第6話「グラン・エスポワール」(現場編)
ベニコとナツがクリーンアップを一発成功させたグラン・エスポワール。しかし、世の中うまくいくことや甘い話がいつまでも続くなど、ほぼ無に等しいと言っていいだろう。
そして翌日。その問題の物件、グラン・エスポワールから一本通りを挟んだ路地にはLRAの箱バンが停まっていた。その中には、ミノリ、スワジュン、ベニコ、そして発案者の一人であり設計部からの援軍としてナツの四人が最終の作戦会議を行っていた。
ミノリ(大出実乃里):んで、今日の確認だけど、まずビルの四隅、北側奥から私、んで南側奥になっちゃん、北側手前にスワジュン、南側手前にベニちゃんを配置して、昨日の打合せ通り「クラヌラナ」を建物全体に下から上に向かってかけます。
スワジュン(諏訪順子):はい。
ベニコ(末柄紅子):はい。
ナツ(谷田貝夏):はい。
クラヌラナとは魔法の一つで、ある一定範囲の敵から重力を奪い浮遊させてしまうというものである。フ●イナルフ●ンタジーでいえばレビ●トのようなものだが、自分や仲間にかけて敵の魔法や攻撃を避けるためよりも、敵にかけることで相手の自由を奪うという使い方がなされることが魔界での定石な使い方といえる。
…なのだが、ナツがこの作戦に懸念を感じているようだ。
ナツ:あのー、ミノリさん。
ミノリ:なに?
ナツ:昨日の会議のときはイケイケドンドンな感じだったんですけど、クラヌラナ、実体のない霊魂系の魔物がいた場合は効かないんじゃないですか?
スワジュン:あー…たしかに…。末柄。
ベニコ:はい。
スワジュン:あんたデ魔高出身のエリートだよな?霊魂系に効くやつ使える?スパリタとか。
ベニコ:たしかに出身校デ魔高ですし使えますけど…戦闘魔法使えるようになったのほとんど大学行ってからなんですよね。
スワジュン:…は?なんで?
ベニコ:うちの母校、学園戦争期の反省から実習でも殺傷力のある魔法やらなにやらを教えてくれなくなっちゃったんですよ…。
スワジュン:マジか…。まあ、エリート校だから現場に立つ人間じゃなく後方のシンクタンク的な人材を育てられればいいってことか…。
スワジュンが少し間をおいて続ける。
スワジュン:しょうがない。…私と末柄でスパリタをかけるので、ミノリさんと谷田貝でクラヌラナかけていただいてもいいですか?
ナツ:ですよねー。私も同時掛けするんで、対角線上に発動すれば多分中にそういうのがいてもやっつけられると思いますよー。
ミノリ:ま、いざとなったら山地直葬乱れ撃ちで片っ端から埋めてけばいいんだし!
ベニコ:(この作戦会議意味あんのかな…)
ミノリ:あ!ベニちゃーん。今「この作戦会議意味あんのかなー?」とか思ってたでしょー?
ベニコ:え、あ、いや、んーなこと思ってないですよ。
スワジュン:末柄。お前は正直すぎる。すぐ顔に出るぞ。
ナツ:すーっごい解りやすいよね。
ベニコ:やかましい
ミノリ:…んじゃ、行くよ。
ミノリ達LRA一行は箱バンを降り、今回の物件、グラン・エスポワールへと向かう。
…そして、打合せ通りに物件に忍び寄り、その四隅、北側奥にミノリ、南側奥にナツ、北側手前はスワジュン、そして南側手前にベニコが持ち場につく。全員が頷き、ひと呼吸のあとに…
一同:クラヌラナ!
その瞬間、物件を包むように魔法陣が発動する。クラヌラナだ。その魔方陣が物件の上階へと昇っていく。…その時、スワジュンが叫ぶ。
スワジュン:末柄!
ベニコ:はい!
重ね掛けのスパリタ。…この魔法陣も先に掛けたクラヌラナの魔法陣を追いかけるように上昇していく。そして、LRAの四人が退避するさなか、物件の天端でとどまっていたクラヌラナの魔方陣にスパリタの魔方陣が迫っていく。
…蒼白い光。二つの異なる魔法陣が接触した結果のものだ。物件内のみならず、辺りにも魔力が散らかる感触が全身に感じられる。すなわち、物件内にいる魔物はただじゃいられないだろう。…尤もそれが目的なのだが。
やがて、ぶつかり合う魔法陣は互いに磨り減っていき、遠ざかる雷雲のようにその光もすり減っていった。
ベニコ:こんなすごいことになるんですね…魔法陣衝突させたときの魔力反応って…。
スワジュン:腰抜かしてんじゃねえ。こんぐらいの事、これからいくらでもやってくことになるぞ。
ミノリ:ベニちゃんそういうところはフレッシュなんだね。ちょっと安心したかも。
ベニコ:え、それどういうことですか?
