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罪悪感

長い廊下を二人はゆっくりと歩く。

 

窓から差し込む朝日が学校とは思えない大理石の床を照らし、その上を結奈(ゆいな)とルイゼンの影が並んで伸びていた。


廊下の両脇では、生徒たちが思わず足を止めていた。


「あぁ……やっぱりお似合いですわ」

「聖女様と王太子殿下……まるで絵本から飛び出してきたみたい……」

「尊い……」


黄色い歓声があちこちから漏れる。

その視線に、結奈は居心地悪そうに肩をすくめた。


(……みんなが見てる、違うのに、私はこの人たちが望んで見てる存在なんかじゃないのに…)


視線を集めるほど、結奈は自分が"偽物"だと思い知らされる。


痛かった結奈の胸がさらに苦しくなった。


「…あの…ルイゼン、さん」


結奈は隣を歩く青年を見上げる。


「ん?」

「その……何で教室まで送ってくれるんですか?」


嫌なわけじゃない。むしろ嬉しい。しかし、嬉しいと思ってしまう自分が結奈は嫌だった。


「嫌だったかい?」

「あ、違っ!嫌とかじゃなくて!」


結奈は慌てて手を振る、するとルイゼンはくすりと笑った。


「そんなに慌てなくても大丈夫」


ルイゼンは優しく目を細める。


「俺は君の婚約者だから」


その一言だけで十分だった。


「教室だろうと城の中だろうと、君を一人では歩かせない。俺がちゃん君をエスコートするからね」


あまりにも自然に言われたせいか、結奈はどうしようもない気持ちに襲われた。


(……違う、そんな言葉、私が言われていいものじゃない)


結奈は思わず胸を押さえる。


「……ありがとうございます」


結奈はなんとか小さく笑う。その笑顔を見たルイゼンも嬉しそうに笑った。


そして周囲からは…


「きゃぁ……!」

「見た!?今の!」

「甘すぎますわ!」


と黄色い悲鳴。

結奈は気まずさで俯く。


(お願いだから見ないで……)


……


二人は目の前にある教室の前で立ち止まる。


「えっと、ここです。送ってくれてありがとうございます」


深く頭を下げる結奈。そんな結奈を見たルイゼンは静かに口をひらいた。さっきまでの明るかった表情を少しだけ曇らせながら。


「……メルーナ」


その声色は、その場の空気を一瞬で変えた。


「君が記憶を失ったって聞いた時、俺は信じられなかった」


ルイゼンは少し俯く。


「……いや、信じたくなかった」


結奈は胸が締め付けられ、顔を上げられなかった。


「本当は少しだけ期待してたんだ」


ルイゼンは苦笑する。


「世界中を忘れても、俺のことだけは覚えていてくれるんじゃないかって」


その言葉が刃みたいに結奈の胸へと刺さる。


(やめて、そんなこと言わないで)


私は

メルーナさんじゃないから


(……ごめんなさい)


心の中で何度も謝る。しかし口には出せない。


「だから決めたんだ」


ルイゼンは結奈の、否、メルーナの両手をそっと包み込んだ。

温かい。驚くくらい優しい手だった。


「絶対に君の記憶を取り戻す。時間がかかってもいい、何年でも待つ。君が君を思い出す、その日まで」


ルイゼンのその瞳には迷いがなかった。廊下にいた生徒たちから歓声が上がる。


「王太子様……!」

「素敵……!」

「応援しております!」


皆が笑っている。喜んでいる。

でも、結奈だけは笑えなかった。


(……違う、違うから。その優しさは、全部、本物のメルーナさんに向けられているもの)


なのに、結奈は胸が少しだけ温かくなってしまった。


(……こんな風に、誰かに大事にされたことなんて)


前の世界では、あったっけ。

思い出せない、だから余計に嬉しくて、だから余計に自分を最低だと感じる。


(ダメ、返さなきゃ。この身体も。この居場所も。この人も。)


全部。

私のものじゃない。


「……ありがとう、ございます」


声が震える、結奈は耐えられなくなってしまい、そっと手を離した。


「わ、私……もう教室に行きますね」


結奈は逃げるように笑う。


「ルイゼンさんも遅れちゃいますよ」

「……そうだね」


ルイゼンは再び優しく笑った。


「またあとで」


その一言だけを残して歩いていく。

背中が見えなくなるまで、結奈はその場から動けなかった。


「……ごめんなさい。」


やっと口に出せたその言葉は誰にも聞こえないほどの小ささだった。


………


昼休み。

鐘が鳴ると同時に、教室が騒がしくなった。


「聖女様!」

「体調はいかがですか!」

「どうか無理はなさらないで!」

「今日もお美しいですわ!」


一瞬で結奈の机が人に囲まれ、結奈は目を丸くした。


(近い近い近い!!圧がすごい!!)


結奈は笑顔を作るだけで精一杯だ。


「え、えっと……ありがとうございます…」


すると


「ねぇねぇ!」


元気いっぱいな声が教室中に響いた。


「聖女様!」


人混みをひょいっと掻き分け、一人の少女が結奈に飛び込んでくる。


ふわふわのピンク色のツインテールにひまわりみたいな黄色い瞳、小動物の小さい女の子だった。


「聖女様!お昼のランチは誰と食べるの?」

「えっ…と、特に予定は…」

「ならさ!わたしとランチ食べよ!」

「え?」


少女は結奈の返事を待たずに腕をぎゅっと抱き締める。


「決定ー!」

「えぇっ!?」


その瞬間。


「無礼ですわ!」

「聖女様に触れないでください!」


教室中から非難の声が飛ぶ。

しかし少女は「えぇー?」と頬を膨らませるだけだった。

結奈は慌てて立ち上がった。


「だ、大丈夫です!」


皆の視線が集まる。


「この子は……一人で食べる私を心配してくれただけですから!」


その一言で空気が変わる。


「さすが聖女様……」

「なんてお優しい……」


尊敬の眼差し。しかし結奈は苦笑いしかできない。


(違う、優しいんじゃない、争うのが怖いだけ、嫌われたくないだけ)


結奈はそんな本音は飲み込んだ。


「じゃあ!」


少女は結奈の腕を引っ張る。


「行こ行こ!」

「えっ!?待って!」


少女は結奈を連れてそのまま教室を飛び出した。

教師からは…


「聖女様ー!」

「ずるいですわー!」


という悲鳴が聞こえる。

少女は楽しそうにケラケラ笑いながら走る。


「えへへ♪聖女様とランチ〜♪」


少女は廊下を駆け抜けながら振り返る。


「そうだ!わたしまだ名前言ってなかった!」


少女は胸を張って満面の笑みで結奈を見る。


「わたしはリリーナ・ルイル!よろしくね! 聖女様!」


その笑顔は、この世界に来てから初めて見る、打算も敬意もない()()()()()()()という純粋な笑顔だった。

一方の結奈は、その笑顔を見つめながら思う。


(……私なんかと仲良くして、後悔しないといいけど)


それでも。

その手を振り払うことだけは、どうしてもできなかった。


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