづくと口を抑えて近くの側溝に駆け寄って嘔吐してしまった。
すぐに大尉は椅子から立ち近づいて背中をさする。
「おい大丈夫か?なにか入ってたのか?」
シントラーは冷や汗と涙で湿る顔をあげて言った。
「ちぃ…違います…お肉を食べていると人の死体が頭に浮かんで…っ…!おえッ…ご、ごめんなさい…大事な食料を…」
大尉はじっと黙って背中を撫で続けていた。その間、ふとこんなことを考えた。
「(これが普通の人間の感性なんだろうな…俺は考えたこともなかったが…よくよく考えた死体を見たあとに飯が食えるなんて普通じゃないな…自分では人のつもりだったが、心まで怪物になっちまったのか…もう俺の心はちょっとやそっとのことじゃあ動かないかもしれない、きっといずれ笑顔すら作れなくなって……)」
「大尉ぃ〜…」
「ん?なんだ」
涙目のシントラーが上目遣いで弱々しくすがってくる。
「た、食べさせてください…自分じゃ食べられないですぅ…」
「…」
その時大尉の心が動いた。
「任せろッ!!」
最大限の笑顔で答えた大尉はコンビーフではなく野菜の切れ端が入った質素な野菜スープをシントラーに食べさせていた。
「ほら食え、うまいぞ。熱いから気をつけろよ。はい、あ〜〜ん」
「んあぁ〜〜む……っ!美味しいです大尉…っ!こんなに美味しいもの久しぶりに食べましたっ…!」
「おおそうか!ゆっくりでいいからなぁ」
仲睦まじい二人の様子を対面で睨むように見つめていたバウムガルトナーは握っていた銀のスプーンを力を込めてへし曲げた。
「見ていられないですね…」
バウムガルトナーが席を立つ。
「大尉…!私もあ〜んしたいですっ!」
「いいぜ、ほらばっちこい!」
バカップルのようなのろけ具合に周りの兵士たちも呆れていた。
先に席を立っていたバウムガルトナーは銃器の手入れをしており、そこに手の空いているシントラーがやってくる。
「あれ?曹長、大尉は?」
「えっ…?あ、あぁ…いま寝てますよ。ぐっすり眠っているので起こさないでくださいね…」
そう告げるとどこかへと去っていった。
そしてその夜。廃墟の屋上で明かりのない夜景を眺めていたシュヴァルツ大尉のもとに足音が忍び寄る。
「…わっ!」
「おおっ!?びっくりしたぁ。あんまり兵士相手にそういうことしないほうがいいぞ。俺じゃなかったら撃たれていたな」
「えっ…ご、ごめんなさい…っ」
「…まぁ見ろ、星が綺麗だぞ」
空には満天にきらめく星々がまばたきを繰り返している。
「私もこれを見に来たんですよ…ここなら見られるかなって…」
「じゃあ俺と一緒か。実は昼間になぜかめちゃくちゃ眠くなってな、眠れなくて。それに少し気分も悪かったから夜風に当たりに来ているところだ」
「うぇへへ…そうなんですねっ…順調そうで何よりです」
隣に並んだシントラー、大尉は彼女の横で夜風に当たりながら顔を見上げた。
「星の明かりが消えてかわりに街が灯るより街の明かりが消えてかわりに星が灯るほうが素敵だな、こんな戦場ならば…悪くないかもしれない」
「闇は悪い都合を隠してくれますからね、夜が晴れれば路上に死体と兵器が転がってます」
しばらく無言の時間が流れ、すっかり夜が冷え切ってきたことがより敏感に感じられた。するとぼ〜っとしていた大尉の手に柔らかく温かいなにかが触れた。
「…大尉の手…冷たいですね、夜風のせいですか?」
「違うな、多分。人じゃないからだ」
「そんな大尉に一つ…提案なんですけど…」
シントラーは真面目な表情で大尉の顔を見つめた。
「一緒に退役しませんか?」
その瞬間、さらに強い夜風が二人へ吹き付けた。冷えた髪が揺れ戦場の匂いがほのかに香る。
「えっ……本気で言っているのか?」
「はい…私は曹長なので除隊っていう形ですけど…っ」
その提案を受けた大尉は少し顔を厳しくした。
「シントラー、お前俺との約束はどうした?一緒に戦場で戦うって決めただろ。また逃げるのか?」
「…ちっ…違います…っ私は…大尉と一緒にどこか遠い場所で余生を過ごしたいんです!」
「…マジ?」
