幸せ
「ルーちゃん!こっちこっち!」
「ま、待ってぇ……!」
人混みの中をリリーナは楽しそうに結奈の手を引いて駆けていく。
屋台からは甘いお菓子の香り、焼き立ての肉の匂い、そして子どもたちの笑い声。
王都中がお祭り一色だった。
「あっ!ターキー!」
リリーナはターキーの屋台を見つけるなり一直線に駆け寄る。
「おじさん!二本!」
「おぉ!リリーナ様に聖女様!」
店主は嬉しそうに目を細め、大きな焼きたてのターキーを二本差し出した。
「はいよ!」
「ありがとう!」
「ありがとうございます……」
結奈は両手で受け取る。
(……大きい、食べきれるかな…)
そんなことを考えていると、リリーナはさっさと代金を払い、また結奈の手を握った。
「行こ!」
「え、でも、お金……!」
「いいの!」
リリーナは満面の笑みを浮かべる。
「誘ったのはわたしだもん!」
「でも……悪いよ……」
「悪くない!」
ぐいっと手を引かれる。
「今日はルーちゃんを楽しませる日なんだから!」
「うぅ……」
結奈は受け入れるしかなかった。
(押しが強い……)
でも、その温かい手は嫌ではなかった。
---
数日前の昼休み。
いつものように食堂で昼食を食べていると、リリーナが思い出したように口を開いた。
「あ、そうだ!」
「?」
「今度、毎年恒例お祭りあるよ!」
「…お祭り?」
「あ」
リリーナがそうだったという顔をする。
「そっか、ルーちゃん記憶喪失だったね」
「……あ、あはは」
結奈は乾いた笑みを浮かべた。
(忘れてた……そういう設定だったね……)
結奈の考えにリリーナは気付くわけもなく話を続ける。
「本当はもっと前に開催される予定だったんだけどね」
リリーナが少しだけ眉をひそめた。
「ヴィリデルーネがルーちゃんを攫ったせいで延期になっちゃって」
「そ、そうだったんだ……」
結奈は曖昧に笑う。
(お祭りかぁ…)
結奈は前世で一度だけ、一人で祭りに行ったことがある。
しかし、周りを見れば皆、恋人、家族、友達と回って楽しそうな人ばかりだった。
(……すぐに帰りたくなったなぁ)
結奈は焼きそばだけ買って帰った苦い記憶が蘇る。
「だからね!」
リリーナは身を乗り出した。
「一緒に行こ!」
「……え?」
「え?」
二人とも固まる。
「えっと……」
結奈は恐る恐る聞く。
「わ、私と……?」
「うん!」
「なんで……?」
「なんで?」
リリーナが不思議そうな顔をする。
「親友だから」
リリーナの言葉に結奈は少し目を丸くする。
(親友だから……)
そんな理由で誘われたことなんて、前世では一度もなかった。
「……迷惑じゃない?」
「なるわけないじゃん!」
リリーナは即答だった。
「むしろ来て!」
結奈は思わず笑ってしまう。
「……じゃあ、行きたい」
「やったぁ!」
リリーナは両手を上げて喜んだ。
---
祭り当日。
「ルーちゃん見て!」
「わぁ……!」
可愛らしいアクセサリー屋台。
ハート型のピアスに模造宝石のネックレス、色とりどりの髪飾り。
「これ可愛くない?」
「うん、可愛い……」
「ルーちゃんに似合いそう!」
「え、私?」
「そう!」
結奈は照れて俯く。
「……私よりリリーナちゃんの方が似合うよ」
「またそんなこと言う!」
リリーナは頬を膨らませた。
「ルーちゃんはもっと自信持ちなきゃ!」
「む、無理だよ……」
二人が笑っていると、
「お嬢さん」
ふと、白髪の老人が声を掛けてきた。
「道を教えていただけますかな」
「わたし?」
「そうじゃ」
「わたしより兵士に聞いた方がいいよ?近くにいるばずだから」
「見つからなくてのぅ」
「そっかぁ…じゃあ連れてく!」
リリーナは明るくすぐに答えた。そして結奈を見る。
「ルーちゃんは?」
「わ、私は……」
その瞬間、勝手に結奈の口が動いたのだ。
「ここで待ってる」
(えっ!?違う!そんなこと言うつもりじゃ……)
しかしリリーナは結奈の異変に気付かない。
「すぐ戻るね!」
そう言って老人を連れて行ってしまった。
そして、その場に残された結奈は青ざめた。
(今の……何……?)
「……不思議ですよねぇ」
「!」
背後から聞こえる穏やかな声。
結奈は後ろを振り返る。
そこには当然のようにリデルが立っていた。
「リデル様……!」
結奈は慌てて周囲を見る。
(戦争をした国の国王だなんて…!人に見られたらまずい……)
「こ、こっちへ!」
結奈はリデルの袖を掴み、人目の少ない路地へ連れていく。
リデルは楽しそうにその状況を笑った。
「大胆ですね」
「ち、違います!」
結奈は慌てて首を振る。
「な、何の用ですか……」
「お願いがありまして」
「……なんですか?」
「聞いて下さるんですね。ありがとうございます」
リデルは微笑む。
「では、髪を一本ください」
「…………はい?」
結奈は完全に固まった。
「髪です」
「な、なんでですか……」
「追跡魔法に使います」
「…………」
「貴女がどこにいるか」
「…………」
「誰といるか」
「…………」
「何をしているか」
「…………」
(怖い…怖いけど……断ったらもっと怖そう…)
結奈は小さくため息をつき、自分の髪を一本抜いた。
「……どうぞ」
「ありがとうございます」
ヴィリデルーネは大事そうに受け取る。
「これで安心です」
(安心なのはそっちだけだよ……)
結奈は心の中で泣いた。
「では失礼します……」
「お待ちください」
「ま、まだ何か……」
ヴィリデルーネは結奈の髪へそっと触れた。
「え……?」
結奈が見ると、赤い薔薇の髪飾りがついていた。
「お似合いですよ」
結奈は髪飾りへ触れる。
「……買ったんですか?」
「はい」
「……ありがとうございます」
「どういたしまして」
その時。
「ルーちゃーーん?」
遠くからリリーナの声が聞こえた。
「あっ!」
結奈はリリーナの元へ走ろうとした。
しかし、リデルに腕を掴まれる。
「え……」
次の瞬間、結奈は不意打ちの口づけをくらった。
「……っ!?」
結奈は慌てて顔を真っ赤にし飛び退いた。
「な……!」
しかしリデルは相変わらず穏やかだった。
「私、しばらく遠征で国を離れますので」
「そ、そうなんですね」
結奈は自身の唇を隠すように押さえる。
「…お気を、つけて…!では!」
結奈はリデルから逃げるように走り出しあ。
「あ!ルーちゃん!」
「ご、ごめん!」
リリーナが駆け寄る。
「どこ行ってたの?」
「えっと……」
結奈は慌てて頭の薔薇へ触れた。
「髪飾りを配ってる人がいて……」
「へぇー」
リリーナは結奈をじっと見つめる。
「でも!」
そしてニヤッと笑った。
「わたしの方が絶対ルーちゃんに似合うの選べる!」
そう言うなり再び結奈の手を握る。
「次行こ!」
「わ、わぁっ!」
人混みの中を引っ張られていく。
結奈は転ばないよう必死についていきながら、小さく笑った。
(……楽しい)
前世では味わえなかった時間。
誰かと笑って、誰かと手を繋いで、他愛もない話をする。
(ずっと……)
胸の奥で、そっと願う。
(この幸せが、ずっと続けばいいのにな……)
だが、その願いを知る者は誰もいなかった。
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