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書痴日記  作者: 茶屋ノ壽
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 宗教というものには嫌悪感がある、これはまあ、普通の文化的な風習として受け継がれてきているものに対してはそれほどでもないけれども、悪臭となっているような感じのそれに対しては、怒りすら覚える、と思うんだけどどうなんだろう?


 こう、個人の自由を著しく制限してしまうものは嫌いなんだよね、あとはこうするものであるという思考停止状態もよろしくないなぁと思う。


 いや、良い伝統とか、受け継ぐべき文化とか、そういうものがあるのは分かるし、よって立つべき何かがないと、途端に不安定になる民衆というか、集団?があることも知っているし、肌で感じている分野でもあるのだけれども。


 信じていて不幸になる、なっているんじゃないかな?という状態を目にすると、他人事であってもなんだかムカムカしてくるじゃないか?という話ではあり。


 科学的な知識を蔑ろにしている、人の知性を冒涜しているような行いに対しては、これまた、普通に怒って良い案件ではないかなと、起こるというよりは叱ったほうが良いのでは?という感覚があったりするわけではある。


 洗脳とかはダメなんじゃないかな?という単純な意見でもある。ああまあ、緩やかに教育という言葉で全体が洗脳されているという事実があることも理解しているわけではあるけれども、過度なそれはよくないのではないかなと。


 思考の硬直化を招くということもあるけれども、誰かに生活を支配され、一方的に搾取されている関係はこれはまあ歪んでいるわけで、その歪みはこちら側にも、影響を及ぼしかねないというか、普通に社会構成の一員であるわけで、確実に関わってきてしまっている、んじゃないかなと。


 悪徳をのさばらせておくとこちらにまで、デメリットが出てくる、だから、どうにかしなければならないと、なるのではないかなと。


 極端な話、全ての宗教がなくなれば、かなり世界は平和になるのではないかなとは思うけれども、過去のいつかに、どこかで誰かが初めてしまった事実は、これはかき消せないわけで、であるならば、どうにかして付き合っていって、無難なものに変質させてしまわなければならない、んじゃないかとか思っているんだよね。


 信仰の自由は守られるべきである、そこに救いを求めている人がいるならばそれは正しいことではある、少なくとも容認する余地はある、ただ、それに頼っているばかりではこれはよろしくないのではないかなとも思う。


 現状が不満であり不安であるから宗教が必要であるのであるならば、それは政治の敗北なのではないかな?とは思う。

 

 ああ、趣味で信仰しているという話であるならば、それは認められるべきではあるのではないかな?とは思うよ。


 宗教が娯楽になる未来が、一番平和なんじゃないかな?とは思う。


 今日はここまで。

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