スワジュン:ほら。中に残党がいねえか確認だ。行くぞ。
ナツ:気にしない気にしない。ベニコのちょっと擦れてる感じ私は好きだよ。
ベニコ:・・・・・・。
そういうと、物件の正面入口の左右に分かれ警戒しながら一階のエントランスに入る。身を隠し警戒しながら階段を上り、二階三階・・・と続けていく。その姿はリノベーション会社の社員ではなく、特殊部隊の隊員たちのようである。下界の価値観を魔界の彼女らに持ち込むことがそもそも間違いなのかもしれないが。…と、そんなくだらない地の文を書き綴っていたその時である。
ナツ:…!なんかいる!
ベニコ:!
場所は最上階、そう。事前調査で雨染みのある天井板がところどころ剥落していたあのフロアである。先ほどのクラヌラナとスパリタの影響か、剥落した天井のボードも方々でまだ宙に舞っていた。
スワジュン:気をつけろ。
ミノリ:スーさんなっちゃん、さがって!
ミノリとスワジュン、年長二人が後輩二人を制止する。しかし、ベニコとナツは制止を振りきりドアを突破する。そして…!
ベニコ/ナツ:山地直葬!
スワジュン:はあ!?
ミノリ:!!!!!!
最上階にいた、いや、クラヌラナで最上階にまで押し上げられた魔物の大群に「山地直葬」をかける。そう。名前こそふざけているようにしか聞こえないが、山地深くの地層に直接魔物を転送するという、新卒のフレッシュさよりも外道の生々しさが感じられるあのオリジナル呪文である。
いくら言い出しっぺだからといって、ベニコとナツ、この二人がここまで突撃じみたことをする必要もないだろう。いや、実際ないのだが、それでもこの二人はこうやって突撃してしまったのだ。そして、山地深くの地層に魔物たちが転送され、最上階は一瞬にしてモヌケの空となった。
―――――その日の夕方、LRAオフィス―――――
アイミ(安良岡愛美):というわけで、グラン・エスポワールの魔物掃討作戦成功!おつかれー!スーちゃんなっちゃんも新卒すぐにここまでの成果が出せるってすごい!
ミチコ(舘野美智子):新卒早々やるよなあ。…あーただスワジュンから話聞いたぞ。ミノリ達の制止振り切って突撃したんだって?厳密に言ったら背任行為だぞ。そこは評価しないからな。
ベニコ:すみません。
ナツ:ごめんなさい。
ミチコ:ったく…。万が一なんてことがあったらこっちも困るし、極端なこと言えば両親より先に賽の河原に放り出されて石積んでたくないだろ。…まあ、明らかに決定打はベニコとナツコだからそこは評価するけどさ…。
そこに、マドカが自作のレモンパイを持ってくる。
マドカ:舘野ー。せっかく体張って魔物やっつけてくれたんだからもうちょっと褒めたらー?…そうそう。昨日同級生がレモン分けてくれたから作ってみましたー。みんなで食べよー。
ナツ:あーいいっすねー!
ベニコ:おまえホント能天気だな…。
アイミ:そういやなっちゃんは勢いで行っちゃったんだろうけど、スーちゃんは突撃して勝てるって算段あって突撃したの?
ナツ:いい質問ですね。
ベニコ:池●彰か。…実はリブラカで向こうを覗いて、魔物連中で自由の利く連中が残ってないの解ってたんですよね。
スワジュン:え?…末柄。
ベニコ:はい。
スワジュン:報告義務を怠ったのか。
ベニコ:え、いやだいじなんですぐ行けると思って…。
スワジュン:報告しろよ!そういう情報を共有してねーとかあぶねえだろ。
アイミ:うん。それはよくないねー。
新卒で華やかな成果を上げたものの、ベニコとナツは勇み足を叱られる結果となってしまった。なお、リブラカは相手の動きを透視する魔法で、フ●イナルフ●ンタジーでいえばラ●ブラのようなものだ。
アイミ:ただ…
ナツ:…より高いものはない
ベニコ、ナツの左手をつねる。
アイミ:こうやって二人も、そしてミーちゃんもスワジュンちゃんも無事で帰ってきたからよかった。
ミチコ:ああ。ホントそれな。…あ、もう定時過ぎてんな。今日は帰るか。…みんなお疲れ。
一同:お疲れ様です。
ナツ:…よし、今日は帰ってギンミヤにしよう。そう思った末柄紅子だった。
ベニコ:地の文をお前がしゃべるな。