【羽無し】の弱さ
扇に隠され、瞳以外の玄武の表情は分からない。だが、扇の上から覗く玄武の琥珀の瞳には、強い意思と覚悟が灯っているように見えた。
唇が、震えた。
「……それじゃあ、どうして……」
「……朱雀?」
「いえ……何でもありません」
ーー玄武の言葉は、矛盾していると思った。
「王の為を想うなら、傍にいるべきだ」と言ったのは、玄武だ。私が望まないのなら、朱雀の立場を甘んじる必要はないとも言っていたが、それでも彼は確かに、王の傍にいるべきか迷う私に、残留を勧めた。
あの時と、今の私の状況は、さして変わっていない。朱雀の立場を受け入れるという決意が揺らぎ、また以前の迷いが戻ってきただけ。
それなのに、こうも簡単に言葉を翻すなんて……おかしい。
玄武は、私に優しい。私を守ると、私の味方だと、洗脳のように言葉を繰り返す。
だからこそ、私は彼を信じてはいけないのだ。彼はきっと、私の弱さにつけ込み、自分の都合の良いように操ろうとしているに違いないのだから。
大きく深呼吸をして、睨むように玄武を見据えた。
湧き上がる玄武に対する不信は、いつの間にか心の内に芽生えていた甘えを吹き飛ばし、私を冷静にさせた。
……いつから私は、こんな風に自分が進むべき道を誰かに託す、弱い人間に成り下がっていたのだろう。
母様を亡くしてからは、叔母のもとで、侮蔑や悪意に晒されながら誰にも寄りかかることなく生きてきたというのに。
玄武の甘い言葉が、青龍王の優しさが、私を弱くした。一月にも満たない、この短い日々の中で。
これも全て、玄武の策略だったのだろうか。
「玄武………藍華さんは、私の歌や舞に特別な力を感じると言っていました。今まで会った朱雀候補達にも、王族の私にもない、強力な力を感じると。貴方も、それを感じますか?」
突然の私の問いに、玄武は少し目を見開いた後、ゆっくり頷いた。
「……ええ。確かに、感じます。初めて貴女の舞を見た時から、それは感じていました。貴女の舞と歌が持つ守護の力は、一般の鳥人よりもずっと強い。それは、鳥人の村から、王宮までの道のりで、迷うことも、獣に遭遇することもなかったことからしても、明らかです」
「ならば……その力を、呪によって可視化することは、可能ですか?」
藍華さんに、特別な力を感じると言われても、私はそれを実感出来なかった。
私は、自分の歌が持つ守護の効果しか知らないし、それすらも、どこまで効果を発揮するか分からないままに、用いてきた。
鳥人の村で重視されるのは、歌や舞の直接的な技量。美しさ。一種の特権階級である彼らは、わざわざ自分の身を危険にさらしてまで、自らの守護の力の強さを確かめたりはしない。
比較がなく、その効果を直接体感できない力は、どれ程強力であったとしても、その効果の程はわかりにくい。だからと言って、お披露目という公の場に、力の効果を発揮する為の危険を持ち込むこともできない。
だからこそ、分かりやすい指針が必要なのだ。受け手の関知能力に頼らない、誰でも目にみえて分かる、力の証明が。
「……貴女の場合は、呪もいりません」
「どういう意味ですか?」
「力の可視化が、向けられる悪意を遠ざけることにつながるのなら、それは守護の範疇です。貴女の力は、現時点では貴女自身にしか向けられていない上に、跳躍した衝撃を和らげることと、直接的に害を成そうという者に対する抑制にしか機能していない。……つまり、力が余剰しているのです。その余剰分を、可視化に回せば良いだけです」
「具体的には、どうやって?」
「ただ……強く、願えばいい。心から」
心から……強く、願う?
「一人の鳥人が保つ、力の所有量には個人差があります。しかし、その所有する力をどれくらい発揮できるかは、抱く想いの強さに比例します。初代朱雀は確かに、所有する力の量も多かった。ですが、彼女を伝説にしたのはそんな持って生まれた才能ではありません。初代朱雀は、初代青龍王を愛しました。深く深く……狂気すら感じる程に。彼女が青龍王の傷を癒すことができたのは、彼女がそう望んだから。力が枯渇し、自らの命を捧げてでも、青龍王が傷つかないことを祈った。その結果です」
ーー貴方は、私。私は、貴方。
だから……私が滅んだとしても、貴方が生きていてくれれば、それでいい。
生きて私を、忘れないでいてくれれば。
ふと、そんな言葉が脳裏に浮かんでは、消えた。
……今の言葉は、私の妄想だろうか。それとも、私の中に宿る初代朱雀が、そう告げたのだろうか。
分からないし……理解も、できない。
そんな自分の全てを捧げるような、強い想いなんて。
「………分かりました。玄武。試してみます」
「……………」
「アドバイス、ありがとうございました。……すみませんが、今日の講義はこれくらいで……」
そのまま玄武から背中を向け、その場を去ろうとした。
「………私は、本気ですよ」
背後から聞こえてきた、玄武の言葉に足が止まった。
「初代朱雀をなぞるわけではありませんが……私は貴女の為なら、命だって捧げられます。……本当です。だから、逃げたくなったら、いつでも私に言って下さい。必ず、私が守りますから」
思わず泣きそうになったのを、唇を噛んで耐え、駆け足で部屋を後にする。
嘘つき。
嘘つき。
嘘つき。
………きっと、いつか、貴方は私を裏切る。
分かってるんだ。そんなことは。
だから、お願い………変な期待をさせないで。
寄りかかりたいと、思わせないで。
貴方に甘い言葉を掛けられる度、私は弱くなってしまうから。




