神社からの眺めと優しい瞳 1
その後、俺は、大さんの詳しい話を聞きに、神社の美代さんの元に行くかどうか真剣に悩んだ。
正直言ってしまえば、大さんが超長生きで抜け毛知らずの謎の巨大猫だってことを認めるだけで、実はもう許容量ぎりぎりだったのだ。
とりあえずは、この大さんに対する新しい認識が自分の中でしっかり定着するまで、もうしばらくそっとしておいて欲しい
真希と鈴ちゃんのギフトに関しても同じだ。っていうか、真希達のギフトは、堅司の職業的に便利なギフトと違って、まっすぐオカルトに直結してそうで本気で怖い。
真希達は怖くないし、祖母の幽霊も怖くないが、オカルトは今でも苦手だし他人の幽霊は本気で怖い。
幽霊って、普通怖いよな? 俺だけじゃないよな?
どうせ、小心者だよと開き直った俺は、神社に行くのを保留にすることにした。……のだが。
『勝矢くん、真希から話を聞いたわよ。日曜日はお客さんも多いから無理だけど、月曜の午後なら時間が空くから、是非いらっしゃい。待ってるわよ』
真希から話がいったようで、美代さんから直々に電話で招かれてしまった。
こうなっては仕方ない。神社を訪ねるしかなかった。
月曜の午後、とりあえず家の戸締まりをして、出掛ける準備を終えた俺は大さんの姿を探した。
「大さーん、どこだー?」
「なー」
声のした玄関に行くと、大さんが下駄箱の引き戸を器用に開けて、中に顔を突っ込んでいる。入ってるのは俺の靴ばかりなのだが、見てるだけでも臭そうで、大さんごめんと謝りたくなる。
なにしてるんだと聞くより先に振り返った大さんの口には、リードが咥えられていた。
これの意味するところはひとつしかないように思える。
「……もしかして、神社に一緒に行きたいのか?」
大さんはリードをくわえたまま、ふっかふかのしましま尻尾をばっさばっさと振った。
リードをつければ一緒に外を歩けると言ったのを覚えていたのか? いやもう、大さん、賢すぎ。
「わかった。一緒に行こう。でも今日はそのリードはなくていいよ。人混みを歩くわけじゃないからな」
リードがなくても、大さんが俺の側から離れて迷子になったりすることはないだろう。出会ったばかりの頃、まだこの地に不馴れだった俺が迷子になって、大さんに見つけてもらったことならあるけどな。
「じゃ、行こっか」
「なー」
リードを元の場所に戻し、お守りの石がついた車のキーを手に家を出た。
人とすれ違うときはなるべく窓から顔を出さないようにしてくれよなと頼んで、大さんを後部座席に乗せて出発する。話がどこまで通じてるのか不安だったが、大さんは対向車とすれ違うときには座席に伏せてくれた。賢すぎっ。
この町は、県庁所在地から遠く離れたかなりの田舎だ。
数年前にできた大規模マンションのお陰で減少するばかりだった人口が増え、マンション近くの国道沿いにマンションを建設した会社が経営するショッピングモールの影響で、人の出入りも以前よりかなり多くなったとは聞いている。
とはえいえ、ショッピングモール以外に遊びに行くような場所は殆どなく、マンションとショッピングモール近辺以外の地域の人々は、以前通り昔からの営みを引き継いで穏やかに暮らしているようだ。
真希の実家である神社は山の中腹にあり、この地域にとって数少ない観光地になっている。地元の人達しか行かない観光地だけどな。
最寄り駅から続く大通り(大通りとは名ばかりで、田舎なので一車線の普通の道路だ)を、ずっと山のほうに向かって大人の足で一時間ほど歩くと、神社へと続く参道の入り口である鳥居に辿り着く。そこから上り坂の参道が五百メートルほど、さらに三百段以上ある石段が続く。それを延々昇ると、やっと神社のある開けた広場に出る。
整備されているとはいえ、けっこうな山道なので、地域の人達の森林浴、もしくは足腰を鍛える為の散歩コースになっているらしい。
今日は大さんもいるし、参道を行かずに、車道をつかって直接神社のある駐車場まで上がった。
「ついたぞー。大さん、この神社に来たことあったっけ?」
「なー」
ドアを開けて車から出してあげると、大さんはブルルッと犬のように身震いしてから、ふっさふさのしましま尻尾をばっさばっさと振った。
さて、この「なー」はイエスかノーか。よくわからなかったが、とりあえず大さんが楽しそうにしているので、まあいいか。
駐車場から境内に抜けると、数人の参拝客がいた。
でかすぎる大さんを見られて驚かれるかもしれないが、そのときは珍しい外国の猫だとでも言って誤魔化そう。
「約束の時間までもう少しあるし、展望台まで行こうか」
大さんに声をかけて、神社脇の細い山道を更に奥へ奥へと進む。やがて、町が一望できる開けた場所に出た。
「おー、やっぱり二年前とはけっこう変わってるな」
転落防止用の柵に凭れて、ゆっくりと景色を眺める。
ここに来たのは二年以上前にナッチと一緒に帰省したとき以来だ。
