第二十八話 天誅
バウムガルトナーが名を呼んだ瞬間、少尉の背後の窓ガラスが割れた。
大胆に室内に飛び込んできたのだ他でもない、黒い怪物、シュヴァルツ大尉だった。
「なッ…!?どうやってここにッ!?ここ4階だぞッ!!」
大尉は着地すると持っていた突撃銃を大男に向ける。
「警備の薄い屋上から縄使って振り子みたいに入ってきたのさ」
よく見ると割れた窓ガラスの無効に垂れ下がって揺れているロープの端が見えた。
「大尉…!来てくれたんですねッ…!」
「なに泣いてんだよ、泣くほど嫌か?」
「逆ですよ…!もうっ……」
感極まって涙を流す少尉。その横にはハーンがぐったりとしている。
「ハーンは重篤みたいだな。
にしてもおかしいなぁ、情報だと女の政治将校だと聞いたが…?まさかお前、女か?」
「失礼なやつだ、俺の名前はニコライ、残念だがアガンベギャナ少佐ならすでに退却済みだ」
「そうかよ、んじゃあ憂さ晴らしにまずお前からだなッ!!ブッ死ねッ!!」
すかさず突撃銃を向けるとさすがの大男ニコライも両腕で顔を覆って身構える。
大尉がニヤリと笑って引き金を引いた。
…しかし弾は発射されなかった。
「あれ?」
大尉も少尉もニコライも3人とも予想外の出来事に当惑した。
「あ゛ぁ゛ァァーッ!!しまったァッ!リロードしてないんだったッ!!」
「何してんですか大尉ッ!」
まさかの再装填し忘れである。
ゲームに慣れすぎていたゆえの凡ミスだった。
「イヤ、だってゲームだと勝手にリロードしてくれるからつい忘れ…」
「大尉後ろッ!!」
その声に反応してしゃがむと男の硬い大きな拳が振りかざして来て少尉を縛っている柱にずっぽしとめり込んだ。
「ヒェッ…このデカブツッ!」
大尉はすぐに大男の股下をくぐると背後をとって足を払うとデカい図体はそのまま後ろに倒れ込んだ。
突撃銃を捨てて腰のベルトのホルスターに手をかけるとワルサー拳銃を抜き男へ向ける。
だがそのときにはすでに男は起き上がり大尉へ向かって突進してきた。
「この女ァッ!」
「ぐぁッ…!」
無念にも拳銃を握る手首を掴まれ、そのまま捻られるとさすがの大尉にも苦悶の顔が浮かび拳銃を手放してしまう。
拳銃はニコライも大尉にも手の届かない場所へと転がっていった。
「早く離せ…!」
「そうはいかないな、このままひねりちぎってやる」
より一層力を加えられ、少女の腕は曲がってはいけない方向に力が加わり続ける。
それを見かねた少尉はどうしようかと慌てていると地面に先程の大尉の侵入によって散らばった窓ガラスの破片がきらめいているのを見つけた。
それを足で手繰り寄せると身体をひねって破片をつまみ、それで身体を縛っている縄を切りにかかる。
(早く…早くしないと…!)
時間が立つごとに大尉の顔が歪んでいき、脂汗が地面へと垂れる。
「もう一息だ」
大男がそう言ってひねろうとした瞬間、バンッ!という空気を叩くような発砲音が耳をつんざいた。
そこには寝そべりながら上半身と右腕を上げ拾い上げた大尉のワルサーを発砲したバウムガルトナーがいたのだ。
弾丸は大男の下腹部を貫くとぽとぽとと血が滴り落ちる。
「あ…あぁ……クソッ…!やったなッ…!」
大男は残った体力を使ってその部屋を飛び出していった。
「あの野郎…腕がいかれることろだったぜ」
「怪我はないですか?」
「俺の心配より、お前は奴を追って報復しろ。ハーンは俺が搬送しといてやる」
「いいんですね?
