【羽無し】と玄武
「……そう言えば、そなたに名を授ける話をしていたな」
背後で馬の手綱を操っていた青龍王が、口を挟んだ。
「そなたが望むのなら、新たな名を考えても構わぬが……四神は、当代に任命された時点で、その呼称こそが新たな名になる。私も10年前に青龍になった時点で、以前の名は捨てた。ならば、そなたの新しい名は【朱雀】であるべきだろう」
そう言えば、あの時そんな話をしていた。
あれは蜥蜴人の慣習ではなく、四神の慣習だったのかと、改めて納得する。………思い返せば、馬鹿な勘違いをしていたものだ。龍人である王が一人で現れるだなんて、普通なら有り得ない状況なので、仕方ないといえば仕方ないかもしれないが。
「【羽無し】がお嫌なら、朱雀と呼んで頂いても構いません。……正しい朱雀候補の方が現れるまでは」
私の言葉に、王と玄武は揃って眉をひそめた。
「正しい朱雀候補等、現れるはずがない。そなたこそが、私の朱雀なのだから」
「そうですよ。朱雀。我が王の目を疑うのはもっともですが、王が四神を誤ることはあり得ません。誤らないからこそ、王なのです。もし貴女が朱雀でないのならば、私だって玄武ではないということになります」
昨日の様子からして、青龍王が否定するのは予想していたが、玄武まで私を朱雀として受け入れてくれるのは完全に予想外だった。
驚いて隣に視線をやると、玄武は真剣な眼差しでこちらを見据えていた。
「羽が無いからと言って、ご自分を卑下なさらないで下さい。……昨日の貴女の歌と舞は、他のどの鳥人のものよりずっとずっと神々しく、美しかった」
向けられる黄金色の瞳に、嘘の陰は見えなかった。
「四神は、王が選びます。王の中の初代青龍王の魂が、選ぶべき相手に引き寄せられるのです。他の三神すらわからない、王だけが認識できる特別な絆。我が王は確かに、その絆を貴女の中に見いだしたのです。貴女は選ばれた、特別な存在だ。……自信を持って下さい」
背後で青龍王が頷いたのが気配で分かった。
……よく、分からない。それは、果たして、王の気まぐれと何が違うのだろう。結局は青龍王の気持ち一つで、選ばれるのだから。
「信じられないと言うのも、無理はない。……この選定基準は、王である私にしか分からないものだ。同じ王族であっても、選定を疑うものもいる。だが、鳥人の長にも言ったように、誰が何と言おうと、私の朱雀はそなただ。私がそなた以外を選ぶことはあり得ない」
「……貴方が、信じられないわけではありません」
この優しい王を信じられないと言うわけではない。出会ってたった一日だが、彼は私の中で既に特別な存在になりつつある。だけど……私は、私が信じられないのだ。
自分が、そんな価値がある人間であるはずない。どうしてもそう思ってしまう。
だって私は、混血で、羽が無い、出来損ないの鳥人なのだから。
「……朱雀。貴女がどれ程自分を疑おうと、誰が貴女を否定しようと、私は貴女と、我が王の選定を信じます」
玄武が優しく、私に微笑みかける。
「同じ四神として、玄武である私は貴女を歓迎します。……私は、貴女の味方です。どうか信じて下さい」
真っ直ぐに向けられる信頼に、戸惑う。まだ彼とはほとんど話すらしていないのに、何故こうも私を朱雀だと妄信されているのか。王の選定以上に、不可解だ。
思わず縋るように、後ろの王を振り替えると、青龍王は青龍王で、引きつったように顔を歪めていた。
「玄武……そなたはいつから、そこまで私の目を信じられるようになったのだ。正直、私はそなたは、白虎以上に反対すると思っていたのだが……」
「ーー貴方様を信じているわけではありません。私は朱雀を信じているのです」
王に向けたとは思えない冷たい声で、玄武は一刀両断した。
「後ろ盾も無く、混血故に虐げられる可能性が高い彼女を、貴方様は朱雀に選んだのです。選んだからには、王として責任を持って全力で彼女を守って下さい。王宮は、彼女にとってけして生きやすい場所ではないのですから」
私の時とは打って変わった冷え切った眼差しに、ますます王と彼の関係性が分からなくなる。
王を信頼しているからこそ、彼は私を受け入れたわけではないのか。
「当然だ。彼女は必ず私が守る」
「渾沌を取り逃がすような方が、よくもまあ、そんなことを自信を持って言えますね」
「……それは」
「だいたい貴方様は、考えと根回しが甘過ぎます。朱雀のことを先に私に伝えてくだされば、鳥人族との凝りを最小限に済ませる方法を考えましたのに。私に一言の相談もなく、あんな風に晒し者のように彼女を呼びだして………だから、貴方様は未熟だと言うのです。人の動かし方を分かっていない」
「それは……反省している。私の考えが、足りなかった」
「反省だけなら、猿でもできます。その反省を、次からはどうか生かして下さい。曲がりなりにも、王である御方なのですから。貴方様の行動一つ一つが、朱雀の危険に繋がるかもしれないことを、ゆめゆめお忘れにならないように」
「……あ、あの!」
雲行きが怪しくなってきた状況を打破したくて、二人の会話に口を挟む。
私のせいで、王が玄武に責められている状況は、居たたまれない。
「……どうなさいました? 朱雀」
スイッチを切り替えたように、穏やかな笑みと声を向ける玄武に気圧されながらも、何とか話題を変えようとした。
「その……亀人族は有鱗種だと聞いていましたが、玄武様のお顔には鱗は見られないのですね」




