第三十三話 闇に動く疑心
「それは本当か?」
あまりに衝撃的な告発に思わず大尉もたじろぐ。
「ああ、君の所属している師団に潜入したと聞かされた。だが君を対象として殺しに潜入しているのかは知らない、あくまで可能性としての話だ」
するとハーンが話に割って入ってきた。
「暗殺者の特徴とかは知らされていないんスか?見た目や性別、階級や喋り方とか」
「さっきも言ったとおり何も知らない」
「(俺の隊にスパイが…?まさか、そんなはずは…)」
額に流れる汗を拭うと息を整えて、冷静さを取り戻した。
そんな彼女がすることは唯一つ。
「えっ…!おいっ!話が違うぞ!生きて解放してくれると言ったじゃないかッ!!」
大尉が向けたワルサーP38の引き金を引くと拘束された男の額を貫いた。
壁にはべっとりと赤いシミが浮かぶ。
「…大尉、大丈夫っスか?顔色悪いっスけど」
「なんでもない、戻るぞ」
特殊工作員による野戦病院襲撃は、さほど騒ぎも大きくならずに終わった。
唯一つ、大尉の心に疑心暗鬼を残して。
時を同じくして、作戦行動中のフンドールで一人になったバウムガルトナーは終末のような戦場で冷たい夜風に当たりながら、路上の塹壕で身を縮めて眠っていた。
目を閉じれば、思い返してくる。少尉がシュヴァルツ大尉を迎えに行ったあの運命の日が。
「少尉、病院でシュヴァルツが目を覚ましたらしいっス、見舞いに行ったほうがいいんじゃないスか?」
そう語るのはハーン曹長だ。
「私、行きたくないよ…でも…行かなきゃ隊に戻ってきたときにまた大尉に叱られる…」
地面を見つめる少尉にハーンは気を利かせて慰める。
「バウムガルトナー少尉、人間の権利は過去を乗り越え自分を生まれ変わらせることっス、少尉にはそれができる。
大尉の頭部の負傷も、少尉がとっさに守ってくれたお陰で即死じゃないんスから。
少尉は私情を押し殺して上官を守ることができた人間だ。大尉も、ひょっとしたら応えてくれるかもしれない」
「くれるかな…また殴られたら…」
「そのときは殴り返してやりゃあいいんスよ!負傷箇所を何度も何度も!こうッ!こうやってッ!!」
ブンブン腕を振る曹長を見て彼女は顔に笑顔を取り戻した。
「アハハ…そっか、じゃあ勇気を出して行ってくるね」
バウムガルトナーは頬に伝う冷たい涙で眠気が覚めた。
「…大尉…曹長…二人がいない夜がこんなにも寂しいなんて……」
バウムガルトナーはしばらく孤独に戦った。
来る日も来る日も敵との恐怖に怯えながら進軍し、会敵すれば銃器を持って戦闘を繰り広げた。
「アイツで最後…」
敵陣の重機関銃の銃手が放つ弾丸から逃れるため瓦礫の影に隠れている少尉は一瞬、銃撃が止まったのを見て弾薬を補給していると考える身を乗り出し、短機関銃を握って敵兵に浴びせた。
それに乗じて続々と味方の歩兵たちも機関銃を浴びせる。
案の定、弾薬補給の最中であったらしく、何の反撃もないまま最後の抵抗兵は倒れた。
荒れ果てた敵陣、無数の空薬莢が地面を埋め尽くし、敵兵の死体がアチラコチラに転がっている。
鼻をつんざくような血と火薬の匂いももう慣れていた。
「よし、任務完了。敵の残兵を処理した。作戦司令部に成功を打電しろ」
「はっ!」
見慣れない上官は敵の死体に足を乗せ小石を転がすかのようにゴロゴロして、しばらくすると何回も強く踏みつけ始めた。
「死んでいるな、脈が伝わってこない」
静かで異常に声が低く、声だけでは性別がわからないが、女だ。
顔の右に縦に入った縫合跡が残っている。
死んだ魚の目をしていて虹彩は青。濁った金髪のベリショ。
彼女は療養中のシュヴァルツの代わりに入ってきた上官だ。
彼女の名前は…。
「ええっと…ヘンリエッテ・オイラー大尉。奇襲攻撃は成功でしたね」
「大尉でいいぞ、少尉。俺はお前と馴れ合うつもりはない、シュヴァルツが戻ってくりゃあ俺は別の部隊に転属だ。それまでの仲だ」
喋っている間もオイラー大尉の表情はほとんど変わらず唇だけが動いているようだった。
「…死体がいつ手榴弾を抱えて突っ込んでくるかもわからん、用心しろ」
くるりとクールに背を向けてその場を離れかけた瞬間、バウムガルトナーは「あっ!」と声を上げた。
