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第二十三話 大隊、前へ!

ときは夕暮れ。

すっかり日も傾き茜色に染まる黒逸帝都のハイフェンブルグを総統官邸から眺めているのは国家総統ヘルダーリンだ。


宮殿の様な豪華絢爛(けんらん)な中世を思わせるような様式の官邸の三階には大きな総統の執務室があり、一面は街を見下ろせるようガラス張りになっている。


彼女はその景観を前にして腰に手を組んで佇んでいた。


「総統、アーデルハイド少佐の第20歩兵大隊の第8偵察大隊より敵の作戦行動の予兆ありとのことであります。もし侵攻された場合、現状の装備、人員のまま、戦線を維持することは極めて困難と考えます。敵が行動する前に叩くならば今夜しかありません」


来賓用のソファに座るのは総司令官のベッケンバウアーだった。


「ほう、ベッケンバウアー、私が命じたのは都市の奪還だ。ただの大尉の提案をこの私に具申するとは、大層な勇気だな」


「し、しかし総統…敵を追い出してもリスクはなくなりません、いっそ包囲殲滅して敵数を削ったほうが良いと、戦略的に大切なのはわかりますが、いっそ更地にしてやるぐらいの思い切りがなければ…」


総統はしばらく苦虫を噛み潰したような不機嫌な顔をしているのがガラスに反射して総司令官にも見えた。


「そうか、生家も更地か…仕方がない」


「では…」


「ああ、頼む」


「わかりました、準備はすでにできています。

『ツァーンラート作戦』の発動許可を総統閣下に申請します」


総統は身を翻した。

背後から当たる夕日で逆光になった影からは総統の2つの目だけが生きていた。


「許可する。  

戦争に犠牲はつきものだ、今回の場合はそれが私の思い出だっただけさ」


その晩、世界は宵闇に包まれた。


曇り空が星月夜を隠し、一層不穏な夜風が草木を揺らす。


基地を抜け草原を抜け、森を抜けようとしているのは、紛れもないシュヴァルツ大尉たちだった。


大隊の歩兵たちの大量の目玉が、闇夜に浮かび上がる猫の目のように光っていた。


各々(おのおの)の手には短機関銃はMP40、グロスフスMG42機関銃、小銃のKar98k。

他にもパンツァーファウストやフリーガーファウストなどの歩兵の携帯武器を背負う大群が光のない森の中を全身していく。


ゆっくり進むと森を抜け、街を見下ろせる場所へ来た。


「砲兵部隊、とまれ」


アーデルハイド少佐の指示が伝達されケッテンクラートで牽引されてきた15cm重榴弾砲が等間隔で設置される。


「第206歩兵連隊、前へ」


そう呼びかけられるとシュヴァルツたち歩兵は銃器を持って茂みを下ってゆく。


市街に通じる橋が見えた。


「街の側面に建てられたアパート群が恐らく防衛線だ、砲兵と戦車が出るまで待て」


シュヴァルツ、バウムガルトナー、ハーン、その他大勢の歩兵たちの戦意は最高潮だ。


その頃、市街では駐在している北ナ連の紅旗軍の兵士たちが商店の中に入り込んで食料を漁っていたり、基地の中で夜に合わせて睡眠している兵士たちがたくさんいた。


「よし…缶詰食料はこれで全部っぽいな」


「しかし、この街には総統の生家があるから絶対に奪い返しにやってくると踏んでいた書記長の思惑は外れたな」


「ああ、いわば聖地のようなところだからな、絶対に奪還を仕掛けてくるかと思ったが…」


歩哨がそんな他愛も無い会話をしていた刹那、地獄の火蓋が切って落とされた。


地の底から響いてくるようなくぐもった砲声がフンドールの夜を襲ったのだ。


「砲音だッ!敵襲!敵襲ゥゥーーッ!!!」


一人の北ナ連の兵士が叫ぶと、テントの中で寝泊まりしていた兵士たちがすぐに飛び出して短機関銃のPPSh−41、PPS-43、DP28軽機関銃などを持って戦闘態勢に入る。


