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書痴日記  作者: 茶屋ノ壽
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 女子供が先です!という言葉は結構聞いたことがあるけど、弱者だけが生き残ってもそれは滅亡する時間がちょっと伸びるくらいなんじゃないかな?という冷静な判断もありそうではあるなあと。


 冷たい話ではあるのだけれども、働き手がいなければ、それも効率よく資源を得られる、お金でも食料でも安全な場所でも、道具でも、はたまた社会のシステムを構築維持することのできる技術がある人、それがいなくなれば、そのうち詰むわけですから、こう、弱者を優先することは時と場合によっては悪いことになる?んじゃないかなとか思うんだよね。


 感情的には否定するわけど、というか、面と向かっていうと、嫌われるというか逆に排除される側になるよねこれ。


 それはそう、弱くなった時に切り捨てられるということが普通になったら、安心して暮らせないから。だからちょっと誤魔化して、そういうふうなことが表面に出ないようにして、結果としてそうなるようにしている、場合があったりするんじゃないかな?


 ただ、弱者救済ができるというのは社会に余裕があるということであるので、それができない社会はそもそも長続きしないはずであるから、そこを切り捨てることが普通になると、末期が近いというバロメータになる?かもしれないですね。


 また、それはこの時点での弱者というだけの話であり、環境が変化すれば、それは強いものとして扱われることもありそうではあるのですよね、単純に小さな人でも年齢を重ねると強くなるわけで、学習をする時間がたくさんあれば、可能性はさらに増えるわけではあるし。


 社会的なハンデ、肉体的なハンデ、精神的なハンデ、それらが強みになる可能性も少なくないわけであるしね、それらの多様性を内包して、一塊というか、大きな枠組みで持ってして、進化?変化?成長してきたのが、人間の集団である、と見ることもできるわけですから。


 一概に弱者を救済することが良いのかというと、そうではなく、じゃあ、一概に切り捨てることが正しいのかというと、それも違うんじゃないかな?


 時と場合によるとしか言いようがないわけだけど、まあ、これは他の何事にも同じように言えるので、適切な判断がちょうど良いタイミングでできるようにするしかないというか、妥協していくしかないのだろうね。


 せちがない世の中ではある。


 まあ、子供なのでよくわかりません、と韜晦しておいた方が、実のところ無難なのであろうなぁとは思うけれども。


 世の中はそう単純じゃないのですよ、と言われるくらいの、適当さで発言することができる年齢であることを、十分に生かすと良いのでは、とか思いました。


 今日はここまで。

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