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神社からの眺めと優しい瞳 2

 社務所に落ち着くと、氷でじっくり淹れたという冷茶を振る舞われた。まろやかで甘みもあってとても美味しい。そういう淹れ方があるのは知っていたが、飲むのははじめてだ。


「来年の夏は俺もやってみようかな」

「普通の茶葉でも美味しくできるからお勧めよ」


 大さんも深めの平皿にお茶をもらっていたが、今はお茶と同時に出された水ようかんに夢中だ。味わうように少しずつ食べてじっくり味わっている。


「大さん、作爺のあんこ、大好きだもんな。よかったな」

「なー」


 大さんは嬉しそうにふっさふさのしましま尻尾をばっさばっさと振る。


 婿養子である作爺は、昔から参道の入り口で和菓子屋を営んでいた。神社の収入だけでは、社や長い参道の維持などを賄うだけで精一杯らしく、和菓子屋の収入で家族を養っていたのだ。

 そんな事情なので、作爺と美代さんの子供世代は神社を継がずに、みんな普通の勤め人をしている。孫である真希にしっかりした職業の婿養子を迎えた上で宮司を引き継がせたいと思っていたようだが、授かり婚で真希が堅司の家に強引に嫁に行ってしまったので(これは絶対に真希が狙ってやったに違いない)、急遽真希の兄の信一さんが奥さんと一緒に実家に戻ってきたのだと聞いている。

 同居はうまくいってるかと聞いたら、信一さん夫婦はもう家を出ていると美代さんが教えてくれた。


「え!? 喧嘩したの?」

「やあね。違うわよ。舅に姑に大舅に大姑がいる家に同居じゃお嫁さんが可哀想でしょう? だからね、麓の和菓子屋を建て替えて若夫婦の住居にしたの」

「じゃあ、作爺の和菓子屋は?」

「今は若夫婦の住居併設で和風喫茶になってるわ。喫茶のほうはお嫁さんがメインでやっててね。健作さんの和菓子も店頭で売ってるの。けっこう人気なのよ」


 モダンな店内や作爺のあんこを使ったパフェや洋風にこしらえた和菓子も人気で、遠くから通ってくる常連客も多いのだとか。作爺は和菓子作りだけに専念できるようになったし、お嫁さんが和菓子作りを覚えようと手伝ってくれるしで、体力的にも楽になったと喜んでいるらしい。うまく世代交代が進んでいるようで、ほっとした。


「信一達もね、いずれ夫婦で珈琲ショップを開きたいって思っていたらしいの。だから、今ではむしろ帰って来れてよかったって言ってるみたいよ」

「うまい具合にいくもんだね」

「ええ。本当に……」


 美代さんは穏やかに微笑んで、喉を湿らすようにお茶を飲む。

 こうして見ると、微笑む口元やグラスを持つ指にも随分と皺が増えた。それでも背筋は凛と伸びていて、美人宮司として名高かった往年の面影がしっかり残っている。


「さて、そろそろ本題に入りましょうか」

「……あー、また今度でも構わないけど」

「もう、怖じ気づいちゃって。しょうがない子ね。でも、今日は逃がさないわよ。可愛い孫から頼まれていますからね」


 真希め、逃げ道塞ぎやがって。覚えてろよ……なんて言ったところで、どうせ俺が真希に勝てっこないんだけどさ。


「わかったよ。でもその前に、例の臭い石だけど、堅司がどっかに運んでくんだろ? 途中とか、大丈夫なのかな?」

「ええ、そこは心配いらないわ。堅司くんは強いし、守り石も持っていますからね。それこそ年単位で側に置いたらさすがに悪影響があるかもしれないけれど、半日程度なら大丈夫」

