22.『謀り事』
今日は吉良先生の日本史の授業がある日だ。休み時間の間、必死で前回の授業の復習をしていると、目の前に手が差し入れられた。そのままひらひら振られる。何だろうと思って前を向くと。
「やっと気づいた。やっほー、綾音ちゃん」
「……ハナ」
そこにはいつかと同じ体勢でこちらを見つめる花園さんがいた。思わず溜息をつく。
最近は教室の外に出て行くことも減っていたが、だからと言ってわざわざ会話するほど仲良くなったつもりもない。ただ残念なことに体育の時間はいつも彼女とペアだった。あぶれるよりましかもしれないが……。
それに最近気がついた。彼女は私が赤谷君と話さない限り赤谷君の元に行くことはない。だったら私の方から赤谷君と距離を置けば何も問題ないことに。……それでルートに入れるのかという疑問にはこの際蓋をする。
「……何か用?」
「ううん、何もー」
「じゃああっち行ってくれない、私今忙しいの」
しっしっと手で追い払うような仕草をすると、彼女は頰を膨らませた。
「だから、友達なんだし理由なく遊びに来てもいいじゃない!」
「じゃああなたは友達の邪魔をするの?」
「邪魔だなんて酷いー! ……でもそう言うのなら、えいっ」
そう言うと、初めて会った時と同じように両手をこちらに向ける花園さん。え、と思っていると。
「はい、占ってあげたよ! ……結果聞きたい?」
「……」
一瞬断ろうかとも思った。だけど彼女の言うことはゲーム知識も併せると当たっている可能性が高い。聞いておいて損はないだろうと思って渋々頷いた。
「……そうね、あなたの『占い』は折り紙付きだもの」
すると彼女は嬉しそうに、堂々と言ったのだ。
「あなたの側にいる人が何かよからぬことを企んでいます! 近い将来あなたはその謀に巻き込まれるかも?」
「……え? それってどういう……」
尋ね返すも、彼女はその言葉を遮るようにくるっと身を翻しながら、言った。
「『導く』って言って全然何もしてあげられてなかったからねー。お役に立てたなら嬉しい!」
「ちょ、ちょっと待っ……」
引き止めるも、彼女はさっさと自分の席に戻って行ってしまった。と同時に鳴るチャイムと扉が開く音。私は先程より大きな溜息をついて、最後の足掻きとして教科書の確認しきれなかった箇所を見る。……勿論身が入らず、そういう時に限って確認していなかった所が当てられるものである。結局私は答えられず、それでも吉良先生は微笑ましいものを見るような顔をしている気がしたので逆に気恥ずかしかった。
花園さんの発言について考えていると、すぐに放課後になった。光太郎が掃除を終わらせるのを待つ。
今日は生徒会のある日だったが、試験前ということでお休みだ。ということで今は光太郎と二人で下校している。その途中、彼に花園さんの占いの結果について聞いてみた。
「……と言っていたの。どう思う?」
「……」
すると、光太郎は珍しく傍目からわかる程口を大きく開けてしばらく固まっていた。そして気を取り直すと。
「花園には何が見えてる? いやでも、こっち側の事情は……口から出た出まかせって可能性も……」
やけに考え出す彼を見ていると嫌な予感がして、気づいたら尋ねていた。
「ねえ……もしかして心当たりがあるの?」
「……」
すると彼はこちらに向き直り、とても真剣な顔で言ったのだ。
「なあ、これからもし誰も信じられなくなることがあってもさ」
「ええ」
「どうか、俺だけは信じてくれ……俺だけは、ちゃんとお前の味方でいるから」
何故か、その言葉を聞いた時。「僕だけは綾音ちゃんの側にいるから」という真の発言が思い起こされた。
