【羽無し】と朱雀
「……私が、ですか………」
やはり、彼は内心では昼間の不敬な態度に憤っているのだろうか。
血の気が引き、唇が震えた。
恐らく、彼は既に他の鳥人の娘達の舞を見ている。きちんと鳥人らしく羽があり、毎日練習を重ねている彼女達の舞を。
それなのに、その後に羽が無い私の拙い舞を要求するだなんて、残酷だと思った。
この人は、私を晒し者にしたいのだろうか。
優しい人だと、思っていたのに。
この人に賭けようと……人を信じてみようと、そう思ったのに。
「ーーっ恐れながら、我が王! 彼女の顔色を、ご覧下さいっ」
王の隣にいた碧髪の青年が、突然声を挙げた。
「招かれていなかった宴に、突然呼び出され、心の準備も無いままに突然舞を披露しろと言うのは、あまりにも酷ではありませんか? しかも、彼女は鳥人でありながら羽を持っていない。これじゃあ、晒し者ではありませんか!」
……私を、庇ってくれている?
険しい表情で青龍王に進言する彼を、思わずまじまじと見つめてしまう。
「……酷なことを要求していることは、承知している。だが、この場でもう一度確かめるからこそ、意味があるのだ」
彼に向けられた青龍王の眼差しが、再び私に戻される。
その眼差しは、相変わらず優しい。
「すまない………そなたを傷つけたいわけではないんだ」
痛みに耐える顔で、彼は言った。
『お前を……そなたを、侮蔑したかったわけではないんだ。そんな目を……させたかったわけじゃない』
昼間の彼の姿と、今の姿が脳裏で重なった。
その途端、覚悟が決まった。
「……承知、しました」
よく分からないが、これは彼にとって必要なことなのだろう。
渾沌の変幻であるか確かめるべく、私に舞わせたように。彼にとっては、きっとどうしても譲れない理由があるのだろう。
ならば……私は彼に従おう。
拙い舞と歌を、村中の人々に披露し、恥を曝そう。
彼を、信じてみたいと思うから。
青龍王としての彼ではなく、森で混血を肯定し、明日私を共に連れて行ってくれると言った彼を、私はまだ信じていたいから。
用意された壇の上に上がる。
伴奏をしていたらしい鳥人達が、楽器を片手に戸惑っていたが、私は首を横に振って口を開いた。
私の拙い舞に、音楽は必要ない。
ただ、私の歌だけがあれば、それでいい。
歌う歌は、昼間と同じ。
初代青龍王と、初代朱雀の愛の歌。
羽の無い体で、精いっぱい宙に跳ねて、伸びやかに舞う。
ーー私は、貴方。貴方は、私。
舞い歌う途中で、真っ直ぐにこちらを見据える青龍王と、目があった。
その途端、様々な感情の篭もった周囲の視線が、気にならなくなった。
まるで時間が、昼間のあの時に戻ったようだ。
ただ一人の観客の為に、舞い歌った、あの森の一時に。
ーー私の舞は、貴方のもの。
ーー私の歌も、貴方のもの。
歌いながら、自分に初代朱雀が乗り移ったかのような錯覚に陥った。
羽の無い私が抱くには、あまりにも恐れ多く、身の程知らずな妄想。
けれど、向けられる優しい蒼に、私の知らない感情が引きずり出される。
ああ、なんて。
なんて、切ない。
なんてーー愛おしい、のだろう。
舞が終わった瞬間、周囲はしんと静まり返っていた。
静寂の中で、ただ私の荒い息だけが響く。
周りの反応を確かめる余裕もなく、私はただ、舞の余韻に呆然としていた。
先程までの、あの感覚は……一体何だったのだろう。
まるで自分が、自分でなくなったかのようだった。
「見事だった。……昼間よりも、なお」
王がぱちぱちと手を叩く音が、私を現実に引き戻した。
「……ご満足、頂けましたか」
慌てて立ち上がって壇を降り、王の前で頭を下げる。
そんな私を前にーー王は、笑った。
「やはり、そなただ……。間違いない」
麗しい顔を蕩けんばかりに緩ませる、彼の人の腕の中で、私は固まっていた。
遠くから村の人々の阿鼻叫喚の声が聞こえてくるが、彼は全く動じる様子もなく、ただ愛おしげに私を見つめていた。
「ようやく見つけた。……私の、朱雀」
――いや。
恐らく、絶対間違いなく、人違いです。
あまりにも想像を超えた状況に陥ると、存外頭は冷静になるものだ。
だが、口の方はただぱくぱくと無意味に動くばかりで、口にすべき否定の言葉は音にならない。
あり得ない。あり得ない。あり得ない。あり得ない。あり得ない。
彼が王であったという事実よりも、ずっとずっと。
あり得ないというよりも……あってはいけないことだ。
「ーー恐れながら、何かの間違いです、陛下!」
青ざめた鳥人の長が、私の言葉を代弁してくれた。
「朱雀は、一族で最も優れた女性が選ばれるもの。それなのに、この娘は他種族との混血で、羽が無い! 鳥人一族の恥です! 朱雀なはずがない!」
そうだ。羽が無い朱雀なんて聞いたことがない。
私が、そんなたいそうな存在だなんて、あり得ない。あってはいけない。
朱雀はもっと、それに相応しい女性が選ばれるべきだ。そう、たとえば朱麗のような。
「ーーほう。そなたは、私の目を疑うのか」
しかし、そんな長の主張を、青龍王は一蹴した。
「一族の中で、最も優れたものが選ばれるというのは、あくまで四神の一族による主張。次代の青龍王も含め、実際それを選ぶのは、当代の青龍王の役目だ。選定理由は、ただ王のみが知る。王にしか、分からない。ーーそれなのに、そなたは私の選定を否定するのか」




