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書痴日記  作者: 茶屋ノ壽
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 12月です、いやまあ、月が変わったから何ですか?と言う話でもあるけれども、昨日の続きというか、断続的に時間は流れているのであるならば、区切りを意識することは本当に必要であるのかな?という疑問はあったりします。


 必要ではあるんじゃないかな?とは思うんだよね、いやまあ、きっかけというか、行動?習慣をつける道具としては優秀だと思うんだよ、日付とか、区切りとか。


 やる気が出るまでは何もしないという行動指針だと、これはまあ、何もしないまま時間が過ぎる、のだそうですよ、やる気というのは行動に伴って徐々に出てくるものであるから、何かし始めないと、そもそも出てこないということで。


 じゃあ、何かを始めるにはどうすればいいのかというと、そのための習慣があれば良いのです、という話で。


 この年のこの時期にはこれをする、これが慣習というか習慣になっていればそういうことを無理やりにでもやり始めるわけで、そうするとそれに関連したやる気が出てくる、かもしれないということなんじゃないかな?


 効率よく生きるために、非効率な習慣が残っているわけなんだろうなと、無理矢理にでも仕事をする、作業をしなければならない状況に持っていく、きっかけになるのではないかなという認識があったりする。


 いやま、もちろん最初というか、その時期にやらないといけないものの理屈は確かにあるわけではあるし、農業とかそのままそうであるよね、とはわかるから、暦を意識するというのは、生存戦略的に必要なものであったわけで。


 ただ現状それは、それほど意識しておかなくともどうにかなるようなものではあるわけなのであるよね、季節をある程度無視しても、衣食住が賄えるようになってきた、いやまあ、四季のない地域もあるので、そういうところはそれがさらに早めに顕著になってきたのかな?


 生きるために必須であった暦がそうでは無くなったのに、しかし意味を持って残っているというには、何かしらの役割が当てはめられている、のではないかな?と、いやまあ、惰性と習慣である、という場合もありそうではあるけれども。


 それを上手に使いこなすことが大事になる、んじゃないかな?とも思う。


 いやまあ、それがあることを知って、あえて無視するやり方もあるわけだ、それはそれで、暦にとらわれないという、強みというか、囚われないために意識する、ような意味合いが出てくる?のかな?


 そろそろ年末行事が増えてきて面倒臭いなぁとか思っているだけではある。


 今日はここまで。

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