「そっか。それなら安心だ」

「ええ。私もまず最初に質問があるの」

「なに?」

「勝矢くんは、どうして鈴ちゃんが見ているのが京子先生だと気付けたの?」


 京子先生というのは、祖母のことだ。美代さんや作爺達は、祖母の教師時代の教え子だったらしい。


「こっちに戻って気が抜けて、一週間ぐらいだらだら過ごしてたんだ。そしたら、この馬鹿たれ! って、祖母ちゃんに腹を叩かれたんだよ。最初は夢かと思ったけど、動かぬ証拠とばかりに腹に手形が残ってた」

「あら、京子先生ったら、よっぽど腹に据えかねたのね。……そう、そういうこと」


 京子先生らしいわと、美代さんが微笑む。


「美代さんも祖母ちゃんが見えてたんだ?」

「そうね。わが家にはたまにそういう特別な目を持つ者が産まれてくるの。見えるだけでたいしたことはできないのだけど。これも、勝矢くんが言ってた『ギフト』ね」

「……ってことはさ、祖母ちゃんって成仏してないんだよな? それって、いいの?」


 幽霊であれ、会えたのは嬉しい。だが、ちゃんと葬儀を終え供養もしているのに、この世に留まっている状態というのは、普通に考えてあまりよろしくないことのように思える。

 心配をかけている身が言えることではないが、祖母には安らかに眠っていて欲しいのだが。


「ああ、そうよね。そこから説明しなきゃいけないのね。――あのね、勝矢くん。京子先生はちゃんと成仏してらっしゃるのよ」

「じゃあ、俺の腹を叩いていったアレは? 一時的にこっちに戻ってきたとか?」

「そうじゃないの。あれは……そうね。残留思念と言う人もいるけど、それでは風情がないから、『心残り』とでも言えばいいのかしら」

「心残り?」

「そう。命を終える間際に強く心に思ったことが、気の塊となって残ってしまうことがあるのよ。魂の欠片のようなものね」


 本体の魂が成仏した後も、その魂の欠片はこの世に残り、『心残り』のある処に留まる。生前の人格をある程度は備えているものの、『心残り』なこと以外に興味を向けることはほとんどなく、祖母が鈴ちゃんに自分から挨拶したのはかなり珍しいことなのだと美代さんは教えてくれた。


「勝矢くんの子だと勘違いしちゃったのかもね」


 ほほほ、と美代さんが笑う。


「笑い事かなぁ。誤解解かなくていいのか?」

「いいのよ。話を理解できるほどの力が残っているとは思えないわ。真希もなかなか意志が通じなくて苦労したって言っていたし」

「真希、祖母ちゃんと話したんだ」

「眠っているときに一方的にイメージを送られたそうよ。勝矢くんが戻ってきて、引っ越し作業が進まなくて困ってる……みたいな感じで」

「ああ、それでいきなり手伝いに来てくれたのか」

「その頃から比べても、随分と姿がおぼろげになっているみたいね。そろそろ消える頃合なんでしょう」

「消える? 本体に戻って成仏するんじゃなくて?」

「そういうんじゃないの。そうねぇ。泡の固まりようなものをイメージしてちょうだい。月日と共に少しずつ泡が潰れて固まりが小さくなっていくの。勝矢くんや真希に直接働きかけるような無茶をしたことで、その泡が一気にぷちぷちぷちっと弾けてしまったのね」

「祖母ちゃん、俺のせいで消えるのか……」

「だから、そうじゃないの。京子先生の欠片として存在する力がなくなるだけ」


 『心残り』は、個として存在する力を無くすと、強く引かれる対象に吸収されるのだと美代さんが言う。

 祖母の場合は、『心残り』の対象である俺の元に還るのだと……。


「臆病なあなたが誤解してはいけないから言うけど、取り憑くとか、そういうのとは違いますからね。外から見守っていたのが、内に変わるだけ。あなたの魂に溶け込むの。もちろん、そんなことができるのはお互いが想い合っているから。一方的な想いでは弾かれて溶け込むことなんてできないわ」


