第十四話 邂逅
先程の作戦で武功を挙げた大尉は一躍軍隊内で話題に上がっていた。
シュヴァルツ大尉は弾薬箱に腰掛け、中隊の部下たちを前に自慢げに語る。
「ああいった戦法の弱点は囮の陽動部隊にある。
元ある兵力を分散しているから、当然中央部隊の兵力は減る。
巧妙な作戦と練度の高い兵を率いる以上は指揮官は間違いなく陽動部隊にいる、挟み込まれる前にさっさと突破してしまえばいい、とにかくスピード、それが重要だ」
部下たちは感心したようにうなずきながら手記に大尉の言葉をメモしている。
「いやぁ〜、まさかあの大尉から学ぶことがあるなんてなぁ〜」
「おいそこッ!一言多いぞッ!!」
するとどっと笑い声が起こった。
和気あいあいと説法をしていると大尉は「解散ッ」と言う言葉でその集会を締めた。
「お疲れさまです大尉!
珍しいですね、貴方の方から部下と交流を持つなんて」
「あぁ、第54歩兵中隊から優秀な指揮官が輩出されることを願ってな。
…というか、そんなことまで気にされなきゃいけないほどの人物だったのかシュヴァルツは…」
後半の言葉を小声で愚痴っぽく言って呆れていると、彼女のもとにザッザッと足音が近づいてきた。
「あ、シュヴァルツパイセン、久しぶりっスね。 元気そうで良かったっス」
軽々しい口調で、話しかけてきたのはぱっつん前髪に前下がりに切りそろえた横髪、そして束ねた長い後ろ髪の深緑髪にジト目の茶色い瞳を持った同い年ぐらいの少女だったの。
シュタールヘルムとフィールドグレーのM40野戦服。
標準的な歩兵装備、勲章はもらったことがないのか、軍服についていなかった。
「な、何だお前は…ッ」
困惑する大尉、すぐにバウムガルトナー少尉が少女の肩をつかんで説明する。
「この子は私の小隊所属のドロテー・ハーン曹長ですよ…!こらっ、大尉相手にそんな失礼な言葉遣いはやめなさいと…」
「そうっスけどぉ〜…自分、まだ大尉に頼まれて建立て替えたタバコ代、貰ってないんすよねぇ」
ドロテーと名乗る曹長は大尉に詰め寄って手のひらを差し出した。
「タバコ代…?い、いや…今財布持ってなくて…」
急いでポケットをまさぐると、代わりにあったのは財布ではなくタバコ一箱。
それをつかんで彼女に見せると「お金ないんだったらそれでいいっスよ」と言って奪うように掠め取った。
「…お前未成年に見えるが…」
「ああ、売るんスよ。
…それより大尉、随分変わりましたねぇ、タバコは吸わない、酒は嗜む程度…言葉遣いもまるで中身が変わったように別人だ。
少尉への暴力は飽きたってとこっスかね?」
嫌味ったらしくタバコを片手で投げて遊びながらドロテーは去っていった。
「何だあいつ、嫌なやつだな…」
「ご、ごめんなさい…ッ!いつもあんな子じゃないんですけど…。
一応、同じ中隊の仲間なので…まぁ仲良くしてあげてください」
必死に頭を下げる少尉、大尉はハーンと名乗る曹長のことを同じ中隊の仲間として気にせずにはいられなかった。
(やっぱりそうだ…あのシュヴァルツ、野戦病院に入院してからまるで別の人格が入り込んでいるみたいだ。
おまけに記憶喪失らしい…金にうるさい大尉が、『タバコの立て替え金を払い忘れている』なんて嘘に気づかないはずがないっス…。
これは…ちょっと使えるっスねぇぇ〜〜)
一方のハーン曹長はまんまと嘘に騙された大尉を背後にニヤリと微笑んだ。
記憶喪失の彼女をうまく利用しようと企んでいるようだった。
タバコも吸わなくなったシュヴァルツには実害がないのでそんな嘘には気づかず、のんびりしていると二人のもとにアーデルハイト少佐がやってきて話しかけた。
「二人共、よく聞け。
まもなく、国家黒十字軍の総司令官がこちらにおいでになるそうだ。
特にシュヴァルツ、君の顔はよく見たいとおっしゃっていた」
「えっ…総司令官が…?」
その単語を聞くと、急に身が引き締まった。
さぞかし有能で威厳を放つ輝かしい人なのだろう、総司令官という肩書だけでそう思った。
「もうすぐくるぞ、私と共に出迎えよう。
バウムガルトナーはここに残ってくれ」
「はいっ!了解しました!」
「よし行くぞ」
敬礼する少尉を残し、大尉は導かれるままにその場をあとにした。
やってきたところで同じ野営地なのでさして景色は変わらない、ただ変わるとするならば遠方からやってくる軍用車両のキューベルワーゲンがいたことぐらいだ。
ぐんぐんと迫る車両が二人の目の前に荒々しく停車すると、後部座席のドアを開けて一人の軍人が地に降りた。
ポンパドールの茶髪と丸メガネ、そして左頬から側頭部の左耳にかけてまでの刀傷の跡が特徴的で初見の大尉もすぐに覚えられた。
「ふぅぅ〜…全く、よりにもよって赤子殺し共と同じ空気を吸わなきゃならんとはな…」
その言葉は大尉の第一印象を最悪にするのには十分過ぎた。
「お前…今なんて言った?
