21.追及と警戒と約束
帰宅して、夜になった。夕飯を食べ終えると、スマートフォンの通知ランプが光っている。何だろうと思ってスリープを解除するとリンちゃんからメッセージが届いていた。
『ねえ、マコお兄ちゃんにアヤお姉ちゃんが男嫌い克服しようとしている話してもいい?』
『マコお兄ちゃん、アヤお姉ちゃんが相談するなんて余程のことがあったんじゃないかって心配してるんだよ』
『だから安心させる為にお泊まり会であったこと話していいかな?』
私たちの中では女子会などで話したことは基本的に男子には話さないという暗黙のルールがある。だから律儀なリンちゃんはわざわざ聞いてきてくれたのだろう。
どうしようかと悩む。元より男嫌い克服の話はでっち上げである。私はまだ自分の男嫌いを直そうとは思っていないし、下手に協力すると言われても困るなと思った。
かと言って、じゃあ心配をかけていいのかと言われると何も言えない。リンちゃんには自分で言うからいいということにして、真には他の理由を伝えるか? でも他の理由なんて思いつかないし……。とまで考えたところで、スマートフォンが鳴った。真からもメッセージが飛んできたのだ。
『この前の相談、今になって心配になってきたよ』
『もしかして同級生とうまくいってなかったりする?』
『綾音ちゃん、もし困ってることがあるなら言ってね』
そして、狸が『助け合い』と言っているスタンプを送ってきた。
「真ったら……」
気遣いが何だかくすぐったくて思わずくすりと笑ってしまった。
私はまずリンちゃんに返信する為に文面を考える。
『聞いてきてくれてありがとう。真には自分で伝えるから大丈夫よ』
返事はすぐに届いた。
『そう? わかった! アヤお姉ちゃん、克服頑張ってね!』
『ええ。ありがとう。頑張るわ』
リンちゃんに心にもないことを言うのは気が引けたが、かといってこの世界が乙女ゲームだと伝える訳には光太郎曰くいかない。無難に話を合わせておいた。
さて、今度は真にどうやって伝えようかと思っていると、またスマートフォンの通知音が鳴った。今日は何だか慌ただしいな……と苦笑しながら、今しがた届いた光太郎のメッセージを見る。
『聞き忘れてたんだけどお前、スミ姉やリンになんか余計なことを言ったか?』
真にはどう返信したらいいかわからなかったので、先に光太郎に返信する。
『どうして?』
『スミ姉からメッセージが届いてた』
『何か出来ることがあったら言え、俺とお前に協力するのはやぶさかじゃないって』
『お前まさかこの世界がゲームだとか言ってないよな?』
『ぷんぷん』と怒った狐のスタンプを送ってきた光太郎に、リンちゃんはわざわざ聞いてくれたのにお泊まり会のことを話すのは気が引けたけれども、彼には黙っていても仕方がないかと話す。
『実は二人にも真に聞いたのと同じことを相談していたの』
『それで、仲良くしたいと思っているのが男子だとばれて』
『理由を聞かれて、咄嗟に男嫌い克服の為って言っちゃったのよ』
すると、次の返信が届くのに少し時間がかかった。
『それ、二人にちゃんと口止めしてあるんだろうな?』
『いえ、してないけど。何で?』
『わかった、俺の方から言っとく。絶対にそのこと、二人以外に話すなよ』
『いやだから何で』
『何でも。余計なことをされたくなかったらな』
結局理由は話してくれなかった。彼が無意味にそんなことを言い出すとは思えないので、何か訳があるのは確かだと思うのだが。疑問に思いながらもそれじゃあ真にも話さない方がいいのかと、どう嘘をつくか考える。
『心配してくれてありがとう。同級生との仲はいいから大丈夫よ』
『そう? じゃあ何で突然あんな相談してきたの?』
『社会人になった時に交友関係を広げられないと困るかな、と思って』
『本当にそれだけ?』
『ええ、それだけ』
『それならいいんだけど』
真に返信をしながら内心冷や汗をかいていた。どうしてすぐに引き下がってくれないんだろう、本当は何か気づいてたりして。しかしそんなことは考えていても詮無いことだったので、やめた。
代わりに思ったことは、最近は変な男どもが寄ってこなくなったなということで。それ自体はいいことだったけれど、油断していると現れるのが奴らである。気を引き締めておくに越したことはなかった。
夜眠る前。寝られなくて、子守唄がわりにゲームについて考えていた。何となく生徒会メンバーについて思いを馳せる。
そういえばゲームと所属している生徒が全然違うなと、今更になって気がついた。副会長はそもそも名前すら出てこなかったから、そういうものかで済ませられる。光太郎はイレギュラーな存在だから、元々所属する予定だった生徒を押し除けて所属できたのだろうと思える。でも、スミ姉は?
「立ち絵も名前も全然違う」
あの乙女ゲームの設定を何とか思い出す。『大山命』という生徒がゲーム内では生徒会書記になっているはずだった。しかしその席には既にスミ姉が座っている。……よくよく考えてみるとそれっておかしくないか?
