第三十七話 裏切り
丘の上は白い石畳と芝が組み合わさった敷地に大きくそびえる大聖堂がある。
日はすでに傾き始め、茜が空いっぱいに広がる。
どこもかしこも黒逸軍の砲撃によってボコボコに歪んだ地面をシュヴァルツたちは続々と駆け抜ける。
「屋根と尖塔に狙撃兵ーッ!!」
双眼鏡で樹木の影からの敵兵の姿を捕捉するとスコープ付きのKar98k小銃を持った友軍が上を向いて狙撃するが相手のトカレフM1940半自動小銃に連射され次々と体を貫かれて血を流して倒れる。
「大尉ッ!相手側が有利過ぎます…!」
「(クソ…!いちいち手作業で排莢するボルトアクションと相手のガス圧で排莢する自動小銃じゃあちと分が悪いな…」
大尉は持っていた突撃銃で大聖堂を守備している敵兵を狙って撃つが塹壕に頭を隠しては弾切れになった瞬間を見計らって反撃してくる。
「クソッ!いいかッ!俺たちは時間稼ぎをすりゃあいいッ!周り込んでいるはずのバウムガルトナー少尉が側面から叩いてくれるまでの辛抱だッ!!それまで持たせるぞ!!」
「「おーーッ!!」」
大聖堂は基本的に十字の構造に作られている。入り口は十字の下の場所、そこに尖塔が二本そびえていて大尉たちが戦っている。
バウムガルトナーたちはこの十字の左から攻撃するために大尉たちが身を張って時間を稼いでいるのだ。
「何してる少尉…ッ!早く信号銃を撃て!じゃなきゃ俺たちの部隊は壊滅するぞ!」
その頃、バウムガルトナーは未だオイラー大尉の死体を腿に寝かせて座っていた。
「少尉!今すぐ動かないと敵にバレてしまいます!仲間も今、敵を引き留めてくれているんです!さぁすぐにッ!!」
部下に腕を引かれるがなかなか立ち上がれない、顔面蒼白のバウムガルトナー、こんな表情をした少尉は見たことがない。
「わ、私…上手くできるかな…オイラー大尉さえ守れなかった私に…」
「…先に行っていますよ!すぐに来てください!!」
部下は少尉たちを残してどんどん先に行ってしまう。
「(ああ…部下が死にに行っている…止めなきゃ…呼び止めないと…なのに…声がでないなんて……ッ)」
しばらくすると銃声が聞こえる。聞き慣れた声の断末魔が先から聞こえると少尉は歯を食いしばって耳を塞いだ。
「嫌だ…嫌だ…!何も見たくない…聞きたくない…ッ!
神様…どうか私に死という名の救済を」
皮肉なことに目の前には大聖堂の側面が見える。
するとそこには誰かが走ってくる足音が聞こえた。
「何してるッ!?」
「シュヴァルツ大尉…!」
彼女が視線を下に向けるとそこには事切れたオイラー大尉がいた。
それを見てすぐに状況を飲み込み思わず下唇を噛む。
「だからっていつまでもここにいるつもりか!」
「私は…オイラー大尉から教えてもらったことを何もできなかった…守れなかった…!守るために…!強くなるためにッ!!オイラー大尉が死んでしまって、悲しんでしまった。シュヴァルツ大尉の足を引っ張らぬようにと…特訓してもらったはずなのに…!」
「バカッ!大馬鹿野郎!バカバカバカバカッ!!お前は足なんか引っ張ってなかったろッ!
それに!オイラーが色々教えてくれたんのも自分を守ってもらうためじゃなくて、お前に生き延びてほしいから教えていたんだろ!
大尉の軍務は少尉を守ること!それは少尉だって変わらない!なのにこんなところでお前…ッ…お前ぇ〜ッ!」
大尉に肩を揺さぶられて少尉はハッと正気に戻った。
「本当に悲しいのなら立てッ!戦勝が戦没者への手向けになることを思い出せッ!立てッ!バウムガルトナーッ!!立て、立てッ!」
大尉に支えられながら小鹿の脚のように立ち上がる。
それを見た大尉は笑った。
「ちょうどいい、敵陣は大聖堂だ。オイラーも見守ってくれているだろう、お前の力量を見せてやれ」
近くの鹵獲した半自動小銃の銃口に着剣された銃剣を抜くとそれを彼女に手渡した。
「行くぞ、特訓の成果を発揮しろ!大尉の命令だ」
「…はい!」
「俺についてこいッ!!突撃だッ!!」
茂みを抜けると石畳の床に転がる仲間の無数の死体を見た。直視しないよう前だけを向いて進み入り口までたどり着く。
入り口は板材で閉鎖されており簡単には入れない。
「俺が手榴弾でぶち割る、その瞬間信号銃を空に放て。それを合図に仲間も攻め込む」
大尉が腰のベルトに挟んでいた柄付手榴弾を持つと紐を引き抜き本体を入り口に向け投げつける。
板にぶつかって地面に転がると閃光とともに爆発し細かい瓦礫が四散した。
少尉が天に向け引き金を引くと花火のように閃光弾が登りもう一つの太陽の光を作り出した。
紅のように赤い光、それを見た周辺の黒逸兵は歓喜しますます奮励努力するのであった。
「今だーッ!!突撃ィッ!!」
狙撃を掻い潜ってきた黒逸兵たちは扉を蹴破って中に侵入するも当然待ち構えていた紅旗軍が迎え撃ってくる。
第一波を射殺し終えてもその背後から銃の射線をすでに見きった兵士が建物の左右に分散して瓦礫や物体の影に身を隠して次々と侵入してくる。