試験が終わった。まずまずの結果だと思いたいが、こればかりは答案用紙が返ってくるまでわからない。ただ、日本史は何となく自分の実力以上にできた気がする。毎回予習復習を欠かさなかったお陰であると言えよう。そういう意味では毎回当ててくる吉良先生に感謝しないといけない。……やっぱり迷惑であることには変わりないけれど。
そんなことをつらつらと考えていると、光太郎が教室から出てきた。そのまま生徒会室に向かう。試験終了日も活動があるから寄っていってくれと試験前に言われていたので。
「やあ、坂本君に坂本ちゃん。試験お疲れ様」
部屋に入ると柴﨑先輩が既に来ていて、手を上げて挨拶してくる。私たちもそれぞれ挨拶して席に着くと、先輩が身を乗り出してとんでもない質問をしてきた。
「二人ともいつも一緒で本当に仲良しだよねー……もしかして付き合ってたりする?」
「……先輩、冗談も大概にしてください」
私は冷静に返す。それは昔からよく言われてきたことだったから、対応するのにも慣れていた。光太郎も特に動揺することはなく。
「俺は見張ってるだけですよ。一人にしたら何しでかすかわかったもんじゃないんで」
「どういう意味よ」
「そのままの意味だ」
光太郎と言い合いしていると、その間に柴﨑先輩は更に身を乗り出したようだった。
「ふうん? じゃあ僕が坂本ちゃんを口説いても何も問題ないわけだ」
「……へ?」
突然の先輩の言に驚いて変な声が出た。先輩の方を見るとにやりと笑っている。
……口説く? 誰が誰を? その言葉の意味を理解した途端にさあっと顔が青ざめるのがわかった。
あまりのことに反応できずにいる私の代わりに光太郎が対応してくれる。
「先輩。あんまり変なことを言うとぶっ飛ばされますよ、こいつに」
「ご忠告ありがとう。でも、そうか……なるほどね?」
うんうんと頷きながら先輩は何かを理解したようだった。そして再度口を開くと、私に向かって何事か言おうとした。
「……ねえ坂本ちゃん」
そこでがらっと扉が開く音がして、柴﨑先輩の言葉が遮られる。
「皆さんお早いですね。試験お疲れ様です」
果たして入ってきたのは副会長その人で、その姿を認めると柴﨑先輩は口を閉ざした。そして再度開く。
「椿先輩も試験お疲れ様です。手応えの方はどうでした?」
「私は……」
話題が逸れたことでようやっと落ち着いた私は、心の中で副会長に感謝した。……助かった、ありがとうございます副会長。
全員が揃ったところで今日の活動内容について発表される。今日は会議ではなく、この前配った生徒向けアンケートの集計をするとのことだった。まずは生徒会室にアンケート用紙を運ぼうという話になった訳だが。
「ごめんね、坂本ちゃん。付き合ってもらっちゃって」
「……いえ、それはいいですよ」
何故か私は柴﨑先輩と共にプリントを運んでいた。
用紙を誰が運ぶという話で先輩が率先して手を上げたのはいい。だが同時に『坂本ちゃんも連れていっていいでしょうか』と会長に進言したのだ。会長は二言返事で了承した。
一応光太郎も『俺が行きますよ』と言ってくれたのだが、会長の『お前は残れ』の一言で却下されていた。……一体どういう基準で決めているんだか。
とにかく、そういう訳で私は若干警戒しながら先輩と歩いている。後少し、あの曲がり角を曲がったら生徒会室はすぐそこだ。だが、その前に先輩が立ち止まる。
「ねえ、坂本ちゃん」
呼び掛けられて振り向く。先輩が止まったことにより私が前に出ていた。じっと私を見つめる先輩。
「どうしたんですか? 早く……」
「今日、居残ってくれないかな。相談に乗って欲しいことがあるんだ」
その表情はいつもの人を茶化すようなものではなく、真剣そのもので。その雰囲気に気圧された私は思わず頷いてしまった。