「南の方から聞こえたぞッ!!我々はそこへ向かい防衛線の維持に(つと)める!!」


だがその防衛線も長くは持たなそうだ。


榴弾砲が次々と砲弾を撃ち出しては対岸の市街の防衛線を攻撃する。


建物に潜んでいた兵士や橋の終点で迎撃しようと構えていた兵士たちはことごとく降り注ぐ砲撃に消えた。


そしてその機会を逃すまいと黒逸の戦車隊が茂みからゆっくりと鋼の巨躯を繰り出した。


III号戦車、IV号戦車、VI号戦車ティーガーI……頼もしい車種ばかりだ。


「よーしッ!!重榴弾砲と戦車隊が砲撃をしてくれているうちに俺たちは対岸へと渡るぞッ!!」


我先にと飛び出していったのはやはりシュヴァルツ大尉だった。


MP40を握って飛び出すと、中隊の兵士たちも続々と橋の下を通って渡河していく。


一万人近い歩兵たちの波が一斉に押し寄せてきた。


戦車たちも追いかけるように一斉に進軍を開始した。


だがジャバジャバという水の跳ねる音に気が付かれたのか、生き残っている敵兵たちは建物の上から銃撃を浴びせてきた。


「まずい…残兵が思いの他多いぞ…。

だが今更引き返しても相手に時間を与えるだけだッ!!全隊進めェーッ!!奴らの遺伝子を根絶やしにしろ!!」


川に足を取られながらも斜め上の屋上に潜む銃手を撃つ。困難なことだがやるしかなかった。


一人、また一人と敵の凶弾に撃たれて川面に浮かぶ。


「大尉ッ!橋脚に隠れてくださいッ!!遮蔽物がないと大尉が撃たれますよ!!」


バウムガルトナーの呼びかけに、大尉は銃撃を止めることなく答えた。


「構わん!この程度で死ぬようなら俺はそれまでだッ!この作戦に参加した時点で俺たちは死兵だ!!

死人が死を恐れるものかッ!!」


大尉の叫びは中隊の士気は飛躍的に上げた。

味方の銃撃は激しくなり、敵の攻撃先に橋の上を歩兵と渡っていた戦車の砲撃がついに敵に命中し建物もろとも崩れ去って敵の猛攻撃は終わった。


「こ、こちら南方守備小隊…!黒逸の夜襲により防衛線瓦解しつつあり!撤退を要求する…!!」


「うわぁっ!!来たぞッ!!ティーガーだッ!!」


端の上を守備していた北ナ連兵も土嚢に隠れて攻撃するが小隊程度の装備ではかなうはずもなかった。


「…繰り返す、こちら司令部、撤退は許可されていない。逃亡した場合は督戦隊により銃殺される」


無線機の向こうからノイズ混じりに伝えられたのはその場の死守、それだけだ。


「く、クソ…ッ!攻撃を続けろォーーッ!!引けば殺されるが進めば名誉の戦死だァッ!!」


その瞬間、戦車の水平射撃により向かってきた敵兵の四肢は爆散した、戦車は無情にも敵兵の死体をブチブチと踏み潰して進んで行った。


戦車や歩兵はなだれ込むように市街地へと突き進んだ。


「第一防衛線突破ッ!戦果は大打撃!大打撃!」


その電報が無線に入ると後ろで待機していたアーデルハイド少佐たちの顔に安堵の表情が浮かんだ。


「よし…ペースはいい感じだ。

このまま残兵を掃討しつつ、敵後方部隊を壊滅されたし、大隊、フンドールへ進軍せよ!」


支援を終えた重榴弾砲は再びケッテンクラートに牽引されて遅れて市街へと向かう。


アーデルハイドの大隊はひとまず、市街への進軍を成功させたのだ。


街の南の防衛陣地はすっかりと壊滅し、川は敵味方の血の色で染まった。


月は高く登り、真夜中になった。


進軍に成功した戦車隊は音を立てぬようゆっくりと街路を進み、それを護衛するように配置された歩兵たちが警戒しながら随伴する。


「しかし随分荒らされたっスね」


確かに都市フンドールはひどい有様だった。


家屋は倒壊して瓦礫の山が広がっている。

かろうじて残っている建物も灰になりかけて、というか街全体が煤で汚れたように黒くどんよりとしている。


空にはあちらこちらから立ち上る黒煙で空は汚れ、血と火薬と腐臭がアンバランスに混じり合って重い戦場の空気として停滞している。


しばらくすると博物館前の更地となった広場に到着した。


博物館前の公園も道路も激しい戦闘の跡が残っていた。

おそらく、紅旗軍が侵略してきたときの友軍の抵抗の跡だろう。


「大尉としてはひとまずこの場所を陣取って待機したいと思うが、他の隊の奴らも賛同してくれるかな」


「ええ、おそらく。

ここはまだ敵地、敵が何を施してきているのか未知数です、安全のため、歩兵と工兵からなる部隊を組織して進路を確保してもらったほうがいいかと」


戦車隊は博物館前に停車し、そこを軸として歩兵たちは少数に固まって分散し、警戒態勢に入った。


「こちら第54歩兵中隊長、シュヴァルツ大尉だ。

無事到着できたか?どうぞ」


「こちら第55歩兵中隊、無事目的地に到着した、敵の気配はなし、どうぞ」


「よかった、他の歩兵中隊にも確認してくれ、あと工兵に防衛陣地を築かせて敵襲に備えるよう……」


大尉が無線を通して他の部隊との連絡を忙しそうに取っている。


やることのなくなった少尉と曹長は空気を呼んでふらふらと立っていた。


「やることないなら索敵でもするっスか?」


「うん…そうだね、大尉忙しそうだし…」


二人は短機関銃を持って付近の索敵を始めるのであった。

評価、ブクマ、感想などいただけると大変励みになります…!ぜひ…!╰(⸝⸝⸝´꒳`⸝⸝⸝)╯








【補足】




この物語は史実である第二次世界大戦時の独ソ戦(1941〜1945)辺りの時代背景を下敷きの異世界でドイツ国とソ連がモチーフの国との戦争を生き抜く物語です。




登場する兵器や軍服などは名前が出ているものは実際に大戦で使われた物であり、調べていただきながらお読みいただくとより一層楽しめるかと思います୧( ˵ ° ~ ° ˵ )୨

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