【羽無し】と出発
……どうやら、この様子を見る限り、「母様」を入れ替えたことはまだ気付かれていなそうだ。
内心で密かに安堵しながら、先程より一層深々と頭を下げた。
「母様のお墓を……どうぞ、よろしくお願いします」
その瞬間、叔母の顔が悪鬼のように歪んだ。
「ーーお前に、そんなことを託される筋合いはないわっ!」
叔母が、こうやって憤ることは、予想していた。
叔母は、私が朱雀であろうが、なかろうが、けして変わらない。変わらず、ずっと私を憎悪し続ける。
私が何を頼んだとしても、彼女は自分がしたいことしか成さないだろう。……そんなことは、重々承知だ。
それでも、敢えて頼み事を口にしたのはーーこの、憎悪で燃える紅の瞳を見たかったからかもしれない。
私はきっと、村に来て以来向けられ続けてきたこの目を、最後にもう一度見ておきたかったのだ。
再び叔母に深々と頭を下げ、青龍王達のもとへと向かった。
青龍王は傍らの栗毛の馬を撫でながら、少し困ったような表情で私を見た。
「王都へ向かう道が道だけに、馬車は使えない。私の馬に共に乗ってもらうことになるが、大丈夫だろうか」
「大丈夫です。幼い頃は、旅の道中で時々馬に乗っていましたから。体に負担が多ければ、歌で緩和させます」
「そうか……では、手を」
「ーーお待ち下さい。我が王」
不意に割って入ったのは、あの碧髪の青年だった。
「こう言う時は、普通臣下に託すものではありませんか? 彼女は、私の馬に乗るべきかと」
「………そなたは、あまり馬が得意ではないだろう」
「貴方様が渾沌を追いかけて、荷物も馬達も全て置いていかれた時に、一体誰がそれを移動させたとお思いですか。彼女一人を乗せて、王都に戻るくらいなら、私の馬術の腕でも十分です」
張り付いたような笑みを浮かべながら、何故か私を自分の馬に乗せると譲らない彼に、青龍王は深々とため息を吐いた。
「……分かった。玄武。言い方を変える」
「…………」
「彼女は、私の王妃になる女性だ。……同じ四神とは言え、他の男にあまり近づかせたくない」
その言葉を聞いた瞬間、青年の表情が、先程の叔母の悪鬼の表情もかくやと言う程、激しく歪んだ。
「………御意に」
………今、盛大な舌打ちが聞こえた気がするのは、気のせいだろうか。
すぐに笑みを取り繕ってはいるけれど、黒いものを隠せていない。否、そもそも隠す気が無いようにも見える。
「朱雀。手を……否、少し体を私に預けてくれ」
青龍王は青龍王で、気にする素振りも見せない。
二人の関係に戸惑いながらも頷くと、王は私の脇の下に手を置くようにして、ひょいと持ち上げた。
「っ」
「できるだけ、足を動かさないでくれ」
そのまま荷物でも積むように、栗毛の馬の背中に乗せられた。
馬は大人しく、私が乗っても身動き一つしなかった。
馬の背から見える景色にどきどきしていると、王は私の後ろにひらりと飛び乗った。
「………長。世話になった」
「こ……国民として、当然のもてなしをしたまでです」
「それでは……私達は発つとしよう」
静かな出発だった。
皆が皆、ただ私達の背中を見つめるばかりで、何の言葉も口にしない。祝えば良いのか、惜しめば良いのか……それとも心のままに憤れば良いのか、分からないのだろう。
そのまま、姿が見えなくなるまで、ただ立っているのだろうと思った時、人ごみから鮮やかな赤が飛び出した。
「……どうして、どうしてなのよっ! なんで、よりにもよって羽が無いお前が選ばれるの? おかしいでしょうっ!」
飛び出したのは、朱麗だった。
感情のまま泣き叫ぶ彼女を、叔父と叔母が宥めているのが見えたが、朱麗は言葉を撤回しようとはしなかった。
「私の方が相応しいのにっ! 私が、朱雀になるべきなのにっ! ……お前なんかが、本当に朱雀であるはずがないっ!」
焦げ付くような呪詛と怨嗟の声を受けながら、私は何も返すことはなく、ただ前を見据えた。
慮るように肩に乗せられた青龍王の手が、背中に感じる彼の暖かな気配が。向けられる負の感情を、和らげてくれている気がした。
「……あの無礼な娘を、罰することもできますよ」
完全に村の人々の姿が見えなくなってから。
隣で馬に乗っていた碧髪の青年が、不意に口を開いた。
「あの娘が何と言おうと、貴女は朱雀で、次期王妃です。国で、最も高貴な方の一人。彼女の言葉は、間違いなく不敬罪に当たります」
静かに告げられた言葉に、首を横に振った。
「罰する気持ちなんて、ありません。だって従姉妹である彼女の言葉は、至極当然のものですから」
自分が朱雀に選ばれると信じて、歌と舞の稽古に励んできた朱麗。
それなのに、羽が無い混血なうえ、ろくに稽古もしていない私が選ばれたのだ。憤って当然だ。
「そうですか……貴女は、どこまでもお優しい方なのですね」
優しくなんかない。当たり前のことを言っているだけだ。
私がそう口にする前に、彼は穏やかな笑みを浮かべて、話題を変えた。
「そう言えばまだ、名乗っていませんでしたね。申し遅れました。私は、亀人族の玄武。四神国の、宰相をさせて頂いております」
王に付き添うくらいなのだから、それなりに高貴な方だとは思っていたが、まさか四神の一人だったとは。
「……こちらこそ、名乗らず申し訳ありません。私は【羽無し】と申します」
「それは……本名では、ありませんね」
「本名は、この村へ来た時に母の死と共に捨てました」
青龍王に返したものと、同じ言葉を返すと、玄武は痛ましげに目を伏せた。




