【羽無し】の「優しさ」
改めて目の当たりにした王の心の闇の深さに、唇を噛んだ。
ただ、王として生まれてきた。それだけなのに。
彼を取りまく運命は、あまりに彼に残酷だ。
「……藍華さんとの思い出は、いかがですか。どんな姉弟でしたか」
せめて少しでも幸せな過去を思い出して欲しくて、そんなことを口にする。
藍華さんは、優しくて、強い女性だ。弟である王にとって、自慢の姉だっただろう。
「姉上か………そうか、姉上がまだいたな」
先ほどより確かな温かさを感じる笑みを浮かべながら、青龍王は昔を懐かしむように目を細めた。
「姉上とは、8つ歳が離れているんだ。鳥人族から妾妃として父に嫁いだ母は、あまり子煩悩とは言い難い人だったから、私は姉上を母代わりのようにして育った。姉上はいつだって私に優しく、温かかった。7歳の頃、姉上の結婚が決まった時には、わんわん声をあげて泣いたものだ」
王が7歳の頃。………それは、先王陛下による粛正が始まる、一年前だ。その時はまだ、王はただの子どもだった。姉を慕い、離れるのを嫌がる、小さなどこにでもいるような子どもだった。
たった一年。それだけで、彼の人生はすっかり変わってしまった。
「………姉上の子である蒼燕は、私が絶対に守らねばならぬ存在だ。次期王にして、私を除いて現存する唯一の竜族。蒼燕が大人になり、王位を継承するに足る状態に至るまで、私は自身の王位と、蒼燕を守り抜く。それが、私の王としての役割の一つだと思っている。……幼子の身で王位を継ぐのは、あまり勧められぬからな」
僅か8歳で王位を継承した青龍王だからこその、言葉だと思った。
優しい彼は甥である蒼燕少年に、自分と同じような道を歩ませたくないのだろう。
「だが、王としてではなく、個人的な私の気持ちを言わせてもらえれば………私は、姉上も守りたいと思っている。蒼燕以上に優先はできないが、同じ王族で……同じ父母を持つ、唯一の存在だ。失うのは、怖い」
「………それは、当たり前の感情でしょう。家族なんですから」
それなのに何故、そこで罪悪感を滲ませるのだろう。
藍華さんを大切に想うこと自体が、罪のように。
「だが………本来ならば、王はそんな個人的な感情は捨てるべきだとは、思わないか」
「思いません。貴方は王である前に、人です。抱いて当然の感情まで、捨てる必要はありません。それが、必要とされる状況に至らぬ限りは」
姉である藍華さんと、甥にして次期王である蒼燕。
二者択一を迫られたら、藍華さんの方を切り捨てるのが、正しい選択なのかもしれない。
だが、それはあくまで選択を迫られた場合だ。
可能ならば、どちらも選ぶ道を見つけるべきだろうし、不可能だったとしても、それは今、想定で思い悩む必要はないことだ。
「……青龍王。貴方の、王としての理想は、とても正しく美しいのかもしれません。だけど、その為に自身の人間味や、弱さを捨てようとするのは、間違っていると思います」
「……弱い、王など」
俯く青龍王のほおに両手を添え、その美しい青い瞳を下から覗きこんだ。
たくさんの悲しみを背負っていてなお、この青は、濁ることなく、どこまでも澄みきっている。
きっとそれは、彼が彼だからだ。この瞳を、濁らせて欲しくないと思った。
「貴方の優しさは、弱さや人間味から起因するものです。それを捨てるべきではありません。……どうか、このまま優しい王でいてください」
私の言葉に、青龍王は少し目を見開いてから、小さく苦笑した。
「……白虎は私の優しさは毒だと言ったが、私にとってはそなたの優しさこそ、毒のように思えるな。溺れて、しまいそうになる」
「っ王、私は……」
開いた唇は、そっと押し当てられた指先で封じられた。
「何も言うな。分かってる。全ては、そなたが私を想う故の言葉だと。………だが、私は王として、それを受け入れるわけにはいかぬのだ」
「……………」
それは、確かな拒絶の言葉だった。
こんなに傍にいても。
私が「朱雀」であっても。
青龍王は、私にこれ以上踏み込ませてはくれない。
「しかし……幸せな記憶を思い出すはずのつもりが、つい話が逸れてしまった。結局過去は、今に地続き故に、ただ思い出のみに浸るのは難しいものだな」
「今が邪魔をして、幸せな記憶にただ浸るのが難しいのなら………これから幸せな記憶を作っていきましょう」
ならば……そんな彼に私が言えるのは、後はこれくらいだ。
「私は、『朱雀』。貴方は『青龍』。ーー魂が引き合う番だと言うのなら、二人でいくらでも幸せになれるはずです。過去に繋がらない、新しい幸せな記憶を、これから作って行きましょう」
過去の悲しみの記憶は、消せない。
王の背負うものを、代わりに背負うことも、軽くさせることもできない。
ならば、私ができるのは、王と共に新しい未来を作っていくことだけだ。
彼が幸せだと思える記憶を、作ってあげることだけだ。
彼を幸せにしよう。
共に、幸せになろう。
胸の奥底で澱む、彼に向けるには相応しくない感情は、殺して。
できるはずだ。
だって、私は「朱雀」なのだから。
「青龍」である、彼を愛し、愛される為に生まれてきたのだから。
「朱雀……そなたは、私には勿体ないほど、素晴らしい女性だ」