「もちろんですっ、地獄から抜け出して戦争の被害に遭っていない遠い土地で暮らしましょう…!」
突然のことだった。混乱が表情に表れてしまい隠せない
「お前は俺のことが好きなのか…?」
「はいっ!私の恩人であり憧れの人です!」
嬉しさのあまり顔を赤らめて照れてしまったが、一瞬バウムガルトナーが脳裏に浮かんだ瞬間、目を醒ました。
しかしまた前を見ると可愛らしい童顔の天使がこちらを見ていた。
その時は恋のような感覚に陥ってしまった。
「(俺のことをこんな慕って尊敬してくれて…身の上を案じてくれている…どうしよう、バウムガルトナー…俺、軍人やめちゃうかも)」
夜の底での告白、この誘いに大尉の出した回答は…。
「わかった、いいだろう」
大尉は言葉を溜めてからそう答えた。
「ほ、本当ですか…っ!?」
「ただし戦争が終わったあとだ、これは譲れない。俺にはバウムガルトナーを生き残らせる義務がある。だからこの戦争が終わるまでは抜け出せない」
付け足された回答に少し不満そうだったが、シントラーは笑って「わかりました」と承諾してくれた。大尉もそれでこの話は終わるかと思った。シントラーの一言が付け加えられるまでは。
「じゃあとりあえず、結束党に入党しませんか?そうすれば戦場から離れて指示できますし…多分今よりも偉くなれますよ。お給与も…」
結束党。その言葉が彼女の口から出た瞬間大尉は少し身構えた。
「あぁ、いや…それはいいや。あそこは…なんかキナ臭いし」
「そうですか…いいと思うんですけどね…私は…。
あの…本当にだめですか?私と一緒に暮らしていくために入党が必要だと思うんですが…」
「お前と暮らしていくとしても俺はやだな。あそこと関わるのは」
「…嘘ですね、大尉、バウムガルトナーと離れたくないからですよね?」
「えっ…」
ぐっと手首を引かれ距離を詰められる。そのままシントラーの腕が背中へ回ったあかと思うと柔らかい感触が口の中に入り込んできた。
皮膚が裂けるような冷たさとは反対に温かく粘っこい感覚、何も言わずただシントラーの責めに身を預けていたが突然、蕩けそうな脳髄にのしかかるような頭痛が襲った。
思わず後ずさり膝が崩れるように地面に着いた。
「ゴホッ…っ…ぉ゛えっ……お゛え゛ぇっ…ッ゛!!」
甘い口内から熱い液体が外にこぼれ出る。
シントラーの唾液じゃない。吐瀉物だった。
鼻孔と喉を逆流して冷え切った外気に触れて地面に広がる汚物が大尉の目に映った。
「ちっ…違うんだシントラー…嫌すぎてとかそういう意味で吐いたんじゃ…」
ゆっくりと視線をあげると目の前にはにっこり微笑んだシントラーが揺らっと立っていた。
あまりの衝撃と倦怠感で動けない。そんな彼女にゆっくりと忍び寄って視線を合わせてきた。
「そう、入党しないなら仕方ないですね。入党すると言ってください。そうすれば私が病院に連れて行ってあげます」
荒い呼吸により膨張と縮小を繰り返す腹部を抑え冷や汗を垂らす。気分が悪い
「シントラー…ッ!俺に何をした…!ゴホッ…ゲホ…」
「何もかもです。昼間の食事に睡眠薬を混ぜて眠らせてから大尉に殺鼠剤と除草剤を適量飲ませました。残された選択肢は二つ、結束党に入党して私に病院に連れて行ってもらう。もう一つは入党を拒んでここで毒死、選んでいいですよ」
シントラーは優しく衰弱した大尉の背中をさすって抱きしめる。
「つらいですね、苦しいですね…でもこれも大尉も国のためなんですよ。入党して私と幸せになりましょうね」
毒々しい愛、果たしてそれは大尉に伝わるのだろうか。
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【補足】
この物語は史実である第二次世界大戦時の独ソ戦(1941〜1945)辺りの時代背景を下敷きの異世界でドイツ国とソ連がモチーフの国との戦争を生き抜く物語です。
登場する兵器や軍服などは名前が出ているものは実際に大戦で使われた物であり、調べていただきながらお読みいただくとより一層楽しめるかと思います୧( ˵ ° ~ ° ˵ )୨