ではこの拳銃、少しお借りします」
そう言ってニコライの跡を追おうとすると大尉も惜しそうにもう一度尋ねた。
「本当に怪我はないな?」
「…痛みには慣れているので大丈夫ですよ」
そう言って微笑んだ少尉は部屋を足早に去っていった。
大男は同階の角部屋に追いやられていた。
部屋の外壁は崩壊し、焼け焦げた荒涼としたフンドールの景観がよく見える。
そんな景色を横に、ニコライは壁に追いやられ尻を引きずりながら後退りした。
「怪物の犬め…!」
「怪物…
たとえ私の身体が世界とともに5分前に作られたとしても、たとえ私の身体が培養水槽に浸る脳髄だったとしても、私は私。
毛一本、細胞一つ一つが私です。
人間を人間たらしめているもの、それは唯一、理性による実行だけだ。
私は獣性による蛮行を行うあなたたちのような畜生ではない」
銃口を彼へ向ける。
「わ、わかった!降伏する!降伏だ!何でも言うことを聞く!だから命だけは…ッ!!」
必死の命乞いも覚悟を決めたバウムガルトナーの前では無意味であることにまだ気づけていないようだ。
「あなたと少佐だけは捕虜にしたくないんです」
「そ、そんな…!降伏すると言っているのに…ッ!!戦争犯罪だぞ…!この戦犯者めッ!!」
「あなたは人としてではなく、蛆の肉として死ぬのだ。
地獄に死ね」
次の瞬間、バウムガルトナーは引き金を引きニコライの頭部を撃ち抜いた。
即死した政治将校に側近らしい高尚な軍人としての姿はなく、ただ力の抜けた死体として横たわった。
「人に来世があるならば、そのときはまた敵同士、殴ってやるから覚えておいて」
少尉が横を向くとそこには砲弾が着弾して建物が崩れる様子が見える。兵士たちの雄叫びも聞こえる。
「…随分な激戦が続いているんだ、みんな怒るかな」
少しアンニュイな表情をしてしばらく景色を眺めていた少尉。
しかしいざ大尉の案内で隊に復帰すると中隊のみんなは少尉の生還を大いに祝福してくれた。
「みんなーッ!バウムガルトナーが帰ってきたぞぉー!」
前線の後方なのもあってか、兵士たちの心持ちは案外余裕そうで、少尉を囲むように出迎えくれた。
「んじゃあ、ハーンを野戦病院まで頼む」
「はい、大尉」
二人の男に担架で運ばれていくハーンを見届けた大尉は盛り上がる兵士たちを遠目で見ていた。
「すごいな、噂は聞いていたよ、敵兵に捕まったんだってな?よく生きていたな、また大尉に助けられたのか?」
「え、ええっと…」
少尉がちらりと大尉の方を見ると、大尉は少し考えたあと少尉の肩に腕を回しながら会話の中に混ざってきた。
「いやいや!俺はただここまでの道案内をしただけだぜ。
バウムガルトナーは確かに一時期捕まったが、迫りくる紅旗兵をちぎっては投げちぎっては投げ、まさしく第三帝国無双といった有様でなァ!」
「ちょ…盛りすぎです…」
「いいじゃないか、今回の件は全部お前が持っていけ、俺は活躍しすぎないほうがいいんだ。皮肉にも活躍しすぎてお暇を貰えてお前のところに行けたんだ。
それでなぁ!バウムガルトナーの奴、ハーン曹長の仇である体格差2倍以上ある大男にケジメつけさせたんだぜ。部下の為に動けるイイ女だ」
「だってあれは大尉が勧めて…」
「いいのいいの!帝国無双が遠慮なんかするなって!」
熱く説得され、少尉も「まぁいっか」と一件落着として深くは考えずに心の底から笑っていた。
「あとは政治将校とやるだけだな」
「そうですね、おそらく市街の中心部にある司令部に逃げたのでしょう」
「ま!見つけたとき処遇を考えようぜ!」