「そういえば…大尉どこかシュヴァルツ大尉に似てるなぁ〜って思っていたんですが、服装!シュヴァルツ大尉と全く一緒ですね!ヘルメットもかぶらず軍帽をずっと被っているところも同じです!もしかして憧れていたりするんですか?」
「…馬鹿なことをいうな、あんな愚将が最近名を挙げ始めたというだけで憧れるものか」
「えへへ、なんだか親近感湧いてきましたね、私も憧れ…と言うには少し遠いですけど凄く尊敬しているんですよ!」
「そうか、シュヴァルツといつも一緒にいるお前からあとで色々聞いてみたいものだ。
ほら行くぞ部下を集めてこい」
「はい!オイラー大尉っ!!」
代わりの大尉とバウムガルトナーは歩兵の列を組んで瓦礫で覆われた路上を進む。
「シュヴァルツは能天気だからお前がいなくても楽しくやっているだろう」
「まさか!シュヴァルツ大尉は私がいないと寂しくて死んじゃうんですよ、今頃野戦病院だ寂しくて泣いている頃ですから」
その予想は大きく外れることになる。
「あはははっ!この本面白いなァ!あー!腹痛い!傷開くっ!いてててっ!」
肝心のシュヴァルツはベッドの上で本片手に笑い転げていた。
「大尉、バウムガルトナーがいなくても意外と大丈夫そうっスね」
大尉は笑いで溢れた涙を拭きながら言った。
「別に寂しがってもあいつが見舞いに来てくれる訳じゃないしな、今を楽しまなきゃ。
あははっこれほんと面白いな!」
「…きっと寂しがっているんだろうなぁ」
意外と満喫している大尉のことなどつゆ知らず、少尉はほくほく顔で笑っていた。
しばらく歩いてくいと一際大きな建物が見えた。
中世に建てられた大聖堂のように見える。
「見えるか?あれが敵の司令部のある大聖堂だ。残力もその周辺に展開している」
「つまり…」
「あそこを陥落させればツァーンラント作戦は完遂される」
喜びも悲しみも浮かばないオイラーの表情は冷たく濁っていた。
するとそこへ部下の一人が近づく。
「バウムガルトナー少尉、大尉からお電話です」
「えっ!今行く!」
部下に呼び出された少尉はオイラーを一人にした。
彼女は無表情で見送ると、タバコに火をつけて蒸す。
「…作戦は順調、あとは隙を見してくれるのを待つだけだ」
意味深そうな言葉は、タバコの副流煙とともに空に霧散した。
設営されたテントの中で少尉は電話でシュヴァルツのいる病院と連絡をとっていた。
「大尉!元気そうですね!」
「少尉も元気そうで良かった。
話は変わるがよく聞いてくれ」
少尉はその大事そうな前置きを聞いて清聴する。
「実は第1装甲師団にスパイが混ざっているとの話を気いた。どの連体にいるか、情報は不確かだ」
「そんな話をどこで…」
「事情はどうでもいい。何が怪しい動きをしている人間がいれば捕らえて尋問するんだ、あくまで慎重に秘匿してな。
それと思しき人間はいるか?」
二人の密談で、少尉はついに本音を話した。
「実は…いるんです、一人。
シュヴァルツ大尉の代理で入ってきたヘンリエッテ・オイラー大尉です。
怖そうな人なんですけど大尉のことを凄く尊敬しているみたいで…服装が完全一致という徹底ぶりですよ…!
私も少し怪しいと思って積極的に接触して相手の動きを制限しているところのんですけど…」
「そうか!さすが俺の部下だ。そのまま監視を続けてくれ」
「はい!」
大尉が電話を切るとバウムガルトナーの顔はやる気に満ち溢れた。
「スパイ容疑者1名…!その悪事を暴いてやる!」
スパイの容疑者として浮上したオイラー大尉。果たして彼女の罪の有無はどうなるのか!!
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【補足】
この物語は史実である第二次世界大戦時の独ソ戦(1941〜1945)辺りの時代背景を下敷きの異世界でドイツ国とソ連がモチーフの国との戦争を生き抜く物語です。
登場する兵器や軍服などは名前が出ているものは実際に大戦で使われた物であり、調べていただきながらお読みいただくとより一層楽しめるかと思います୧( ˵ ° ~ ° ˵ )୨