弾いたりはしないでしょ? と聞かれて、頷いた。


「……祖母ちゃんの欠片は、俺の中に溶け込んで、俺の心の支えになってくれるのか」

「あら、素敵な言い方。ギフトといい、勝矢くんはなかなかロマンチストね。――死に別れた大切な人は自分の心の中で生きている、なんて言う人がいるけど、あれはある意味では真実なのかもしれないわね」


 『死』に奪われても残るものがあるのなら、それはほんの少しの慰めになる。

 とはいえ、それは常人には分からない次元の話だ。教えてくれる人がいるだけ、俺は運がいいのかもしれない。

 なんとなく、すぐ側にいる大さんの頭を撫でると、大さんがお返しとばかりに指先を舐めてくれた。


「……俺の両親のときはどうだった?」

「こちらに来て一年ぐらいは、ご両親の『心残り』があなたの側に居たわね。あなたがこちらの生活に溶け込んで安心したのか、やっぱりあなたの元に還ったわ」

「……そっか」

「誰かさんがめそめそ泣いてばかりだったから、ずっと心配そうにしてて、見ていることしかできない身としては本当に辛かったわ。私だって子も孫も居る身だから、親御さんの気持ちは痛いほどわかるもの」

「あー、それはどうもスミマセン」

「どういたしまして。真希なんて、黙っていられなくて、自分からあなたにちょっかいをかけにいったぐらいなのよ」

「へ?」

「心配そうにしているご両親が可哀想で、なんとかしなきゃって使命感に駆られたみたい。あの子、あなたが泣かなくなるように鍛えてやってるつもりだったのよ」

「あー、そっか。いきなり話しかけられて、連れ回されたのはそのせいだったのか……」


 真希は俺と出会ってすぐ、感謝しなさいねと偉そうに言い放って、しゃがんでシクシク泣く俺の手を無理矢理両手でつかんで、ずーるずーると引き摺りながらあちこち連れ歩いてくれた。

 正直、その当時は怖い子がいるとびびっていたものだが、そのお陰で俺の行動範囲は広がったし友達も増えて、楽しい小学校生活を送れたのだから、今となっては感謝しかない。

 だが、両親はどう思っただろう? 最初のうちは、子分扱いされている俺が苛められてると勘違いして、ハラハラオロオロして見守っていたんじゃないだろうか?

 かなり過保護だった両親の『心残り』の反応を思うと、ちょっと笑えてくる。

 最後にはきっと、真希達と笑って遊ぶ俺を見て安心してくれたんだろうと信じたいが……。


「その表情から見るに、ショックは受けていないわね」

「ショックって、なにに?」

「真希が心配していたのよ。見えてることがばれたせいで、ご両親の『心残り』の為に友達をやってたんだって誤解されたらどうしようって。ちゃんと弟分として可愛がってやってたのにって」

「同い年なのに弟分って……」


 あー、やっぱりそう思ってたかー。俺だって、強気で姉御肌の真希に完全降伏してたから否定はしないけど、男のプライドが疼くぜ。くそう。


「あら、こっちがショックだった?」

「今さらだからもういいよ。……友達になったきっかけもどうでもいいし。そもそも堅司だって、祖父ちゃんが源爺経由で頼んでくれたから友達になれたようなもんだしさ」


 ちょっとしたことでしゃがみ込んででシクシク泣いていたあの頃の俺は、こども達にとっては友達になりたくない面倒な相手だったに違いない。大人の介入がなければ、誰からも相手にされなかった可能性だってある。この件に関しては、両親と祖父に感謝するしかないのだ。……情けないけどな。


 ところで、祖母の『心残り』は、いまだにずっと側にいてくれているらしい。それならば祖父は?

 気になった俺が聞くと、美代さんはあっさり言った。


「師匠はなにひとつ『心残り』を残さなかったわ」

「まじで?」


 我が人生に一片の悔いなし、か?

 それはそれで凄いな。

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