甘い誘惑への調教 6
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だが、彼はその姿を変えていた。三か月の間に。
背中に肩翼を生やし、よくみると耳の下程度だった髪は肩先まで伸びている。
「六鬼」
かろうじて名を呼ぶと、六鬼はすこし浮いていた体を地面に下ろした。
「元気だった? 一鬼姉」
軽い口調。チャラついた笑み。今まで見てきた六鬼とは、明らかに違っている。
一鬼の中の六鬼の印象は、家族の顔色をうかがいつつも、口調は年相応の子供じみたものだった。
自分に向って軽口で「元気だった?」などと言ってくるような弟ではなかった。
「あはは。なんだよ、その顔。俺のこと忘れちゃったとか?」
その顔といわれ、どんな顔かわからないが、一鬼は腕で顔をこすった。
何かついていると言われたわけではないのに、恥ずかしさがこみ上げたのである。
今まで六鬼に対して恥ずかしいという感情を抱いたことがない一鬼。
自分の中に今までなかった感情に、行動。一鬼は戸惑いつつあった。
「バカだな。なにもついてないって。……いつも通り、勇ましくて、でも本当は兄姉の中で一番女の子らしい一鬼姉だよ」
一鬼は頭の先まで一気に熱が上がっていくのを感じた。
「そ、そんなことっ」
言葉に詰まる。なんて返したいのか、返せばいいのか浮かばない。
こんなに混乱に陥ったことは、過去になかった。
「ほら。そんなとこも、可愛いし」
「か、可愛……っ」
六鬼の顔が見られなくなる一鬼。視線を俯かせると、六鬼がさらに近づいた気配があった。
一歩下がろうとした一鬼だったが、六鬼がそれをさせなかった。
「ダメだって、俯いちゃ」
左手で一鬼の腕を取り、動きを封じてから、一鬼のあごを指先で持ち上げた。
「弟相手に真っ赤になるなんて、純情だからじゃん。そんなとこが女の子らしいって言ってるのに」
ふと、背後の女鬼に動きがあるのに一鬼は気づく。
自分と六鬼の方に近づいてくる。
「誰かっ」
顔を振り向かせようと思っても出来ない。声だけでもと、叫んだ一鬼。
だが、その声はむなしく響くだけ。
他の女鬼がどうなっているのか、確かめたくてもかなわない。
「六鬼。は、離してっ」
その声に一鬼の体から六鬼の手が離れたのに、一鬼はその身を自由に出来ずにいる。
(どういうこと?)
直立不動のまま、六鬼と向かい合っている一鬼。
六鬼はというと、軽く腕を組み、不敵に微笑んで一鬼を見つけていた。
「動いてみなよ、一鬼姉。離してっていったから、離したんだからさ」
一鬼だって動きたいと思っている。
が、指先一つですら動かせない。その状況に、鼓動が早まっていく。
身動き出来ずにいる一鬼を楽しげに見てから、六鬼は一鬼の背後に向かい手をかざす。
「悪いけど、みんな寝ててね。ちゃんと気持ちよくしてあげるから」
女鬼へとかざした手のひらから、紫の煙が向かっていく。
さっき父親や男鬼の体内へと入り込んでいった煙と似ていることに、一鬼は気づく。
「六鬼、あんたもしかして」
背中に嫌な汗が流れていく一鬼。
「もしかして」の続きを言おうとした一鬼の目に、六鬼の手が触れる。
ひんやりした手が、一鬼の両まぶたの上から下へと動いていく。
(あ……)
気づいた時には、一鬼は目を閉じさせられていた。
「一鬼姉」
自分を包み込む体温を感じるが、身を捩ることも出来ない一鬼。
「他の子みたいに意識なくしたままじゃ、つまんないでしょ? ちゃんと楽しく気持ちよくなれるようにしてあげるからさ」
六鬼の手が、自分の背中を撫で上げていく感触を感じる五鬼だが、恐怖感しか生まれてこない。
今までどんなバトルに出ても、恐怖らしい恐怖を感じたことはなかった。
初めての恐怖感を感じた相手が、母親が違うとはいえ自分の弟に対してだなんてと、一鬼はショックを隠すことが出来ずにいる。
そして一鬼はもう一つのショックを、たった今、受けている。
唇にやわらかいものが触れた。
そっと触れて、離れて。また触れて、離れて。すこし長く触れて、離れて。
それを数回繰り返してから、長さだけじゃなく深くなっていくそれを感じる。
兄弟の中で唯一成人している一鬼だが、男鬼とともに闘ってはいても、そっちの経験は一切ない。
初めてのキスの相手が、弟。
その事実に頭の中がどうにかなりそうになるのに、それ以上に一鬼を混乱させているのは、弟のキスを心地いいと思い始めている自分にであった。
幾度かのキスを繰り返しているうちに、一鬼の体は自由を取り戻していく。
目を開けることはないものの、腕を動かすことも、自立することも出来る。
体の一部が自由になった一鬼が最初にしたことは、六鬼の首に腕をまわしてキスを求めたことである。
その瞬間、六鬼はキスをしながら薄く目を開き、一鬼を見つめて微笑んだ。
六鬼のその視線に気づかないまま、一鬼は六鬼を求め続けた。
口内で絡めあう、唾液と舌先。
自分から、甘い吐息がこぼれてしまうのに、今は何の抵抗も感じない。
二人の唇が、そっと離れていく。
ゆっくり目を開く一鬼。
つ……と、唾液の糸が二人を繋いでいたかと思うとすぐになくなってしまう。
一鬼は妙に寂しくなり、一歩前へと進んだ。
「一鬼姉」
六鬼が低めの声で、一鬼を呼ぶ。
一鬼はそれに体を強張らせ、視線だけで返事をした。
「来る? 今、俺がいるところに」
手のひらを上向きにし、おいでと言っているかのように一鬼に差し出す六鬼。
「六鬼がいるところ……」
たどたどしい口調で、それだけをかろうじて返した一鬼に、六鬼は告げた。
「来るよね?」
やわらかく微笑む六鬼の瞳が紅くなる。
その瞳を見つめているうちに、一鬼の目からは生気が消えていった。
「……おいでよ」
今度は一鬼の手が六鬼へと伸びて、差し出されていた手を取る。
そのまま二人は紫の煙とともに、その場から消えた。
地面に無数の鬼が意識をなくしたまま、倒れている。
その鬼を、悪魔たちが魔界へと連れ帰り、そこには何も起きなかったような静寂が訪れていた。




