第十八話 歯車仕掛けの作戦
アーデルハイト少佐と戦車隊たちはシュヴァルツたちのいる野営地へ向け都市奪還作戦のために移動し始めていた。
少佐が戦車隊列の戦闘のティーガーの上に乗って移動していると、戦車の砲塔の中から一人の戦車兵が出てきて受話器を外した野戦電話を手渡してきた。
「どこからだ?」
「総司令官からです。アーデルハイト少佐に繋げと」
「…これ野戦電話だろう、電話線の敷設はしていないが繋がるのか?」
「はい、車内の無線機とつながっていますので」
「ほぅ…最近の機械はよくわからないな」
よく見ると砲塔のキューポラから半身を出す戦車兵のそばに電話につながるように二本のケーブルが接続して伸びているのが分かる。
電話を受け取ると戦車兵は車内に戻って言った。
黒いショルダーバッグのような野戦電話の受話器を耳に当てると向こうから黒逸の国家黒十字軍の総司令官、ベッケンバウアーの声が届く
「少佐、今なにしている?」
「はい、敵機からの急襲を受けて移動が遅れているが、作戦目標である都市のそばの野営地に向かっている」
「そうか、では歯車作戦準備開始だ。われわれも司令部から武運を祈ろう」
「ありがとう、司令官。ご期待にそえるよう全力を尽くす」
「ハハ、あまりウチに恥をかかせるなよ、貴様の命と家族の命はウチと総統閣下が握っているんだ、必ず作戦は成功させろ」
「大丈夫だ、こっちには君の作戦の上をゆく立案をしてくれる大尉がいるからね」
その言葉を吐いた瞬間、ブツリと通信が切れる。
「犬畜生め、隙あらば私の家族を脅しつけやがって」
焦燥感と悔しさを感じながら少佐は受話器を戻した。
その頃、野営地ではハーン曹長からの偵察の報告を受け付けるバウムガルトナー少尉の姿があった。
「少尉、敵は街の中で市民の虐殺や凌辱、食料の略奪などを行っているっス、様子を見るにあまり整った指揮ではなさそうっス、統一された軍隊というよりゴロツキの残兵、ただ敵数は想定より多そうっス、ざっと3万以上は…。本隊の動きも、司令部の位置もつかめないっスね」
「そうか、偵察ありがとう。一旦休んでていいよ」
「うっス」
(偵察でも満足な成果はなし…あとは大尉の働きにかかっています、どうでしょうか、大尉)
少尉は作戦に影響を与えるほどの情報がなかったことに少し落胆し、この場にいない大尉を想って空を見上げた。
その肝心なシュヴァルツ大尉は別の場所の通信設備の整ったテントの中でヘッドホンを装着して座る通信兵と会話を交わしていた。
「なにか聞けたか?」
「いいえ、敵部隊は一週間前から無線封鎖をしているらしく、何も傍受できない状態が続いています」
「そうか、通信兵、なにか異変はないか?」
「最近、意味不明な通信は聞こえるようになりましたけど…こちら側の不備なのか敵の不備なのかわかりません」
大尉は顔に疑問を浮かべる表情に変えた。
「…本当に無線封鎖か?聞かせてみせろ」
通信兵のヘッドホンをもぎ取り制帽にひっからないよう横にして装着すると、砂嵐のような小さな雑音だけが聞こえてくる。
「たしかに雑音しか聞こえないな…いやまて、なにか聞こえるぞ…」
しばらく聞いていると何やら人の声が聞こえてきた。
しかしそれは全くもって意味不明の単語と羅列だった。
「縺比ク?錐逾ュ…繧ォ繧ュ繧ッ繧ア繧ウ縺ェ繧翫∪縺励◆縺代←縺ェ繧薙〒縺吶h縺ュ……繧ィ繝ュ蜷………御ココ隱悟叉螢イ莨夊」
「これは…ッ!?」
おもむろに聞こえてきた宇宙人の交信のような音声にヘッドホンを机上に放り投げてしまった。
「ほら、よくわからない音声がたまに…」
通信兵がヘッドホンを拾おうと手をのばすと、大尉は顎に拳を乗せてしばらく静止して考えると、ある一つの結論にたどり着いた。
「わかったぞ…これは秘話だ」
「秘話?」
「暗号…とまでは言わないが音声通信で盗聴を防止するために音声を聞き取れなくしているんだ。そういう秘話装着なるものがあると聞いた、この意味不明な音声は音声の周波数スペクトルを反転させたものだぞ、初歩的でアナログなものじゃないか!早く専門家を呼んで信号を解読しろ!」
突然の大尉の言葉に近くにいた通信兵たちも思わず感嘆の声を上げる。
「た、大尉は解読までできるんですか…?」
「何言っているんだ、旧式のインバータ、つまり音声の周波数を反転させる簡単な秘話のやり方だ、解読もその周波数をもとに戻すだけで簡単、むしろなぜ気づけなかったんだ?」
「この前大隊の中でベテラン通信兵の異動があったんですよ、軍の全体的な通信能力を上げるために…それで散っていってしまって、今は割と若い兵が装置を扱っているんですよ、でもこれで秘話の解読ができそうです!」
そう言うと通信兵はヘッドホンを装着して再び任務に取り掛かった。