「はいっ!」
しかし、そんな二人の予想とは裏腹に、アガンベギャナはすでに黒逸の包囲網を突破し市街を脱出して二人の部下とともに逃走していた。
「はっ…はっ…!やりました…!包囲網を抜けられたらあとはシムトカフまで逃げるだけです!」
「あ、ああっ…あんな負け戦に身を置けるかッ…!私は逃げるぞ…!」
部下とともに草原の道を駆け抜ける少佐だがそこに一台の軍用車がやってくる。北ナ連のGAZ-67だ。
「友軍だ…!おーい!任務終わりだ!今からシムトカフまで帰還するところだァ!乗せてってくれ!」
少佐が手を手を降ると車は停止した。
だが次の瞬間、乗車していた兵士が車載機銃のDShK38重機関銃を使って少佐の背後の部下をふっとばした。
少佐の頬に鮮血が付着する。
「えっ…」
同然と立ち尽くす少佐だったが、そこから降りてきた人物を見て表情がこわばり、そして震え始めた。
「何が任務終わりですか、詭弁ですね」
そこから降りてきたのはまさしく紅旗軍の総司令官であり書記長の側近、アクサナ・ヤロスラヴォヴナ・コチェグラであった。
普段は感情を全く出さず、常に厳しそうな無表情で人を見下しゴミを見るような目をしている。
切りそろえた黒髪のおかっぱで髪のインナーカラーは黄緑。
ハイライトのない黒い目、銀の丸メガネをかけていて、黒いゴム手袋を着用している。
誰に対しても身分関係なく敬語で異質な人物であることがひしひしと伝わってくる。
帽章と党旗の刺繍が天張りに入った制帽をかぶりルバシカM43の野戦服にはソ連の大将を表す襟章、肩章、袖章が見えた。
「コチェグラ大将…!いいい一体なぜここに…!」
「君を探していたんだ。
申し訳ない、僕が君を咲かしたい一心で根を腐らせるほど水をやった。
だがしかし、根が腐ってしまえばもう花は咲くまい、根こそぎほっぽり返して捨てるしかないのですね」
「ど、どういうことだ?」
「いつまで経っても功績を挙げられない君には僕も書記長も呆れている。そして残念ながらしっぽを巻いて逃げ帰ってくる少佐はいませんよ。
これ、総書記から渡された君の粛清書類」
ひらひらと一枚の書類を空中で泳がせる。そこには確かにアガンベギャナの顔写真が張られていた。
「ま、まて…部下を殺すのかッ!?私達は旧知の仲だろう!?」
「総書記の命令は絶対。
それに散々甘い汁吸わせて来たのです。その肥大した欲の図体は生物学的にふさわしくない、僕に下腹部がぽっこり飛び出た畜生道の餓鬼の知り合いはいませんね」
総司令官が書類を空中に投げた瞬間、その紙を貫くようにして車載機銃が放たれ、アガンベギャナの身体に無数の風穴が空いた。
「がはっ…ッ…!そ…んな…ァ…」
地面にできた血の池にぐったりと寝そべる少佐を見下ろしながらつぶやく。
「はい、今日の粛清は終わり、お疲れ様でした」
ついに姿を表した北ナ連のコチェグラ総司令官により政治将校はシュヴァルツたちの知らぬ間にこの世を去った。
冷酷無比なる北ナ連の総司令官、彼女は一体何者か。
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【補足】
この物語は史実である第二次世界大戦時の独ソ戦(1941〜1945)辺りの時代背景を下敷きの異世界でドイツ国とソ連がモチーフの国との戦争を生き抜く物語です。
登場する兵器や軍服などは名前が出ているものは実際に大戦で使われた物であり、調べていただきながらお読みいただくとより一層楽しめるかと思います୧( ˵ ° ~ ° ˵ )୨