前線で必死に戦っている兵士に向かって赤子殺しだ?」
「あ?癪に障ったか?事実だろ」
今にも二人は一触即発の状態だ。
「おいやめろシュヴァルツ!この方は総司令官のギーゼラ・ベッケンバウアーなんだ、いきなり食って掛かるような態度はするな、階級をわきまえろ!どんな目に遭うかわからんぞ!」
アーデルハイトの小声の静止によりなんとか事態は免れたが、ベッケンバウアーの饒舌は止まらない。
「勘違いするなよ、この崇高なるベッケンバウアー総司令官様、総統閣下の御命令でない限りこんな蛮地などに来るものか。
…それにしてもアーデルハイト少佐もこんな問題児を抱えて大変だな」
ベッケンバウアーは鋭い視線を向ける大尉に目を遣りあざけるように言う。
アーデルハイトは悔しそうな表情を見せる大尉の顔を見て、擁護するように言う。
「…確かに、以前は問題児でした、ですが今は立派な軍師の一人ですよ、私も、彼女に少し背中を預けてみようと今回の件で思った程です」
そう言うと途端に表情を歪めた総司令官は少佐に近づき拳で小突いた。
「あんまり図に乗るなよなぁ少佐ぃ…王家の矜持なのかなんなのか知らねぇが、貴様の親の皇帝と妃、そんで姉の皇女サマもウチらの『結束党』の支配下にあるんだ、反帝政の立場の総統は王家の処刑を急いでいる、結束党配下の国家黒十字軍に勤めている以上、反抗は危険分子とみなすぞ」
冷たい口調で少佐の背中に指を這わせながら耳元でささやいてくる。
「まさか…それを言いに来たのか…?」
「そうだ警告さ、今までの反抗的な貴様の態度を見れば妥当な判断だ。
そんで今回の件で総司令官としての立場と権威を疑われた、大人しく作戦を実行していればいいものの…大尉と組んで余計な事しやがってよぉよぉ〜?
…貴様の命はぁ…ウチが握ってるんだぜ…?もう余計な口出しはするなよな、あと隣の反抗的な奴もしっかり抑えておけよ、ウチより目立つと困る」
ニタニタ笑いながら身体を離す総司令官はぐるっと踵を返して乗ってきた車両に向かった。
「では諸君、さらばだ。総統閣下の期待と銃後国民の期待が背後にあることを忘れずに頑張ってくれ。
アハッハッハッハッハッ!!!」
高笑いしながら彼女は軍帽を降って車両に乗り込むとそのまま車を運転手に走らせて去っていった。
それを見つめながら少佐はいう。
「…元はあんなやつじゃなかったんだがな。
総司令官という責任と多忙、そして総統からのプレッシャーで今少し気を病んでいるだけなんだ、喧嘩っ早いのはもともとの性格だがな、あの顔の刀傷は小さい頃の決闘で負ったものらしい、決闘相手を車椅子生活にさせてやったんだとさ、おっかないやつだ」
呆れた口調でもそう話す少佐に大尉は少しうつむいて顎に手を当てて考える。
(そうか…この国家黒十字軍は結束党によって組織されているって転生してはじめに聞いたな…総統もいる…聞いた話によるとその党は黒逸第三帝国を支配しているとか聞いたが…一体どんな人物なんだ…?)
すると大尉は真顔をアーデルハイト少佐に向ける。
「少佐、教えてくれ、総統とはどんな人物なのか?
過去にお前の父親、つまり皇帝陛下が国を閉ざして国力を下げてしまいそれに反感を持った結束党が台頭したという話は聞いた、そしてその党の人間にお前の家族の王家も軟禁されているとも」
「…そうだ、私が戦地に立つのは王家の権力を取り戻し、家族を開放することだ。
総統のことが知りたいか、ならばラジオをつけてやろう、来い、彼女の声を聞かせてやる」
そう言うと少佐は大尉を近くのテントの中に誘い込むとテーブルの上にある木製の外観の無線ラジオを見せ、ダイヤルのつまみをいじり赤い針が特定の周波数を示すよういじると段々とスピーカーから鮮明に音声が聞こえてきた。
「ちょうど総統閣下が街頭演説を放送しているところさ。
記憶のない君に、黒逸第三帝国がどういう国なのかを教えてあげよう」
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【補足】
この物語は史実である第二次世界大戦時の独ソ戦(1941〜1945)辺りの時代背景を下敷きの異世界でドイツ国とソ連がモチーフの国との戦争を生き抜く物語です。
登場する兵器や軍服などは名前が出ているものは実際に大戦で使われた物であり、調べていただきながらお読みいただくとより一層楽しめるかと思います୧( ˵ ° ~ ° ˵ )୨