(史実のソ連軍も1943年ぐらいまで旧式のインバータで通信していたんだっけな、ドイツ軍も『かわいいインバータ』なんて呼んで盗聴し放題だったって聞くし…)
「まずは人事異動の見直しだな、全く…バランスが悪すぎる」
テントから出ると肩をおろしてため息まじりの独り言を披露した。
するとちょうど見計らったかのようにアーデルハイト少佐たち率いる歩兵が到着した。
兵員もかなり少なくなっている、おそらく別の基地へ配属されていったのだろう。
作戦の根幹に関わるシュヴァルツしかり、大隊指揮官のアーデルハイト少佐はこの本営と言っても過言でない基地に集まったのである。
「遅いぞアーデルハイト、戦車隊はどこ行ったんだ?」
「戦車が走った後の轍を消したり戦車や車両が駐車する宿営地を探したりしているうちに遅くなってしまった。
さて大尉、今日から徹夜だ」
大尉の頭上にはハテナが浮かぶ。
少佐は大尉の身体を引き寄せて耳打ちをする。
「実は総司令官からの作戦用紙が届いている、都市の奪還作戦、名付けて『歯車作戦』、その内容を精査する作業に入る」
「ええっ…軍費の計算とかできないが…」
「大丈夫だ、君には天賦の才がある、君に求めるのはそのまるで未来の時代から持ってきたような閃きだけでいい、いいな?」
説得される形で渋々了承した大尉は夜間の作戦会議に出ることになった。
太陽が沈み、瞬く星の下、夜の底に沈んだような位野営地のテントの中、明るい一つの電球の下で作戦会議が始まった。
メンバーはアーデルハイト、そしてシュヴァルツ、そして数人の男の指揮官のみだ。
少佐以外は全員席について狭い中、じっとして説明を聞く。
「戦略的要衝である軍事都市フンドールを敵軍から奪還する歯車作戦について話す。
私率いる第20歩兵大隊を中心に砲兵、第1装甲師団を動かし戦車や装甲車による支援を受け市の南側から市街に突入し北ナ連の紅旗軍を潰走させ街の中心部を叩く、これが大まかな内容だ。何かあるか」
するとやはり大尉が口をはさむ。
「待て、空軍の航空支援は受けられないのか?ならば長引くぞ、空輸による補給が思うように得られなければ膠着状態になる。
それに今回のような戦局であれば縦深攻撃がいい。
主力部隊によって敵の前線を突破、後方の敵部隊を壊滅させ、我ら機甲部隊のもって利点を活かし機甲戦を展開し包囲殲滅するやり方だ。
目標の奪取ならば電撃戦のほうがいいが、聞く話によると都市機能の殆どが敵によって破壊されている。
今回は奪取ではなく、集まっている敵の殲滅に力を注いだほうが今後の展開に有利だ」
論理的な戦術を説明し作戦の穴をついた的確な指摘に思わず周りの指揮官も驚いた。
「しかし、総司令官は敵都空襲に使うから空軍は出せないと書いている」
「相手が少佐だからそう書いたのさ、だが縦深攻撃は敵の退路を遮断する必要がある、航空機は必須だ。俺が明日ベッケンバウアーを説得してやる」
すると少佐は少し気難しそうな顔をした。
「シュヴァルツ、悪いが総統命令で都市の破壊は極力抑えろと言われている。
作戦の本筋も敵の殲滅ではなく都市の奪還だ、この前みたく電撃戦で…」
言葉を遮るように大尉は机を叩いて素早く立ち上がった。
「いいかッ!お前は見ていないだろうが俺は都市の現状を見た!街の家宅は破壊され、田畑は焼き払われ逃げ遅れた女老人子供は撃ち殺されもはや人のいない文明の亡骸だ!!総統の矜持だかなんだか知らないがあんな廃墟の街に固執しても得られるものはない!総統や総司令官は現場を見てない!内地でぬくぬくしているやつに、刻一刻と変わる戦場の様子がわかるものかッ!!」
大尉の言葉は熱を帯びその場を温めた。
少佐もやれやれといいつつかすかに笑っていた。
「やはり頼もしいな、お上ばかりに怯えて現場をよく見れていなかったのは不覚の至りだ」
「お前は家族の命を握られているからな、下手に逆らえるまい。代わりに俺があのメガネ野郎に楯突いてやるんだ、感謝してくれよな」
大尉が笑い返すと深夜まで続いた作戦会議は終わりを告げた。
もう夜も深い、大尉は照明の消えた会議の行われたテントの中で椅子を並べてその上で資料を確認しながら眠りにつくのであった。
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【補足】
この物語は史実である第二次世界大戦時の独ソ戦(1941〜1945)辺りの時代背景を下敷きの異世界でドイツ国とソ連がモチーフの国との戦争を生き抜く物語です。
登場する兵器や軍服などは名前が出ているものは実際に大戦で使われた物であり、調べていただきながらお読みいただくとより一層楽しめるかと思います୧( ˵ ° ~ ° ˵ )୨