「ありがとう。誰にも言わないでね?」
気づいた時にはもう遅く。柴﨑先輩はさっさと生徒会室に行ってしまっていて、訂正する暇を与えてくれなかった。
「ふむ、これで終わりだな……皆ご苦労だった!」
会長の号令で一気に空気が弛緩する。私も背を伸ばして凝り固まった筋肉をほぐした。三学年もあると結構な量になるものだな、と集計済みのアンケート用紙の束を見て思う。運んできたときはそこまで思わなかったのだが。
「おい、帰るぞ」
いつの間にか側に来ていた光太郎は既に鞄を肩にかけていた。用意を終わらせるのが早過ぎる。そう思いながら私も慌てて片付けようとした。
「ちょっと待っ……」
「坂本君、実は今から後片付けをしないといけないんだよね」
光太郎に制止の言葉をかけようとすると、その前に誰かの声が被った。驚いてそちらを見ると柴﨑先輩が微笑んでいる。
「その手伝いを坂本ちゃんに頼んでて」
「そうなんですか? だったら俺も……」
「いや、そこまで人数はいらないかな。それに君の大事なお姉さんを一人で帰らせる気?」
食い下がろうとする光太郎に柴﨑先輩は畳み掛けるように言葉を重ねる。私も何度か口を挟もうとしたのだが、その前に先輩が被せてきて上手く伝えられずにいた。
光太郎が私をじっと見る。私は会話の切れ目に何とか言葉を滑り込ませようとした。
「あの、光太郎。それが……」
「坂本光太郎」
今度は会長が私に被せてきた。……何だか今日はあまりまともに喋らせてもらえてない気がする。会長は気にせず続けた。
「何度も言わせるな。そんなに俺様の手を煩わせたいか?」
「……っ」
会長に対して光太郎は一瞬悔しそうな顔をすると、無表情になる。そしてスミ姉の元に行くと、「スミ姉、帰るぞ」と言った。スミ姉は私と光太郎を交互に見ると。
「ええ、でもアヤちゃんは……」
「橘ちゃん、安心して。僕が責任を持って送るから」
「……そう? なら大丈夫かしら」
「柴﨑君、アヤちゃんをよろしくね」と手を振るスミ姉とずんずん先に行ってしまう光太郎。彼は結局一度も振り返ることなく行ってしまった。
開け放たれたままの扉の先を見ながら、二人の姿をなすすべなく見送る私。
「……会長、手助けしてくださりありがとうございます」
「いや、気にするな」
姿が見えなくなったと同時に、この状況を作り出した元凶二人が何事か会話をしていた。今の内、と思って出て行こうとするとその前にがしっと腕を掴まれる。
「こら、坂本ちゃん。手伝ってくれるんじゃなかったの?」
「坂本綾音。往生際が悪いぞ」
それは振り解こうと思えばできた。だが二人の視線に有無を言わせない圧力が存在している気がして、先輩方にこれ以上逆らうのは不味いと思った。結局私は諦める。
「わかりました……」
渋々了承すると、その様子に満足したように会長は一つ頷いて。
「うむ。それでは俺様は帰るぞ」
そして部屋を出ていってしまった。
ふと後ろからちゃりと金属の擦れる音がした。振り向くと副会長が鍵を手に立っている。
「二人とも残るのであれば戸締りお願いしますね。鍵はこちらです」
「椿先輩、了解しました。お疲れ様です」
「お疲れ様です」
副会長に挨拶をすると、彼女も「お疲れ様です」と言って出ていった。
……柴﨑先輩と二人きりになる。何をされるかわからないと思って警戒していると、先輩が苦笑した。
「そんなに怖がらなくても大丈夫だよ? 君には手を出したりしないから」
そんなこと言われても信用できない。私は自分ができる範囲で先輩を睨みつける。
しかしその様子を気にもせず柴﨑先輩は手近な椅子に座ると、私にも座るように促した。そして口を開く。
「それじゃあ話そうか……僕の『相談事』を」