「しかも大山先輩は柴﨑先輩ルートでは超重要キャラじゃない」
彼女がいなければ、特に最後の急展開に話を持っていけない気がするのだが……。しかし私はむしろ安堵していた。
「何だ、それなら柴﨑先輩ルートは問題ないのね」
だって先輩のルートで命を狙ってくるのは他ならぬ大山先輩その人なのだから。まさかスミ姉が豹変するとは思えないし、というか彼女が目の色を変えるのは光太郎関連のみである。彼女が『柴﨑君が好きだからお前は邪魔』とか言い出すとは思えなかった。
「まあ警戒するに越したことはないけど……」
そう思って目を瞑る。頭を使ったお陰か今度こそ眠りにつけそうだった。
それからしばらく経ち。その間に天城さんをお昼ご飯に誘ったりと色々あった。
ある日のお昼休み。今日も今日とて皆でわいわいとお弁当を食べていると、突然天城さんが言った。
「ところでA組のもう一人の学級委員が決まらないんだけど、どうしたらいいと思う?」
「あら、まだ決まってなかったの?」
そう尋ね返すと、天城さんは明らかに落ち込んだようだった。高い位置で結ばれたツインテールもしょんぼりと萎れているかのようで、ちょっと可哀想である。
「そうなの……何でかしら……」
「……」
「『自分の胸に手を当てて考えてみろ』だとさ。まあ俺も手伝ってやりたいが、こればっかりはなあ」
確かに一生徒の悪い噂を広めた人間と一緒に仕事をしたいと思う人間は限られているだろう。これもある意味彼女への罰なのかもしれない。
「でもそれじゃあ今は学級委員の仕事、全部天城さん一人でこなしているのよね? 大変じゃない?」
「それは大丈夫よ、先生も気を使ってくれてるし。……でもこのままだと」
「……」
「『催し事があった時に役割を決められない』……確かにな、今の天城一人でまとめ上げるのは酷か。やっぱり俺生徒会に入らない方がよかったんじゃ……」
すると慌ててその言葉を遮るように声を上げる天城さん。
「わーわーわー! 坂本、あんたはそんなこと気にしなくていいの! ……これは私が一人で乗り越えなくちゃいけないことだから」
「天城さん……」
いつになく殊勝な天城さんに私と光太郎は同情の目を向けた。私もA組だったら何かしら手伝えたかもしれないが、残念ながらB組である。やっぱり他のクラスの問題に口を出すのは勇気が要ったし、それに私は彼女のことをまだ見極めきれずにいた。その上で何かをしようとはどうしても思えない。すると天城さんが何かを決心したように。
「女子だけど、この際誰でもいいわ。先生もきっと許してくれる筈……!」
そしてそのまま、天城さんが箸を置いて来栖さんを指差した。
「という訳で来栖、一緒に学級委員をしましょう!」
「……?!」
「『何で自分が?!』」
「だって、もうあんたしか残ってないのよ……」
そう言ってまたもやしおしおと萎れる天城さんを見て、可哀想に思ったのか光太郎が助け舟を出した。
「来栖。俺はお前A組の学級委員に向いてると思うぞ? 字は綺麗だし、何だかんだで天城に意見できてるし」
「……!」
「別に裏切ってねえし、本心だし」
「……!」
光太郎の胸辺りをぽかぽか殴る来栖さん。するとその様子を見て天城さんが口を開いた。
「来栖。……あんたが私のこと許せないって思ってるのは知ってる。私もそれ位のことをしたっていう自覚はあるしね。だからあんたにいつもの仕事は任せない、自分でやる。だけど私がクラスメイトの前に立つ時だけでいいから手伝ってくれないかしら……」
「……」
来栖さんは天城さんの方を向いて何事か考えているようだったが、返事が決まったのか光太郎の袖を引っ張る。
「……」
「あーその『手伝うのは構わない。ただし新しい学級委員が決まるまで。自分は学級委員にならない』だって」
「……それでもいいわ、ありがとう来栖」
天城さんはその言葉を受けて力が抜けたようにへにゃりと笑う。あの時彼女は「一人でもできる」と光太郎に啖呵を切っていたが、やはり不安だったんだろうなと思った。
それに、と思う。来栖さんは正直まだ天城さんのことを嫌っているのかと思っていたのに、割とあっさり引き受けた所を見るに実はそこまでではなかったりするのだろうか。何故かそのことが少し引っかかった。
その日、生徒会室に行く途中。雑談ついでに光太郎に聞いてみた。
「光太郎は色々あった割には天城さんに甘いわよね」
「え……そ、そうか?」
彼にしては珍しく動揺した声を出した。きっと自覚があるから動揺するのだろうと思った私は言う。
「案外本当にロリコンだったりしてー?」
「それはない」
「……やけに断言するのね?」
「まあな。俺が彼女に甘いと思われてるんだとしたら、その理由は一つしかない。……今は言えないけど」
そこで息を吸うと、彼は私を真っ直ぐ見つめて言った。
「いつか話す時がきたら、その時は聞いてくれるか?」
「ええ、勿論」
私は満面の笑みで引き受けた。その様子を見た彼も笑っていた。




