【羽無し】と旅立ち
青龍王の言葉に、長の顔色が変わった。
「陛下のことを疑うわけでは……」
「それに……そなたは彼女の舞と歌を見て、何も感じなかったのか。彼女の舞と歌には、技術を超えた、特別な力が宿っている。それを感じられない程、当代の鳥人の長は鈍いのか」
「それは……」
恐れのような感情が混じった、長の視線がこちらに向けられたが、目があった瞬間にすぐに逸らされた。
「………羽が無い朱雀など、国民は認めないでしょう。その娘が朱雀になれば、国は乱れます」
「そなたまで、玄武のように占いを嗜むとは、初耳だな」
「亀人の占い等と、一緒になさらないでください! 私の言葉は、あのように根拠の無いものでは、ございません! 明確な事実に基づく、未来予測です!」
「ならば、余計正答率が低くなるな。何せ玄武の占いは、自分と愛する者を対象にした場合を除けば、外れたことは無いのだから」
私を腕に抱いたまま、青龍王はその蒼い双眸で長を見据えた。
「彼女を朱雀にすれば国は乱れるというが、正統な朱雀が王妃に立たなかった時もまた、国は乱れる。そして、私の朱雀は彼女以外にはあり得ない。どちらにしろ、国が乱れるというのなら、その乱れもまた、この国の未来の為に必要なものなのだろう」
長く、美しい青龍王の指が、私の髪を撫でる。
「信じられぬと言うならば、信じなくともいい。私に幻滅したと言うのならば、存分に幻滅すればいい。だが誰が何と言おうと……私の朱雀は、この娘だ。私に宿る、初代の魂の欠片がそれを伝えている」
青龍王の腕の中で、呆然と視線を巡らせていると、こちらを見据えている叔母が目に入った。
皆が皆、様々な負の感情を篭もった視線を向ける中、叔母の目だけは静かだった。
何の感情も感じさせない醒めた目で、ただ私と青龍王を眺めていた。
「……母様。聞いて。私、朱雀として王都に、旅立つことになったの」
翌日の出立の前。私は一人、母の墓へと出向いていた。
「私のような羽が無い鳥人が朱雀なんて……あり得ない、よね。正直信じられないし、混乱してる」
母は、駆け落ちによって祖父母から縁を切られた為、先祖と同じ墓には入れてもらえなかった。
村外れの墓地から、さらに離れた森の手前。取り残されたように、ぽつんと一つだけある墓の下で、母は眠っている。
森で集めた花束を、そっと墓の前に飾る。私が来た時には既に、真新しい花が二つ、先に飾られていた。
一つは、叔母のものだろう。この村の中で、母の墓に訪れる人は私を除いて彼女しかいない。
だが、もう一つは一体誰のものだろう。……王が、私の為にお参りに来てくれたのだろうか。
昨日初めて会ったばかりの彼の姿を思い出したら、胸の奥に温かいものが広がった。
「でもね……母様。私は、行くよ」
墓に手を合わせながら、心配しながら見守ってくれているであろう母に、そっと微笑みかける。
「こんな私を朱雀として受け入れてくれる彼を、信じたいと思うから」
自分が朱雀であることは信じられないし、正直に言えば何かの間違いではないかと今も思っている。そう言った意味では、私は青龍王としての彼を、信じてはいないのだろう。
だけど私は、それでも……「万が一私が朱雀じゃなかったとしても、王はけして私を無碍には扱わない」ことは、信じている。
彼は、善良で真っ直ぐな人だ。その事実は、もはや疑いようがない。
将来的に全てが間違いだと判明したとしてもなお、彼は責任をもって私の身の振り方を考えてくれるだろう。
彼は王で、私を朱雀と勘違いしたのかもしれない。だが、結局は何も変わらない。
私は、この好機を利用して、王都へ旅立つ。
蔑みに満ちたこの村を出て、新たな生きる術を模索する。
彼に着いて行けば、少なくとも今以上に悪いことにはならないと信じて。
昨日取り戻した碧甲石を入れた懐を握りしめながら、母の墓に背を向ける。
もう、この墓に来れることはないかもしれない。……だけど、この石があれば大丈夫だ。私の傍にはいつだって、母様がいてくれる。
「だから、どうか母様……私を見守っていてね」
一度目をつぶって、大きく息を吐き出す。
そのまま振り返ることなく、歩き出した。
「母君の墓参りは終わったか。朱雀」
出立の為、馬の準備をしていた青龍王の言葉に頷いた。
「……はい。終わりました」
「なら、世話になった人々にも、別れを告げておくといい」
王の見送りの為に、村の人々は総出で集まっていた。
しかし、本来朱雀が選ばれた時のようなお目出たい雰囲気は一切無く、皆が皆、苦虫をかみつぶしたような表情をしていた。
「……旦那様。奥様。お嬢様」
叔母家族の前に進み出て、深々と頭を下げた。
「長い間、お世話になりました」
叔父は、何も言わずに眉をひそめ、朱麗は泣きそうな顔でこちらを睨んでいた。
「……姉様は、16で家を出たわ」
叔母だけは、私の言葉に表情一つ変えることなく、鼻を鳴らした。
「てっきり、もっと早く家を出て行ってくれるとばかり思っていたのに、お前は随分とまあ、遅かったこと」