「黒逸の奴らとんでもない数がいるぞ!」
「絶対にここで食い止めろ!地下だけでも守り抜け!!」
激しい撃ち合いを展開する両軍、しかし徐々に黒逸が押され始めた。
それもそのはず、入り口に照準を合わせているだけで一定数の敵兵を殺せるのだから。
段々と黒逸軍から上がる悲鳴や断末魔が増える、それをうまそうに咀嚼して笑う紅旗軍。
「馬鹿な奴らだッ!一つの入り口から来るんじゃあ銃口向けて撃ってるだけである程度殺せる、能の無い奴らじゃ。
おい、第8小隊、こっちの援護に回ってくれ。こいつら一つの方角からしか攻めてこないぞ。
…おい、聞いておるのか?おい!」
無線機に呼びかける一人の兵士、次第に余裕ぶった顔から冷や汗がしたたりおちる。
「…応答がない…まさか…こいつらは…!ただのデコイッ!本当の戦力は…ッ!!」
「御名答」
「ッ!?」
声のした方を向いた瞬間、大尉の持つワルサー拳銃の銃口が出迎えてくれた。
ズドンと咆哮を上げそのまま彼の額に風穴を空けた。
「か、怪物ッ!回り込んでいたのか!まさか…!小隊がいたはずでは!?」
すかさず二人の兵士が銃口を彼女へと向けるが大尉の背後から来た少尉が兵士の腕を掴んで自身に引き寄せるとそのまま勢いと引いた拳を突き出して顔面に強烈なパンチを食らわせた。
「グエッ…!」
「おいどけッ!お前が邪魔で撃てねぇだろ!」
仲間に当たるのを危惧し日和った一人に少尉が狙いを定めると軍服の袖から銃剣を出して持ちそれを彼の首元にあてがった。
「じゃあね」
スッと横に払うと紙でも切ったような引っ掛かりのない感覚と銃剣からし垂れる生暖かい鮮血が拳に触れるのを感じながらスッパリと首元を切られた敵兵を小突いた。
血を吹かせながら仰向けに倒れた敵兵を少尉は悼むような目つきで見送った。
「大尉!ご無事で!」
一通り掃討し終えた部隊の仲間たちがやってくる。
「中隊の被害状況を報告しろ」
「確認できた死者数四十名、負傷者二十数名です。想定より少なくて助かりました」
「…絶対に勝つぞ。その四十人が生きられなかった明日を生きるために」
そう言うと大尉は落ちていた敵の兵器であるPPSh−41短機関銃を拾い上げて鹵獲した。
「死ぬまで借りるぞ」
それからの大尉たちはまるで水を得た魚のように敵を圧倒していった。
激しい銃撃戦で摩耗する聖堂内部。瓦礫や死体を乗り越えて潜む敵兵を撃ち殺していく。もはや勝敗は誰の目に見ても明らかだった。
「…大体片付いたな」
気がつけばすでに抵抗する敵兵は視認できなかった。あるのは死体と空薬莢ばかりだ。
「大尉!内陣の裏に地下に通ずる階段が!」
「そこが司令部か?きっと偉いやつがいるんだろうなぁ〜、案内しろ。降伏文書ももってこい、サインさせてやろう」
部下に連れられてあるき出した瞬間、曇った銃声が地面から数発聞こえた。
「…降伏文書はいらないみたいだな」
階段を降り施錠されていた鉄扉を蹴り破るとそこには薄暗い電灯一つのだけのコンクリで囲まれた地下室があった。
木のテーブルを囲うように置かれた椅子には頭部を自ら撃ち抜いて集団自決している敵将校がぐったりと座っていた。
大聖堂は完全に黒逸の手に掌握された。
それを知らずに大聖堂を守るために抵抗していた紅旗軍の兵士も建物の尖塔に黒逸国旗が掲げられているのを見つけると抵抗をやめて攻めてきた黒逸に投降した。
気がつけば太陽は沈みきり、星月夜が夜空を支配していた。満月の月明かりが灰と化したフンドールの街を包み込んでいる。
しばらく戦火と鮮血の匂いがこの街から消えることはなさそうだ。
捕虜の輸送など戦後処理を行う黒逸兵とは別にシュヴァルツは取り返したボロボロの大聖堂の中庭で水の枯れた噴水の縁な腰をかけて星空を見上げていた。
黒逸の部隊はフンドールの中心部にある大聖堂を占領せしめた。かくして敵勢力を完全に排除したのである。
「はぁ…流石に疲れたな。夜が消えないうちにオイラーの埋葬でもするか」
気だるそうに立ち上がってその場を離れようとした時、背後に気配を感じた。
大尉が振り返ろうとすると耳元で銃の内部機構が触れたカチャリということが聞こえ、後頭部に押しつけられた無機質の銃口を感じ取ることは簡単だった。
「…なるほどな。暗殺者とは…スパイとは、お前のことだったか」
その人影の雰囲気を大尉は知っていた。
身近にいた、あの女だ。
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【補足】
この物語は史実である第二次世界大戦時の独ソ戦(1941〜1945)辺りの時代背景を下敷きの異世界でドイツ国とソ連がモチーフの国との戦争を生き抜く物語です。
登場する兵器や軍服などは名前が出ているものは実際に大戦で使われた物であり、調べていただきながらお読みいただくとより一層楽しめるかと思います୧( ˵ ° ~ ° ˵ )୨