商店街とその周囲を取り巻く地域はさほど変わっていないように見えるが、あのときにはなかったマンションやショッピングモールばかりじゃなく、その近辺にも真新しい家々がぼちぼち増えているようだ。
「大さん、ほら、あそこが家だぞ。わかるか?」
「なー」
柵が邪魔で見えていないようなので、よいしょと大さんを抱え上げた。
商店街やマンションから国道を挟んだ場所にある、小高い丘の上にぽつんと建つわが家を見せてやる。
周囲は田んぼと畑ばかりで、こうしてみると本当に随分と淋しい場所にある。
元々祖父は、商店街のちょうど中央辺りに住居があり、そこで書道具を売りつつ書道教室を開いていた。祖母との結婚と同時に、わざわざ仕事場から離れたあんな場所に家を建てて移り住んだと聞いている。
風流だとか趣味人だとか色々言われていたようだが、人目のないところで大さんがのびのび暮らせるようにしてくれたのかもしれない。
――山の上って、風が涼しくて気持ちいーね、カッチ。
以前来たときは、真夏の参道をナッチとふたり競い合うように息を切らせて昇って、汗だくのままここまできた。
濃い緑の参道から抜けてこの展望台に出ると同時に、一気に広がる青空を見上げたナッチが嬉しそうに笑ったのを覚えてる。
都会生まれで都会育ちのナッチにとって、この田舎町は目新しく見えたようで、ここでの滞在中はいつも楽しそうにしていた。幼馴染み達とも、すぐに打ち解けて仲良くなってくれた。
子供の頃から祖父母や幼馴染みと何度も来た場所なのに、鮮やかに思い出すのはナッチとの思い出ばかりだ。
脳裏に浮かぶナッチの笑顔を、今でも愛しいと思ってしまう。
同時に、あれはもう二度と取り戻せない過去なのだと苦しくなる。
「未練たらたらなんだよなぁ」
俺の独り言に、大さんが、なあに?と聞くかのように振り向く。
「……大さんが戻ってきてくれて嬉しいよ」
「なー」
『死』に奪われ、もう取り戻せないと思っていた大さんはこうして戻ってきた。
とりあえず、いま俺はひとりじゃない。
そう思うことで自分を慰める。
「そろそろ境内に戻るか」
大さんを地面に降ろし、さすがに疲れた両腕をぷらぷら振りながら山道を逆に辿る。
境内に出たところで時計を確認したが、約束の時間まではまだ十五分ほどある。
早めに社務所に顔を出すと、祈祷を受けた人達と顔を合わせ兼ねない。わざわざ巨大猫の大さんと会わせてびっくりさせることもないだろう。もうちょっと時間を潰すかと、境内をぶらぶらすることにした。
「そういや、源爺が石灯籠を修復するって言ってたっけな」
二年前に帰って来たとき、息子に身代を渡して暇になったから、これからは神社の古い石灯籠が崩れないよう、少しずつ手をくわえるつもりだと源爺が話していたのを思い出した。
どんな風に修復したのか気になったので、特に古い石灯籠が点在している神社裏の庭に向かうことにしたのだが、途中まで歩いたところで、大さんに邪魔をされた。
「大さん、どうした?」
「うなー」
大さんはいつもより若干低い声で鳴きながら、通せんぼするように俺の前に立ったまま動かない。
こんなことは今までなかった。
「寄り道しないで、さっさと社務所に行けって言ってるのか? まだちょっと早いんだけどなぁ」
「あら、勝矢くん。もう来てたのね」
困っている俺に、ちょうど美代さんが声をかけてきた。
「ああ、そっか。美代さんが来たから、止めてくれたのか」
「止める?」
「いや、裏の庭に石灯籠見に行こうとしたら、急に大さんが通せんぼするから、どうしたのかと思ってたところなんだ」
「裏に……。大さん、もしかして、勝矢くんをあれに近づけたくなかったの?」
「なー」
美代さんの問いに、大さんがふっさふさのしましま尻尾をばっさばっさと振る。
「そう。大さんが嫌がるくらいなら、ここではどうしようもないわね。堅司くんに頼んで、早めに持っていってもらいましょう」
「……えー、美代さん、もしかしてそれって、例の臭い石?」
「そうなの。一昨日運び込まれたんだけど、私もあれはちょっとまずいかなと思ってたのよ」
夏物の涼しげな和服姿で頬に手を当て上品に首を傾げる美代さんの言葉に、ぞわぞわっと背筋が涼しくなる。
「あー、俺、帰っていい? 話は、その石が無くなった後で、また日を改めて」
「あら、嫌だ。相変わらず臆病ね」
「いやいや、普通の人だってこの話聞いたら怖がるって」
「そう? でも、勝矢くんは大さんが守ってくれてるんだから怖がることなんてないでしょう。安心して社務所にいらっしゃい」
美味しいお茶を用意してあるのよと言って、美代さんは社務所へと戻っていく。
取り残された俺は、大さんを見下ろした。
「大さん、頼むぞ。俺を臭い石から守ってくれよな」
「なー」
大さんは、任せろと言わんばかりに、大きな頭をすりっと俺にこすりつけてきた。




