翠玉と玄武
「伝承では、初代青龍王の死生観は語られていない。だが、彼は初代朱雀の死生観を知っていてなお、『いつか』を夢見た。彼女を司る要素が、一つも欠けることなく再び結びついて、再び相見えるその時を願った」
「はい。それは、聞いたことがあります」
「私は長いこと、初代青龍王の気持ちが理解できなかった。彼の本来の死生観がどうであれ……初代朱雀の死生観を受け入れたのなら、その夢がどれほど絶望的なものか、分からないはずがないのに。何故それでも彼は、『いつか』に期待ができるのだろう、と」
私の存在を確かめるように、強く抱き締め返しながら、青龍王は言った。
「だが……今なら、分かる。理屈ではなく、求めてしまうのだ。不可能だと思ってなお、夢を見てしまうのだ」
「藍清……」
「いつか……そなたと永遠に別れる時が来たら。きっと私もまた、初代青龍王のように、願わずにはいられないのだろう。変わらぬ私のまま、再び変わらぬそなたに会いたいと。そなたを構成する全てを、一つも欠けさせることなく、再びこの腕に抱きたいと、絶望的な未来の果てにある『いつか』を、夢見ずにはいられないだろう」
藍清の頬には、涙が伝っていた。
つられるように、私も気がつけば泣いていた。
もしも、藍清が私より先に滅びる時が来たのなら……きっと私も同じ夢を見ずにはいられないだろう。
また、この人と会いたいと、願わずにはいられないだろう。
想像の先にある未来はあまりに悲しくて、そして一方で藍清の言葉が嬉しかった。
彼がこんなにも私を求めてくれていることが嬉しくて、涙があふれて、悲しくて泣いているのか、嬉しくて泣いているのか分からなかった。
「……翠玉。私は、そなたを愛している」
藍清の手が、そっと私の頬に添えられた。
「いつか、死が二人を分かつ日まで……どうか、私の傍にいてくれ」
落とされた口づけが、優しくて。
告げられた言葉が、嬉しくて。
頬を伝う涙が、一層量を増した。
「……お具合は、もう大丈夫ですか?」
玄武が私を訪ねてきたのは、王が去って一刻後のことだった。
「ええ。もうすっかり大丈夫です」
「なら、よかった。……大丈夫そうなら、これをまたつけて下さい」
玄武は私と目を合わせることのないまま、少しデザインが変わったブレスレットを差し出した。
「対外的な攻撃だけじゃなく、自発的な事故にも対応できるように呪を改良しました。『力』が戻った今となっては、不要かもしれませんが……」
「いいえ。ありがとうございます。玄武」
腕にブレスレットをつけても、先日のように倒れることはなかった。……それだけ、「力」が回復しているということなのだろう。
私がブレスレットをつける間も、玄武は私と目を合わせないようにしながら何も言わずに立ちつくしているだけだった。
しばらく気まずい沈黙が、その場を支配する。
「……青龍王から聞きましたが。これを改良する為に、しばらく宰相の仕事をさぼっていたようですね」
私の言葉に、玄武はびくりと体を跳ねさせた。
「駄目ですよ。王に迷惑を掛けては」
「は、はい……そうですね。ブレスレットの改良が完了したからには、今すぐにでも、その分の埋め合わせをしなくては。……それでは、朱雀。失礼しま……」
「ーー待って下さい。玄武。私の話は、まだ終わっていませんよ」
背を向けて即刻退出しようとする玄武の手を掴んで引き留めると、玄武の体がぴしりと固まった。
……そう言えば再会して以来、こうして私から玄武に触れるのは初めてだったかもしれない。
「……母様の形見の石が、私を救ったんです。私と同じ名を持つ石が」
「……はい。碧甲石の、身代わり作用ですね。王から、聞いております」
「碧甲石は……亀人族が、愛するものに贈る、守り石なのでしょう?」
「……………はい。亀人族の者は10歳になった時、成長儀礼として、自らの守り石となる碧甲石を、森に探しに行かされます。それを結婚まで壊すことなく保持できたら、石を結婚相手に贈り、やがて子どもができたら、そのまま親から子に引き継がれます。代を渡って引き継がれた石は、持ち主の念がこもり、よりその身代わり作用を強力にするのです」
「そう。……それじゃあ、やっぱりこの石は、父様から母様に渡されたものだったのですね」
袋の口を開いて、砕け散った碧甲石の欠片をみせると、玄武は泣きそうに顔を歪めた。
「ねぇ。玄武。貴方は……」
「ーー私には、兄がおりました」
核心をつくべく口を開いた言葉は、唐突な玄武の告白により遮られた。
「私以上の玄武候補とうたわれる優秀な兄でしたが……とある鳥人族の女性と愛し合ったことで、村から追放されたのです。でも私が玄武に選ばれたことで、後継者がいなくなった両親から無理やり連れ戻されて……それからすぐ流行病で亡くなりました」
「……………」
「その………私の顔は、兄とそっくりで……」
だらだらと汗を流しながら、俯く玄武に、思わず冷たい視線を送る。
「……往生際が悪いですよ。玄武。私が、そんな作り話に騙されると本気で思ってますか」
「……っ……」
「認めて下さい。貴方は正真正銘、私の父……」
「ーー父親なんかじゃ、ありませんっ!」
そこで初めて、玄武はその琥珀色の瞳を私に向けた。
「父親じゃ、ない。………父親で、あって良いはずがない。貴女を何年も放ったらかしにして、辛い目に合わせていた男が、貴女の父親であって良いはずがないでしょう……!?」
「……玄武……」
「貴女の父親は……碧風と言う名の、亀人族の男は、死にました。最後まで、紅玉と貴女に再会することを夢見ながら、非情な生家から逃れることが出来ぬまま、一人で死んだのです。ーーそうじゃなければ、いけない」




